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西ドイツ非過激派通信 [AtBL再録1]

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 『秋のドイツ』は一九七七年の西ドイツ(BRD)についての映画である。というよりも映画作家たちによる七七年BRD状況についての切迫したメッセージである。

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 この映画は熱いうちに見ておきたかった。
 七七年は、ニュー・ジャーマン・シネマの第一次紹介があった年であるとも記憶されるが、とりあえずそんなことはどうでもよい。

 七七年。今は遠く離れてしまった。その距離が観る者を無惨に取り残す。或いは距離に安穏として見ることを許容してしまう。

 あの年のクロニクルを提出しなければこのメッセージを受け取ることができない。
 前年五月、バーダー=マインホーフ・グルッペ(西ドイツ赤軍派)のウルリーケ・マインホーフが獄中で「自殺」。
 七七年四月、赤軍派裁判の総指揮者ジークフリート・ブーバック連邦検事総長、射殺される。七月、ドレスデン銀行頭取ユルゲン・ポント、射殺される。
 過激派狩りのキャンペーンが世論を呑み込む中、九月五日、西ドイツ経団連会長ハンス・シュライヤーが誘拐される。獄中赤軍派の釈放及び身代金千五百万ドルの要求。政府の対応は拒否的。
 十月十三日、ルフトハンザ機がハイジャックされ、要求が重ねられる。機はソマリアのモガディシュ空港に強行着陸。十八日未明、特殊部隊GSG9の奇襲によって赤軍派三名射殺一名逮捕、人質は「解放」される。
 事件解決の報道とほぼ重ねて、政府は、アンドレアス・バーダー、グードゥルーン・エンスリン、ヤン=カール・ラスペ、イルムガルド・メラーが獄中で「自殺」を謀り、メラーを除く三名が「死亡」したと発表。
 翌十九日、シュライヤーは遺体となって「発見」される。
 更に十一月、イングリト・シューベルトが獄中で「自殺」。
 同じ年のことで当然つながって想起されるが、日本赤軍日高コマンドが日航機をハイジャック、政府は超法規的措置で対応、獄中六名と身代金六百万ドルを奪還される。

 『西ドイツ「過激派」通信』の共著者は少し図式的にだが、あの国の市民的状況について次のように書いている。――《西ドイツ市民は、かつてユダヤ人や共産主義者を強制収容所へ送り込むことを黙認しつつ、対外的に強硬な姿勢で国民の鬱憤を晴らしてくれるヒトラーに拍手を送ったように、いま過激派と呼ばれる危険分子を法の裁きによらず消すことを黙認しつつ、シュミット首相の強硬姿勢に喝采を送っているのである。》
 それらがすでに冷く遠ざかってしまった。

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 映画はシュライヤーの国葬のドキュメントから始まる。かれが息子にあてた手紙のナレーションが重なってくる。BRDブルジョワジーの覚悟のほどは言葉によって了解される。そして九人の映画作家による「共同制作」オムニバス映画であるその中味をはさんで、結末は、バーダー、ラスペ、エンスリンの埋葬が数多くの拒絶にさらされつつ、やっと人民葬のように実現したそのドキュメントになる。勿論それは正当な意味でのとむらいであるよりも、過激派狩り出しの罠だったという視点によって提出されてくる。
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 こうした映画を作り得た共同性に称賛の念を押さえがたいとはいえ、大体の個別の作り手の状況把握の生まぬるさに苛立ちをおぼえた。名前を挙げれば、ハインリヒ・ベル脚本、フォルカー・シュレンドルフ監督のパート。最もかったるかった。ギリシャ悲劇『アンティゴネー』を素材にして七七年BRD状況を良心的に撃とうとしたテレビ局内労働者の試行錯誤を辿ることを通して、何とか七七年BRD状況を良心的に撃とうとした(人は容易にここでワイダの『大理石の男』を連想する筈だ)意図はわかるのだが。
 これは、シュレンドルフの共同者であるマルガレーテ・フォン・トロッ夕が『秋のドイツ』を創る過程で出会ったエンスリンの姉クリスチアーネのインパクトから『鉛の時代』のような強烈な作品を作ったことを先に見届けてしまっているからだろうか。

 わたしにとってはファスビンダーのパートが最も切実なものとして残ってしまった。「麻薬中毒」のために一昨年さっさと若死にしてしまったファスビンダーの、おおBRD、俺はこの状況をどうにもできない、どうにもできないのだ、のすすり泣きに、この映画すべてを通して、無様に取り残ってしまう。かれは、母親と議論し手痛くこの旧世代のファシズム待望的民主主義者に論破される優柔不断さ、テロリストは狩り出されるべきだしか意見のない同性の愛人をはり倒しつつも別れられない日常の耐え難さ、ジャンキーもまた警察に狩られるという「被害妄想」から抜けられないままコカインの魔力に引き戻されてゆく痛み、などをすべて裸にさらけ出しながら、このBRDを告発しているのだ。そう思った。
 ファスビンダーはこのパートでも、自分の、あの報われることのない愛の唄という得意のレパートリーだけを唄っているにすぎない。それはよくわかるのだけれど。

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 ある評家の言によれば「自殺するかわりの映画」を作り続けた男。三十六年の生涯に四十一本の映画、二本の連続テレビドラマ、二十八本の演劇、八本の主演映画を残した男。かれにとって表現するとは根本的な病弊であり同時に治療でもあったのだと言われる。
 かれを想うとき、わたしはロレンスによるポオの肖像を連想せざるをえない。――かれはどこまでも愛を求めながら死んでいった、愛がかれを殺したのである、と。ファスビンダーは死んだ。かれは愛の過剰あるいは欠如(どちらでも同じか!)に耐えることができずにその死を死んだ。

 すぐれて状況的な映画を、何年かの冷たい距離をおいて、その状況からは浮き上がった位置にあった作家のメロドラマなうめきに最もストレートにうたれるという位相で、しかも状況からは更に更に遠ざかっているかの居直りめいた自己判断において、受け取ってしまうということ。その耐え難さはまさに己れ自身の只今現在の耐え難さなのであるだろうけれども。

「詩と思想」26号、1984年7月


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StevSwitte

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by StevSwitte (2019-07-14 06:31) 

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