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リー・ダニエルズ『プレシャス』 [BlackCinema]

リー・ダニエルズ『プレシャス』(2009)
 2013.02.04
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 ブラックシネマの項目も、今回で終了する。
 『プレシャス』
 観落としていた作品。
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 うっかり観落としてしまった。
 このジャンルは「終わった」と想っていたので、注目もしていなかった。
 それは、こちらの都合にすぎなかったわけだ。
 ガボレイ・シディベの存在だって、ベン・スティラーのコメデイで知ったのだから、まるで順序が逆。

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 「流行」は去っても、ブラックシネマの「精神」は終わっていない。
 当たり前だ。
 アメリカはますます、地球大の〈中枢ー従属〉構造の縮図を呈している。
 黒人にとっては、怖ろしい警察国家だ。
 『ストレイト・アウタ・コンプトン』のF・ゲイリー・グレイは、『ワイルド・スピード8』の監督に予定されている。


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アーネスト・ディッカーソン『ネバー・ダイ・アローン』 [BlackCinema]

ホームページ 2005.04の記事から

 『ネバー・ダイ・アローン』は、ブラック・コンテンポラリの正道を行くストリート・シネマだ。
 十年前のブラック・クライム・アクション全盛のころなら、この種の実録路線は珍しくなかった。
 今どきはめったに見かけることもなくなった。
 ゲットーのブラックの熱すぎる人いきれがむんむんと漂ってくるような画面の連続。これは凄いな。

 原作はドナルド・ゴインズ(1937-1974)の同名小説。
 ストリートと牢獄の体験、短く鮮烈な作家生活、抗争にまきこまれたと思える死の状況。
 どれをとっても2パックなどのギャングスタ・ラッパーたちの先駆者にふさわしい。
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 原書のペーパーバックはかなり出回っているけれど、翻訳はまだない。
 自伝の翻訳が進行しているというニュースもどこかで耳にした。
 エドワード・バンカー(彼は白人だが)タイプのクライム・ノヴェルの書き手だと見当をつけた。それなら売れるでしょう。

 監督はアーネスト・ディッカーソン
 『マルコムX』までのスパイク・リー作品すぺての撮影監督だ。
 以降のスパイクの低迷は彼との決別にあるのか?

 ということは、さておき。
 この人の全作品が必ずしもメジャーになっているわけではないにしても、ブラック・シネマのコアを形成していることは断言できる。
 近作の『BONES ボーンズ』(パム・グリアスヌープ・ドッグ主演) などは、ブラック版お化け屋敷ホラーのつくり。
 エディ・マーフィ
『ホーンテッド・マンション』ハル・ベリー『ゴシカ』のような娯楽路線と観比べてみればわかるのだが、きめの粗さがあるかわり、ブラック・ナショナリズムの色合いがドッと濃厚なのだ。
 この人のベストはアイス・T主演のアクション『サバイビング・ゲーム』

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 主演と製作は、ヒップホップスターのDMX。DMXの存在があってこそ実現した作品だと思える。
 DMXはアクション映画がつづき、その勢いか最初の主演作『BELLY 血の銃弾』がDVD発売になっている。

 映画は伝説のドラッグ売人キングの帰還と死から始まる。
 生と死は重ね合わせ。
 どちらが欠けても無意味だ。
 ストーリーは終わったところから巻きもどされて始まる。
 過去も未来もない、現在だけのストリート・ギャングたちを正確に映しとる。
 主要人物はキングの他に、彼を刺し殺すマイク(マイケル・イーリー)、偶然に彼の死の身近にいた白人ジャーナリスト ポール(デヴィッド・アークエット)の三人。

 大金を手に街に戻ってきたキングは、責任と贖罪について想いをはせている。
 彼に残された時間はあまりにも少なかった。
 彼はボスと手打ちをするが、それに従わない手下マイクによってあっけなく刺される。 
 バーで知り合っただけのポールは、キングに託された遺品のなかから彼の破天荒な人生を語ったテープを見つける。
 ストーリーの本体はこのテープに沿って、終わりからもういちど始まるわけだ。


 キングの死後の現在時では、ボスがマイクとポールを始末しようと追う。
 追手を次つぎと倒していくマイクは最後はポールの命を救う。
 ポールは恩人のマイクが、キングのテープに印象的に登場してくる男であることを知る。

 物語がそこに到達するまで、観客は、マイクがキングをいきなりナイフで刺す理由を教えられていない。
 マイクは「俺を誰だと思ってるんだ。俺を誰だと思ってるんだ」と繰り返して斬りかかっていく。
 それはキングが彼の頬の傷をからかってスカーフェイスと呼んだからか、あるいはマイクが暴力的な衝動にかられるクレージーな男なのだろうとしか判断できない。
 だがその行動には根深い理由があった。避けがたい行動だった。
 復讐。
 ドラッグに人生を破壊された男が、その加害者に再会した時。
 復讐の果実を、彼は喰らわねばならない。
 マイクの行動の避けがたさにこそこの映画の祈りのようなテーマがこめられている。

 死が始まりというこの映画が描くのは暴力の輪廻だ。
 耐えがたい暴力の連鎖。

 それはほとんどの場合、キングとマイクのケースのような個人的な絆としてあらわれる。
 だから避けて通れない。
 一つの暴力が二つ三つの暴力を生み、暴力のカオスが世界を埋めつくす。
 無限とも思える連鎖に個人はいかんともしがたく絡め取られていく。
 アメリカ帝国におけるその宿命と希望とを、ブラック・シネマは繰り返しくりかえし発信しつづけた。
 だれも一人で死ぬことは出来ない。
 そうした朴訥な現在にこの映画は確固として立っている。


 補足しておくと、DVD版にはいくつかの未公開シーンが収録されている。
 それを観てやっと本編の説明不足が補われて、各人物(とくにポール)の動機が腑に落ちる部分もあった。
 88分の本編はあえて説明を切り捨ててカットつなぎを重視する。
 話よりもスタイリッシュな映像である。
 ストリートのほの暗い映像と実録路線につきもののカメラぶん回しもあり、ストーリーを追うのはけっこう辛いところもある。
 とくにキングの回想のパーツでは、時間の経過があちこち飛ぶので混乱させられた。
 未公開シーンには助かったわけだが、これなら編集しなおしてディレクターズカット版を作ることもできたのでは、と余計な心配をしたのである。

     2005.04.04


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『ヴァニシング・チェイス』 [BlackCinema]

ホームページ2005.02の記事より

 ブラックシネマ現在形。
 レンタルで観た『ヴァニシング・チェイス』
 2001年製作。未公開。2004年10月DVD発売。
 スパイク・リー製作。リー・デイヴィス脚本・監督、第一作。
 原タイトル『午前三時』


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 夜の人びと。They live by night.
 夜の都会には特有の放浪者が住みつく。
 彼らはどこにも行かない。
 彼らの安息の地はどこにもない。
 ただ夜の街路を、居場所を持たないというそれだけの理由から、あてもなく彷徨いつづける。

 二本の足で歩こうが、四つの車輪で走行しようが同じことだ。
 彼らの一部は職業的なドライバーでもある。しかしその仕事は好んで選び取ったものではない。
 むしろ強制された苦役だ。
 ある種の人びとがその職につくのは、他に労働現場を選べなかった結果だ。
 メーターで区切られる賃金労働。点から点へと移動する狭い孤独なボックス。
 長時間はたらき重たい疲労とストレスを背負って、孤独だけをひとり持ち帰る。

 眠らない街の眠れない労働者。
 彼らを古典的な規定にしたがって、下層プロレタリアートと呼ぶこともできる。
 彼らの日常は、つぎの詩のような不条理さに満ちあふれている。

  夜の歓楽街の群衆の間隙から
  酒に酔った一人の男がおれの車に乗ってきた
  労働に蝕まれた皺だらけの醜い顔だ
  おれはタクシーのハンドルを握り
  バックミラーの鏡面から迫ってくる
  男の貌に恐怖する
  男は乗務員証のおれと同姓の
  済州島生まれの〈梁〉だといった
    ー梁石日「夢魔の彼方へ」


 この不条理さはもちろん、一般市民の体験するものとは隔絶している。
 夜の人びとを描いた作品には一定の密度がある。
 ポール・シュレーダー=マーティン・スコセッシ=ロバート・デニーロの『タクシー・ドライバー』、梁石日の『タクシー狂躁曲』とその映画化である崔洋一の『月はどっちに出ている』、バーヴェル・ルンギンの『タクシー・ブルース』などに共通する方法意識。
 激しく紋切り型に断定してしまえば、タクシー運転手という最下層労働の現場には当該社会の矛盾が凝縮集中してあらわれる。

 この作品『ヴァニシング・チェイス』のように、とりわけ多民族社会の矛盾が突出してくる。
 インド系の経営者によるタクシー会社は火の車。労働強化だけが生き延びる道だ。
 プエルトリコ系のドライバーから容赦なく遅刻の罰金を取る。
 アラブ系のドライバーはタクシー運転手連続殺人の何人目かの犠牲に。
 彼の友人のアフリカ系ドライバーは次は自分の番かとおののいている。
 ボスニア移民のドライバーは夜のニューヨークを走りながら、祖国で襲われた虐殺のフラッシュバックに苦しむ。
 彼らを結びつけるのは、たとえば、チャイニーズ料理のテイクアウトにまぎれこんだゴキブリだ。
 映画の前半は、いささか過剰なまでに多民族都市の問題を、息苦しいまでにぎゅうぎゅうに押しこむ。


 メインになるのは、三人の主人公。
 アフリカ系の中年男ハーシーとジョージィの恋物語が一番の主線だ。
 これをダニー・グローヴァー(製作兼任)とパム・グリアが演じる。
 流しの運転手と深夜食堂の女とのわびしい恋。
 『ジャッキー・ブラウン』での復活から四年、『BONES ボーンズ』の時は気づかなかったけれど、かつてのブラックスプロイテーション・クイーンもすっかり貫禄のついてオバサンになってしまった。

 ドラマの両翼に配されるのは、ボスニアで家族を殺されたラッシャ(セルゲイ・トリフォノヴッチ)と、プエルトリコ系のサルガド(ミッシェル・ロドリゲス)のエピソード。
 『ガールファイト』でデビューしたロドリゲスはまだ演技が硬いが、このあと『ワイルド・スピード』『S.W.A.T.』と作品がつづ
く。
 物語の後半は、その三人それぞれが避けられずに犯す殺人へと求心していく。

 タクシーが映す社会の亀裂。
 この作品の方法論は単純すぎるほど明快だ。

 スコセッシが『タクシードライバー』で見事に自ら演じてみせたように、狂気の運転手のさらに上手をいく狂った客がいる。
 それは個別の事象というより、夜の人びとが織りなす普遍の現象であるようだ。
 梁石日の詩にある、同郷の「植民地人」を名乗ってドライバーを脅かす客は、濃霧につつまれた深夜の中央高速で
「このまま釜山港まで突っ走れ」と呪詛のような低声で命令する。

 スコセッシの名シーンにしろ、梁石日の詩の一情景にしろ、夜の放浪者にとってはごく親しい風景なのだ。
 『ヴァニシング・チェイス』に『タクシードライバー』のその名場面からの「引用」カットがいくつか紛れこんでくるのは当然だった。

 この映画を、無理に分類すれば、犯罪サスペンスになるのだろう。
 しかし『ヴァニシング・チェイス』というタイトルはあんまりだな。
 たしかにカーチェイスみたいなシーンは、あることはある。それが見せ場なのかというとサギだろって感じになる。

 娯楽映画の枠組のなかに最大限の社会的メッセージをこめるスパイク・リーの精神は健在だ。
 少なくともリー自身の監督作『サマー・オブ・サム』みたいな半端な駄作よりもずっと熱い。
 スパイク・リーが特出してグローヴァーとのかけあいを演じる場面もあるが、そこには、方向を見喪った作家リーの素顔が染み出ていたようだ。

 これがラディカルな左翼ブラックシネマの現在か?
 安物アクションのパッケージでレンタルされることも含めて。


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パム・グリアの女刑務所シリーズ [BlackCinema]

ホームページ更新日記2009.01.15より

 パム・グリア主演の『残酷女刑務所 the Big Doll House 』(1971) を冒頭だけちょっと観ていたら、なんだか聞きおぼえのあるテーマ・ソングがタイトル・バックに流れてきた。
 主演スターの歌う『ロング・タイム・ウーマン』であった。
 この下手くそな歌をなんでよく憶えているかというと、『ジャッキー・ブラウン』のサントラ版CDに入っていたからだ。
 解説には頼りないことしか書かれてなかったが、元オリジナルはこれだったか。ひとつ賢くなった。
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 ただし、タランティーノ映画『ジャッキー・ブラウン』のどのあたりで、この歌が使われていたのかは、とんと憶えていない。
 そういえば、あの映画で圧倒的に復活したボビー・ウーマックの『110番街交差点』も、オリジナルの同タイトル映画のタイトル・バックに流れていたのは、女声コーラスの入った別ヴァージョンであったし。


 『残酷女刑務所』は、1972年に日本でも公開されたらしい。まったく知らなかった。
 パム・グリアのデビュー作は、ラス・メイヤーの『ワイルド・パーティ Beyond the Valley of the Dolls』(1971) 。
 その他大勢の一人だったようだが、ヒマがあったら確かめてみよう。
 この作品は、監督がラス・メイヤーということもあって、市販品もあるし、コピーも出回っている。
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 第二作が『Woman in Cage』(1971) 。
 劇場未公開だが『女体拷問鬼看守パム』というものすごいタイトルで、VHSもDVDも出ている。
 ロジャー・コーマン製作の低予算路線のひとつ。フィリピン・ロケでお手軽な仕上げとなっている。
 たしかに、パムはサディストの女看守役で活躍するけれど、まだ主演クラスではない。
 女刑務所のなかで「人種差別が逆転する」というストーリーだから、ナチスみたいな悪役あつかいなのだ。
 これがチープな女刑務所モノのはしりになったらしく、以降、ドールとかケージをキーワードにした同一路線がつづく。
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 『女体拷問鬼看守パム』は、アクションもエロも全然たいしたことがない。
 刑務所モノとはいっても、白人ヒロインのグループが鬼看守パムを人質にとって脱獄した後の後半は、ゆるい追跡サスペンスに変調する。
 観ているのも辛くなってくると、逆光をシルエットにした野外シーンがいくつか出てきて、ここだけ、えらく美しいのだ。
 それが場違いに挟まれるので、よけいに印象深い。不思議な作品だ。

 その女刑務所モノの続編が『残酷女刑務所』。
 映画館にかかったのは、これのみ。

 続々編が『残虐全裸女刑務所 the Big Bird Cage』(1972) 。
 こちらも未公開とはいえ、VHSもDVDもあり、堂々たる〈ヘア無修正版〉をうたわれている。
 ロジャー・コーマン製女刑務所三部作ってところか。
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『ブラキュラ』 [BlackCinema]

『ブラキュラ』(1972)
 2012.05.02
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 ブラックの吸血鬼。
 ブラックスプロイティーションの作品群を、いわば象徴化するような作品だ。
 この安直さ、この低俗さ、この臆面のなさ……。
 こうした商魂ムキダシ路線は、イタリアとか香港とかわが新東宝とかの専売ではなかったようで。当たり前か。
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 同じ路線のものに『Blackenstein』(1973)がある。
 これはまだ未見。
 ドラキュラにしろ、フランケンシュタインにしろ、ブラックとの語呂合わせがいい。
 黒人ならではの発想というべきか。


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フォルカー・シュレンドルフ『ルイジアナの夜明け』 [BlackCinema]

 シドニー・ポワチエ『ブラツク・ライダー』(1971)
 2009.02.05
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 ポワチエの監督・主演。
 どう見ても似合わないキンキラのギャンブラー・スタイル。

  『ルイジアナの夜明け』(1987)
 2009.07.02
 原作は、アーネスト・ゲインズの『A Gathering of Old Man』
 監督は、『ブリキの太鼓』のフォルカー・シュレンドルフ。
 もとはテレビ用ドラマだ。
 晩年のリチャード・ウイドマークと孫娘のホリー・ハンター。
 そして、ルイス・ゴセットJr、ウディ・ストロード、ジョー・セネカなどの爺さんたち。
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『トリック・ベイビー』 [BlackCinema]

『トリック・ベイビー』(1972)
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 白人に見える黒人男詐欺師の話。
 「白い肌の黒人」の物語は、古くからあるようだ。
 ジェームズ・ウェルドン・ジョンソン『もと黒人の自伝』(1912)、
ネラ・ラーセン『白い黒人』(Passing 1929) 
などは翻訳されている。
 パッシングとは「白人のふりをして生きる」ことを指す。
 パッシング・ノベルと命名される傾向が(今なお)あるわけだ。
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 アイスバーグ・スリムの原作による『トリック・ベイビー』は、詐欺師コンビの犯罪小説。
 映画は未公開で、知る人は少なく。
 原作が翻訳されたのも、作者の死後。
 話題になるための条件は、残念ながら、そろわずに終わった。
 スリムには『あるポン引き野郎の肖像』というフィルムもある。
 小説も実人生に劣らず「面白い」キャラクターなんだが。


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メルヴィン・ヴァン・ピーブルズ『ウォーターメロン・マン』 [BlackCinema]

メルヴィン・ヴァン・ピーブルズ『ウォーターメロン・マン』(1970)
2009.01.17
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 メルヴィン・ヴァン・ピーブルズ MVP が『スウィート・スウィートバック』の前年に撮った作品。
 西瓜男の悲喜劇である。
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 醜男が、ある朝、目覚めたら、絶世の美男子に変身していた、という話は、マルセル・エイメの『第二の顔』。
 (そのパクリがアベなんたらの『他人の顔』)
 この映画では、ごく普通の白人の勤め人が、ある朝、目覚めたら、マックロの黒人に変身していた、という発端。
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 黒い肌をして「オレは白人だ」と叫んでも、ただ空しい。
 変身後を演じるのは、ゴットフリー・ケンブリッジ。
 「中味はシロイんだ、信じてくれ」といえばいうほど、おかしい。
 不条理な哄笑がつづくうち、やがて、人間性の深淵が、ほの視えてくる(?)ようなトラジ・コメディなのである。
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『墓にツバをかけろ』 [BlackCinema]

『墓にツバをかけろ』(1959)
 2009.01.06
 これは、DVDを購入して、やっと観た。
 公開時は、まだ子供だったから、紹介記事をよんでコーフンしたのみ。
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 「白い肌をした黒人」の物語。
 弟(黒い肌の黒人)をリンチで殺された兄の復讐は、ボスの女を寝取ることから始まり……。
 クリスチャン・マルカンのやりたい放題。
 まあ、単純な活劇で、この時期のフレンチ・ノワールだから、ジャズも愉しめる趣向だ。

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 原作および脚本は、才人ボリス・ヴィアン。
 といっても、最初は、アメリカ黒人作家の「問題作」翻訳というふれこみで刊行された。
 「白い仮面をかぶった黒人」の物語を、ヴィアンは「黒い仮面」をかぶって書いたわけだ。
 この仮面の「二重化」をあんまり面白がってもしかたがないけれど……。
 多芸多才の寄席芸人ヴィアンの悪趣味?
 それを肥大させたフランス文化の「黒人文学コンプレツクス」を考えるべきかも。

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リチャード・プライス『フリーダムランド』 [BlackCinema]

『フリーダムランド』
2007.02.08
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サミュエル・L・ジャクソン  ジュリアン・ムーア

 リチャード・プライス原作&脚本。
 長大なドキュメンタリ・タッチをコンパクトなシナリオにまとめあげる二刀流に感服。
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スパイク・リー『インサイド・マン』 [BlackCinema]

スパイク・リー『インサイド・マン』
2006.06.12
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 よく出来たハリウッド製サスペンス。
 という以上の感想が湧いてこない……。
 『サマー・オブ・サム』 (1999)とか、『オールド・ボーイ』 (2013)とか、わけのわからないものを観せられるより、こういう安定路線のほうがいいのは確かだけれど。
 『クロッカーズ』 (1995)と較べてみれば、作家的後退は否定しようもない。


 ブラックネスを感じ取れたのは、3場面くらいだった。
 人質にされた黒人の子供が、ブラックばかり的にするストリート・シューティング・ゲームに熱中して親爺を呆れさせるシーン。
 容疑者として「ターバン野郎」を片っ端からしょっぴいてきて、署内で恫喝をかけるシーン。
 つまらない主役を押しつけられたデンゼルが、一瞬だけアドリブのように見せる「地」の表情と仕草。


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ヘクトール・バベンコ『カランジル』 [BlackCinema]

 ヘクトール・バベンコ『カランジル』 03年製作
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 2004年12月2日木曜 VIDEO
 これも未公開。
 ブラジル発。
 『蜘蛛女のキス』のバベンコ、久方ぶりの作品。
 ストレートな刑務所映画である。
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ウォルター・ヒル『デッドロック』 [BlackCinema]

 ウォルター・ヒル『デッドロック』 02年製作
 2004年6月16日水曜 VIDEO
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 ブラック版・刑務所版『ストリート・ファイター』
 ウェズリー・スナイプス ヴィング・レイムズ
 最高の顔合わせだ。
 ヒルひさびさのヒット。
 胴元のピーター・フォーク、看守長のマイケル・ルーカー、囚人のウェス・ステュディ。
 脇役も豪華。
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『シティ・オブ・ゴッド』 [BlackCinema]

 フェルナンド・メイレレス『シティ・オブ・ゴッド』 02年製作
 2004年4月13日火曜 VIDEO
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 もうブラックシネマの鉱脈は尽きてしまったか。
 一回りして、同一のテーマがブラジルから発信されてきた。
 リオデジャネイロ ゲットー
 時間をさかのぼり、強引に飛躍するドラマ編集が明らかにタランティーノ・スタイルの投影になっているところに驚く。
 というか、かなり遅れた時期にこれを観る自分。

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 ブラックシネマの時代も、映画館に通いつめた時代の最後を飾るかのように、遠く色褪せていった。


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『Wellcome to DEATH ROW』 [BlackCinema]

 ホームページ更新日記2006.11.015
 音なしにはいられない

 かつての「音なしではいられない」状態がもどってきている。
 調子が上向きというより、むしろこれが当たり前だから可もなし不可もなしといったところだろう。
 主にインターネットラジオ利用だが、快適な環境を探すのに手間がかかった。マシーンは買い替えだろうな。
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 遅ればせながら、ドクタ・ドレー『クロニクル』を繰り返し。
 これはDEATH ROW のベスト・アルバムでもあり、さすがの重量感だ。
 付録で、ドレーとスヌープ・ドギー・ドッグのデュエット「Nothin' but a G Thang」のMTVが入っている。
 ドレーのソロはあまり印象に残らないけれど、このトラックはいい。スヌープと並んでもカリスマ性がある。
 あとは、ドレーとアイス・キューブによる「ナチュラル・ボーン・キラー」だな。

 それにしても『Wellcome to DEATH ROW』のDVDは最高だった。
 これが「もう一つの」アメリカだと。
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 2PACの犬死にのような銃撃死についても、ようやくというか、得心がいった。
 ああなるしかなかったわけだ。
 八ヶ月のあいだに150曲つくったアベレージも、死の予感という説明ですべてぴったりくる。
 伝説は必要なのだが、生きていては伝説化しない。
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 『トリプルX ネクストレベル』の、サミュエル・L・ジャクソンとアイス・キューブの掛け合いにある。
 「それはだれの名セリフだ」と訊くサミュエルにキューブは「トゥーパックさ」と答える(字幕は「ラッパーさ」だったが)。
 映画自体は、ヴィン・ディーゼルが降りてしまって、急遽主役を振られたキューブはその手の華のあるアクション・スターではないから、おかげで劇場公開もなしの低調さだった。
 ブラック版007シリーズにはならず。


 とにかく、いま何を聴くか、といったら、HIPHOPしかないみたいな……。


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『ストレイト・アウタ・コンプトン』 [BlackCinema]

『ストレイト・アウタ・コンプトン』を観てきた。
(このページはメモリアルのためにつくっているけれど、今日の分は例外)

 先行ロードショーの三日目。
 
平日の午前中とはいえ、盛況だ。
 正直、期待を大きく上回る完成度とパワーに圧倒されっぱなしの、2時間半。
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 これは、ブラックシネマの頂点を極めたといっていい傑作ではないか。
 映画館の大画面と大音響で鑑賞するのがふさわしい作品は、年々ますます少なくなっている。
 まして、もう一度、この映画館に来てみたいと思わせるものなんて……。
 この作品ほど映画という「環境」の偉大さをストレイトに発信するものは、近年ほんとうに見当たらない。
 監督は『セット・イット・オフ』のF・ゲイリー・グレイ。
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 上画像の後列が、アイス・キューブ、 F・ゲイリー・グレイ、ドクタ・ドレー。

 50セントの『ゲット・リッチ・オア・ダイ・トライン』にしろ、ビギー・スモールの『ノトーリアスB.I.G』にしろ、ギャンダスタ・ラッパーの伝記映画(サクセス・ストーリー)に期待するものはあまりなかった。
 せいぜいが、CDアルバムの付録につく特典映像みたいなものか。
 最近の『ジェームズ・ブラウン』にしても、「偉人伝」の様式になっているところが気色悪い。
 しかもその偉人の業績には、いたるところに「ただし黒人の」という注釈が注意深く、しかし目立ちすぎないような細心の配慮をもって刻まれているのだ。
 こうしたポリティカル・コレコクネスの産物を、ブラツクシネマと呼ぶことは出来ないだろう。

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 N.W.A.の軌跡は、伝説をつくる素材に事欠かなかった。
 成功とともにやってきたメンバー同士の反目、仲間の早すぎる死、デスロウ・レコードをめぐる数々のスキャンダル、「ファック・ダ・ポリス」への警察組織の過剰反応、ラッパー仲間の内ゲバを煽る興行師……。

 もちろん、材料豊富なだけでは、傑作はつくれない。
 ここには、監督グレイをはじめとする制作者・出演者の初志がある。
 ブラックシネマの原点、N.W.A.(主張あるニガズ)の主張の原点、それを回復しなければならない。
 これは、ロス暴動に収斂していった「一つの時代」の回顧ではない。
 終わってしまった「伝説の季節」を美化するものではない。
 自然と口をついてくる「ファック・ダ・ポリス」の叫びは、まったく現在のものだ。20年前と変わらぬ現在のものだ。
 ブラザー、何も変わっちゃいない。

 


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マーク・フォースター『チョコレート』 [BlackCinema]

 マーク・フォースター『チョコレート』 01年製作
 2004年2月18日水曜 VIDEO
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 ハリー・ベリーが黒人女優として初めてアカデミー主演女優賞に輝いたことでも話題になった。
 それはそれとして結構なことだが。
 
ドラマつくりの御都合主義に居心地悪くなる作品だ。
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 人種差別ネタをロマンスという甘味菓子でくるんだらオーケーというわけだろうか。
 結ばれるカップルは、
それぞれゾッとするほどのエゴイストなのだ。
 二人とも我が子を見殺しにして平気な顔をしているし、男のほうは父親を老人ホームに遺棄してしまう。
 親しい者の犠牲の上に立つしかない二人のハッピィエンドって何なの。
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ジョン・シングルトン『サウスセントラルLA』『ワイルド・スピードX2』 [BlackCinema]

 ジョン・シングルトン『サウスセントラルLA』 01年製作
 2003年3月15日土曜 VIDEO
 タイリース・ギブソン  スヌープ・ドッグ  ヴィング・レイムズ  
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 『シャフト』のリメイクがあるなど、シングルトンも作品を撮る機会に恵まれなかった。
 これは手馴れたストリートの青春もの。

 ジョン・シングルトン『ワイルド・スピードX2』 03年製作
 2004年4月17日土曜 VIDEO
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 ヒット作のシリーズ二作目ということで、漫然と観ていた。
 DVD特典のメイキングを観て、ようやく監督がシングルトンであることに気づいた。
 まあ、主役はチューナップカーなのだけれど。
 撮影現場でいかにも楽しそうな監督の姿が印象に残った。
 映画館では 観ることのできない特典だった。まあ、たしかに。

 このシリーズ、ヴィン・ディーゼルとミシェル・ロドリゲスが復活した第四作から、ハイパワーの戦闘アクションとして、拡大に次ぐ拡大を遂げていく。
 戦車も、飛行機も、ドローンも、この連中とスーパーカーの敵ではない!?
 次は、宇宙ロケットか。


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ボブ・ラフェルソン『ノー・グッド・シングス』  [BlackCinema]

 ボブ・ラフェルソン『ノー・グッド・シングス』 02年製作

 2003年2月7日金曜
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 原作はダシール・ハメット「ターク通りの家」。
 オー・ノー・グッド、というしかないな。
 ハメット独特の不条理感は、このような映画化をこうむることそれ自体の不条理さに換骨奪胎され……。
 ってな、意味定かならぬ感想を綴らせる結果になるわけだよ。
 ノー・グッド。

 コンチネンタル・オプの役をサミュエル・L・ジャクソン。これだけでもびっくり。
 ファム・ファタールにミラ・ジョヴォヴィッチは、まあいいとして。
 黄色い男に扮したステラン・スカルスガルドの低調さにはがっかりした。
 この俳優は『エクソシスト・ビギニング』でやっと真価を見せてくれた。

 とにかく国際色豊かな配役はハメット精神にふさわしいものなのだが。

http://atb66.blog.so-net.ne.jp/2015-02-17


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アーネスト・ディッカーソン『ボーンズ』 [BlackCinema]

 アーネスト・ディッカーソン『ボーンズ』 01年製作
 2002年12月30日火曜 VIDEO
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 スヌープ・ドギー・ドッグ  パム・グリア
 ブラック版幽霊屋敷ホラー。
 だが、エディ・マーフィの『ホーンテッド・マンション』や、ハル・ベリーの『ゴシカ』などとは違って。
 どこが違うのかというと……。
 スヌープとパム。
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 これは、20年前の『ブラキュラ』路線なんだろう。
 子分に裏切られたギャングの復讐。亡霊になってもギャングはギャング。
 ホラーでも生臭い。スヌープの残忍なキャラがぴったり重なる。
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エルドリッジ・クリーヴァーの死 [BlackCinema]

 エルドリッジ・クリーヴァーの死
 1998年5月1日金曜
 『ジャッキー・ブラウン』を観た翌日だった。
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 元ブラック・パンサー党幹部クリーヴァーの訃報に接した。
 後年の思想的混迷の様相は、豊浦志朗『叛アメリカ史』に詳しい。
 晩年の生がどんなだったか全く知らない。
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 半年後の11月15日、同指導者ストークリー・カーマイケルが逝った。
 「国内に50、国外に50のヴェトナムを作り出せ」といった派手なスローガンが思い出される。
 騒々しくて空疎な「オオボラ」だったのか。
 違うだろ。
 現在のUSAの状況をまさに「預言」した? のでは?

 同じブラックパンサー党の幹部にラップ・ブラウンがいた。お喋りなので「ラップ」の愛称で呼ばれたのだ。
 想えば、パンサーの男たちは「ラップな」やつばかりだったんだな。
 ストークリーが20年後に生まれていたら、ストリート・ミュージシャン・ラッパーとして頂点に立ったかも。
 エルドリッジが演説する映像とかは観た記憶がない。
 けれど、アイス・Tアイス・キューブの「アイス」は、SOUL on ICE からとったんじゃないかな、やっぱり。


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ラリー・コーエン『ホットシティ』 [BlackCinema]

 ラリー・コーエン『ホットシティ』 96年製作

 1998年7月13日月曜 VIDEO
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 『ホットシティ』 原タイトル『オリジナル・ギャングスタズ』
 ――なんとアイス‐Tの第四アルバムと同じ題だ。
 
 ブラック・ムーヴィーの短い歴史が、黒い暴力と黒いセックスをそれ自体としてのみ「黒い仮面」として商品化させられるという屈辱を含みながらも、90年代の黒人自身による表現として全面開花してきた過程に必然的に(?)生まれた不可思議な作品である。
 早い話が人物を黒人に置き換えただけの典型的な「現代やくざ映画」。
 二十年ぶりに戻ってきた故郷で悪辣な稼業を営むギャングたちを実力でたたきだす元ギャングスタズ。
 年のせいでなまってしまった体力を嘆きながらも、あこぎなまねをする新興のギャングたちに対決するセリフもおなじみのものだ。
 ――おれたちの時代にはこんな汚いマネはしなかった。
 カタギに迷惑かけちゃいけねえ……。
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 パム・グリア、
 フレッド・ウィリアムソン、
 ジム・ブラウン、
 ポール・ウインフィールド、
 そして黒いジャガーことリチャード・ラウンドツリー。
 すべてブラック・マッチョ時代の往年のアクション・スター。
 東映やくざ映画でいえば、鶴田浩二、若山富三郎、菅原文太、高倉健、藤純子のオールスター・キャストの復活のようなもんだ。
 かれらが二十年ぶりに荒廃した故郷の街に帰ってくる、これが『ホットシティ』の物語。
 かつてのアクション・スターたちが物語で体現する「オリジナル・ギャングスタズ」とは、いったい何者なのか。
 かれらの存在は抽象的な正義にすぎない。大衆的なヒーロー像。
 しかしアメリカの都市黒人において、二十数年前に在ったマッチョ・ヒーローの像は絶対に抽象に帰すことのできない存在だろう。
 かれらは過去からの亡者ではない。
 現実の歴史につながる。
 現実の歴史につながって、かれらは「自衛のためのブラック・パンサー党」と呼ばれていた集団を呼び戻しているのだ。 ブラック・コミュニティを自衛し、子供たちを麻薬から守り、女たちを暴力から守り、男たちにブラックマンの尊厳を与える集団――アメリカ社会がもはや永遠に失ってしまった理想。
 こうした理不尽な夢をブラック・シネマの多くが内包していることを否定する者はだれもいないと思える。

http://atb66.blog.so-net.ne.jp/2015-02-12


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クェンティン・タランティーノ『ジャッキー・ブラウン』 [BlackCinema]

 クェンティン・タランティーノ『ジャッキー・ブラウン』 97年製作
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 1998年4月30日木曜

 良くも悪くもブラックシネマの一時期は、
タランティーノ・スタイル(というか、タランティーノ=レナード・タッチ)によって幕を閉じられた。
 ポストモダン?
 脱イデオロギー?
 脱ナショナリズム?
 脱黒人至上主義?

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 ヒロインはパム・グリア。
 すべての者はブラック・クイーンに平伏すのだ。理屈はない。
 70年代の黒人エロ映画でシコシコやって育った悪ガキがハリウッドの頂点に立って、パム・グリア賛歌のやりたい放題をやったわけだ。
 ブラック・エロスの女王。
 話は原作(エルモア・レナード)のユルさを拡大したようなところがあるし、他の役者も居心地悪そうだったが。

 すべてをかっさらったヒロインのドアップに、ボビー・ウーマックの「Across the 110th Street」がかぶってくる。
 パムの全身がシャウトする。このラスト。
 これだけなんだな。これが映画だっていう瞬間。
 だれがなんといおうと映画は女優だ。

 この呼吸は、かつての東映任侠映画が藤純子に捧げたオマージュの質と同じ。まったく同じなのだ。
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ビル・デューク『奴らに深き眠りを』 [BlackCinema]

 ビル・デューク『奴らに深き眠りを』 97年製作
 1998年4月15日水曜 VIDEO
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 これも未公開。
 主演のローレンス・フィッシュバーンと監督のデュークが共同制作。
 実話をもとにし、ティム・ロスとアンディ・ガルシアが有名ギャングスターに扮するという趣向だ。
 それにしてもクセ者ぞろいの配役だ。ブラックシネマの題材が30年代ギャングの時代に向かった一つの例。
 悪くはないね。
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 『グリッドロック』 [BlackCinema]

  『グリッドロック』 96年製作
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 1998年1月19日月曜 渋谷
 ヴォンディ・カーティス・ホール監督
 2PACは、公開時、すでに故人。
 『レザボア・ドッグス』で売りだしたティム・ロスとのハイGrid なコンビも一回きりに終わった。 
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『モハメド・アリ かけがえのない日々』  [BlackCinema]

 レオン・ギャスト『モハメド・アリ かけがえのない日々』 96年製作

 1998年1月13日火曜 渋谷シネマライズ
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 スパイク・リー『ゲット・オン・ザ・バス』を試写で観てから、渋谷にまわり。
 『モハメド・アリ かけがえのない日々』を。
 Too Black, Too Strong.

 「現在」を映すドキュメンタリ・タッチと「輝かしき時代」を振り返るドキュメンタリ。
 同じ日に観るには、辛い二本だった。

 その後、DVDを購入したら、これは、別の作品。
 『モハメッド・アリ チャンピオンへの道』(1970)
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ダレル・ジェームズ・ルート『輝きの大地』 [BlackCinema]

 ダレル・ジェームズ・ルート『輝きの大地』95年製作
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 1997年6月2日月曜 試写
 ブラックシネマではなく、南アフリカ発信の感涙ドラマ。
 原作はアラン・ペイトンの「Cry , the Beloved Country」
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 アパルトヘイト状況下の南アフリカ共和国を舞台に、宿命的な人種差別の悲劇を描く。
 ジェームズ・アール・ジョーンズ
 リチャード・ハリス
 二人の圧倒的な演技に、ハンカチが一枚では足らない。
 とはいえ、不思議と息苦しさを感じさせなかった。
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フォレスト・ウィテカー [BlackCinema]

 この人を忘れるところだった。
 フォレスト・ウィテカー
 チャーリー・パーカーとイディ・アミン。
 20年の間隔があるとはいっても、同じ俳優が演じるのは只事ではない。

『バード』 (1988)                 『ラストキング・オブ・スコットランド』 (2006)

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 これは芸域の広さとか、そういう問題ではないだろう。 
 『バード』以前に、『ハスラー2』『プラトーン』『グッドモーニング、ベトナム』があった。

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 『バード』の名演を眼にしても、当然のような気がしたものだ。
 その後、『レイジ・イン・ハーレム』 (1991)が「地」に近い役柄だと思わせるが。
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 久しく役に恵まれていない、ということか。


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スパイク・リー『ゲット・オン・ザ・バス』 [BlackCinema]

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 スパイク・リー『ゲット・オン・ザ・バス』 96年製作
 1998年1月13日火曜 試写
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 頂点の時期は去ったとはいえ、作品は産されていく。
 ある意味、これは、スパイク・リーの「ブラックシネマ撤退宣言」のようなものか。


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パム・グリア 『コフィ』 [BlackCinema]

 パム・グリア 『コフィ』 73年製作
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 1997年7月23日水曜 試写
 ブラック・スプロイテーション・クイーンの伝説的作品。
 時ならぬ復活は、
『ジャッキー・ブラウン』公開の前宣伝のため。
 クェンティン・タランティーノのプロデュースによるリヴァイヴァルだ。
 タランティーノはポストモダンのホワイト・ニグロ。
 一昔前のノーマン・メイラーのコピーだ。
 その感性はともかく、観続けていたという「不良映画」の質が70年代の東映B級フィルムと見事にシンクロニシティを呈していたことは驚きだった。
 そういえば千葉真一(ソニー・チバ)主演のカンフー映画は日本でより以上に、アメリカの黒人観客に人気を博したという。
 その「仁義返し」が『キル・ビル』だったわけだ。

 パムのブラック・スプロイテーション時代の作品は、その後、多くを観る機会があった。
 そのレポートは、いずれ、近いうちに、このページで。


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