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流れ女の最後のとまリ木に [AtBL再録1]

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 ヴェンダース・フィルムのナタ・キンは一瞬、ハワード・ホークスの「駅馬車の女」だった。『パリ、テキサス』で、優雅にでもなく華麗にでもなくゆっくりとふりむいたナスターシャ・キンスキーは、まさに『リオ・ブラボー』のアンジー・ディキンスンそのものだった。男に手ひどい傷を与えて去ってゆく流れ女というハリウッド映画の永遠の像だった。
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 一瞬の登場がすべてであとは蛇足であるような役柄は珍しいものだが、あとはテレビのCMでおなじみのナタ・キンが出てくるだけですいぶんと興ざめた。

 一方、『友よ、静かに瞑れ』の倍賞美津子は、典型的にある場所にとどまってそこに属している女だった。それも待っている女というような受け身のイメージではなく、とにかくそこに存在している女だった。疑いもなく、この映画でいっとう優れているのは、彼女が藤竜也と演じるラヴ・シーンであると思う。階上と階下の部屋でそれぞれが眠れない夜を過ごす情景が短くカット割りされてくる部分――。何よりも距離が、端的に、前面的に注目されているのだ。彼女が動かない限りこの関係は隔てられたままだということははっきりしている。

 『友よ、静かに瞑れ』は、かなり豪華なスタッフをそろえてつくられた日本製ハードボイルド映画の近来の収穫といえる。それは、同じ領域で、もっと予算と女優に恵まれずにつくられた『凌辱・制服処女』と同程度の収穫であるという意味にすぎないのだけれど。
 日本のハードボイルド小説が、本場を凌駕しつつ、船戸与一や森詠や谷恒生のように舞台をインターナショナルな場所に求めたり、矢作俊彦や村上春樹のように日活アクション経由をあきらかにしたりするなかで、北方謙三は情念のドラマを純化する方向でこの形式を利用しているようだ。その意味で、北方の作品にはいつも、純文学志向の代償をハードボイルドに吐いているような一種陰惨なパトスがつきまとう。かれの物語は都市を必要としていない。要するに、そこにはいつも場処がない、背景がないのである。風化を拒否する情念の緊張のみがあり……おまけに女も必要とされていないのである。

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 丸山昇一脚本の映画は、それをもう一度、日活アクションの世界に投げ戻してやるような方向をもっている。ただ、今ではすでに、喪われてしまった日活アクションヘの哀切なリメイクと嘆く他はないのだけれど。
 しかし、明らかに、ここには原作以上のものが付与されてしまっているのである。ここには、藤竜也のうらぶれた流れ者と定往者の明確な肉体をもった倍賞美津子との境界を破れない恋情がある。
 北方の世界が女をいつも添えものにした友情の物語であるとすれば、映画のほうは友情を脚註にしてこしらえられたあらかじめ喪われた恋の物語である。出典は明らかであり、ある年代の者らが毎週毎週うんざりするほど観てきた、あの渡り鳥シリーズの、陳腐なそしてどこまでも定型的な小林旭と浅丘ルリ子なのだといえるだろう。
 だがさかのぼってみれば、これはハメットが偏執的に好んで描き込もうとしたシーンであり、ボガードがほとんど肉体化して繰り返し演じてみせたモラルなのでもある。
 愛する女とは必ず訣れねばならない、という――。
 この同一線上にホークスが、ジュールス・ファースマンのシナリオによってつくった「駅馬車の女」がいるのだろう。

 だが『友よ、静かに瞑れ』は、結局のところ、在日朝鮮人監督の崔洋一のものである。舞台を原作の「裏日本」から沖縄に移して、乾いた情感をものにしたともいわれるが、そのこと自体はいずれ大したことではない。この作品の基調に、喪われた歳月というオブセッションがある限り、これは原作の枠内にとどまってしまうのだ。
 ここで使われている沖縄もどこかしら幻想的な舞台であり、比喩の中の書き割りであるようだ。沖縄というボーダーのうちに定住する女とそこに踏み込むことのできない流れ者との絶対的な並行線がうたわれるための材料である。男はやってきたときも去ってゆくときも少しも満ち足りてはいないのだ。常に舞台から拒絶されて立ちすくんでいるのだ。
 映画は執拗にこのヒーローを遠望的に決定付けようとしている。これを了解したところで、崔のメッセージを受けとめえたなら、最終的には、それでよいだろう。


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 歳月の様々な変容や洗練を経ながらも、ハードボイルド・ヒーローのアーキタイプは、人間がボーダーに吊された情況に関わっていると思える。それはドイツ人ヴィム・ヴェンダースのつくった『パリ、テキサス』に一瞬像を結んだ流れ女のイメージにみることもできる。そしてかれの前作が『ハメット』であったことは何の偶然でもないのだ。

「ミステリマガジン」1985年9月号


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