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ウォルター・ヒル『ラストマン・スタンディング』 [afterAtBL]

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 ウオルター・ヒルによる黒沢『用心棒』リメイク。期待に胸をふるわせて観に行った。開巻、土ぼこりの荒野、メキシコ国境近くのテキサス。アウトロウが一人、ナレーションが重なって、思い出すのは『ヴェラクルス』だった。
 ライ・クーダーによるタイトル・バックはオリジナルのテーマ音楽を巧みに〈翻案〉した。

 時代は禁酒法の最盛期、舞台となる街はまったくの西部劇ふうだ。武器はオートマティック拳銃とトムスン短機関銃。
 リメイクといっても、先行してマカロニ・ウェスタンの『荒野の用心棒』(これはパクリだった)があることは有名だ。元の作品だって、ハメットの『赤い収穫』と『ガラスの鍵』からの換骨奪胎なのだ。誰でも知っている話をつくり直すのもご苦労さんなことには違いない。
 観客は何が起こるかで固唾を呑むことはない。どんなニュー・ヴアージョンを観せてくれるかだけを期待している。それも巨額の製作費を使ったハリウッド製の決定版を要求しているのだ。
 モロッコの或る映像作家がいうように「ハリウッド・スタイルの映画の文化的普遍性は暴力的につくりだされたものである」ことが疑いえないにしても――。

 元版はアメフト型の殺陣を発明し、10秒で10人斬ったシーンなど数々の伝説をつくる。パクリ版だってスタイリッシユな転換に見るべきものがあった。
 さてハリウッド拳銃アクションの職人ヒル版はどうか。とりあえずはヒル自身の『ダブルボーダー』に似た情感に仕上がっている、とはいえる。そしてメキシコ女を助けるヒーローの甘さは、ライ・クーダー音楽でどうしても連想してしまう『ボーダー』にそっくりだ。
 銃弾に破壊された肉体から血のりがぶっとぶというペキンパー・スタイルは意識的に避けられたようだ。血は、ブルース・ウィリスがリンチで顔をボコボコにされる場面以外は抑制されている。
 その替わりに、射たれた身体そのものがぶっとぶ。最初の決闘で、ウィリスに十何発ぶちこまれたギャングが10メートルほどぶっとんでいく。これでこの映画のスタイルは見当がついた。香港ドンパチ・フィルムとロバート・ロドリゲス映画の様式である。
 これでいいのかねと正直ガッカリした。
 ナレーションは計算違い。モノローグがだんだんうるさくなる。カタキ役がどうも……。クリストフアー・ウオーケンもキレ方が半端で精彩に欠ける。
 不満たらたら、暴力的な映画と暴力映画は別物だといっても、興奮させられる1時間40分だった。  

『ミュージックマガジン』1997.2

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『デッドマン・ウォーキング』ティム・ロビンス監督 [afterAtBL]

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 使いたくない言葉だが、アメリカン・デモクラシー。そうしたものの容量の深さを再認識させられる。原作をさきに読んでいたので、この映画の与えるだろう感動やドラマの構造は、すべてだいたいどういうものであるかは予測がついていた。
 その意味では、観終わっても、期待通りの出来映えに過不足ないと思わせるところがある。
 意外な発見というものはない。元も子もない言い方になるけれど、この作品は、原作を選び主演の二人の俳優を決めた時点ですでに成功を約束されていたのではないだろうか。
 背景には死刑制度に関する広範な世論の高まり(賛否両論をまきこんで)がある。これは、アメリカに限らずほぼ全世界に共通するテーマといっても、それほど外れていないだろう。

 偶然のきっかけから死刑囚の「精神的介護者」を務めることになった孤独で信仰心の篤いシスター。凶悪な犯罪を犯しながらも死刑執行からは逃れたいと念じた囚人。
 かれらのうちに芽生える「ラヴ・ストーリー」とくれば、いかにもハリウッド・システムに相応しいドラマの枠組みではないだろうか。しかもこれは実話なのだ。
 スーザン・サランドンもショーン・ペンも、かれらなしにはこの作品は不可能だったと感じさせるほどに適役を演じている。ともすれば舞台劇の様式になりかねない構成を映像に定着したティム・ロビンスもいい仕事をしたといえる。ブルース・スプリングスティーンのタイトル曲もぴったりと決まっている。「期待通り」とはそういうことだ。

 映画ではじっさいよりも時間を駆け足にまたいでドラマを濃密に凝縮しようと試みている。その分、二人の関係が深まっていくプロセスとシスターが被害者の家族と交流を待つ内実とが、かなり説明不足に残った。
 この点はまあ、映画と原作とを比較してしまうとすぐわかることにすぎない。しかし刑執行(注射による薬殺に変えられている)を正面から描いたラストには疑問が残る。必要かどうかでいえば、描写過剰(いかにもアメリカ映画!)だ。
 アメリカの良心がこうしたテーマをも大衆的娯楽作品のなかに盛り込んでくる。それには敬意を表すべきだろう。その意図をくんで様々な論議を呼び起こす映画であることは否定できない。
 デッドマン・ウォーキング、やはりこれはアメリカの話だ。よかれあしかれ、こうした作品が可能であるとはデモクラシーが機能している社会を証拠立てているのだろう。
 われわれの生きる国とは違って……。 

『ミュージックマガジン』1996.9   

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『スコセッシはこうして映画をつくってきた』書評 [afterAtBL]

天才めぐる奇跡の人間ドラマ
『スコセッシはこうして映画をつくってきた』書評
M・P・ケリー著=斎藤敦子訳(文芸春秋・3600円)


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 スコセッシはアメリカで最も高名な映画作家ではないが、最も才能ある作家の一人。
 その映画メイキングの秘密を多数の証言をもとに再構成したのが本書だ。映画のなかで育ち、映画によって人生を学んでいったシンデレラ・ボーイの生の側面を活写することを通して描かれたアメリカ映画論でもある。
 わたしがスコセッシの名を知ったのは、やはり『タクシー・ドライバー』だが、そこで監督自身が演じた、妻の不貞を監視するパラノイア男の威嚇的な印象が強烈に残っている。

 映画はその映像ばかりでなく、編集段階でカットされたフィルムや映像の裏に隠されたさまざまな人間ドラマによって、ファンの興味を掻き立ててやまない夢の容器だ。スコセッシ・フィルムの現場報告を多く含む本書は、創造に関わる共同性のなかから一人の作家精神の軌跡を取り出すことに成功している。
 最初のハリウッド進出映画となった『明日に処刑を……』の裏話も面白い。ついでにいうとわたしはスコセッシ映画でこれが一番好きだ。主人公のデビッド・キャラダインが走り出す有蓋貨車にハリツケにされるラスト・シーンの意味が本書を読んで、やっと理解できた。

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 『ミーン・ストリート』で現在のスコセッシ・ファミリーが形成されていく様子を知るのはスリリングな悦びだった。とりわけ圧巻だったのは、作品そのものと同様にダイナミックで残酷でさえある『レイジング・ブル』の製作秘話だ。

 スコセッシは自分が、聖職者とギャングの間で育ったと強調する。この二律背反は一貫してかれの作品の豊かで複雑な基調のみなもとになっている。
 ここでは、最高の人生を自力で送ろうとするのなら他人の助力が必要だ、というジョークが逆説ではなく、常識的に通用している。これは、理解あるスタッフに恵まれた「天才少年」が最高の映画をつくっていく奇跡の物語でもある。


産経新聞1996.9.9朝刊「読書面」


『罵讐雑言』渡邊文樹監督 [afterAtBL]

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 不愉快な映画だ。この不愉快さは何に因するものなのか、しばらく考えた。
 帰りの電車で一部、答えが出た。この作り手は「カメラを持った奥崎謙三」なのだな、と。『ゆきゆきて神軍』の主人公奥崎は、まがりなりにも一個の作品として客観性を持ちえていた。
 しかし『罵詈雑言』の脚本・監督者は自ら全能性を演じてしまっているので、客観的なフィルターを通さずにダイレクトなままの「自分自身=作品」を突出させるばかりなのだ。そしてその認知を観客に迫っている。

 この映画にあってはドキュメンタリもフィクションも垣根を取り払われている。ドキュメントの映像がどれだけ事実に沿っているのか判断できないし、ドラマの部分がどれだけ事実を包摂しているかも見てとれない。
 かといって一般的に、ジャンルの柵を超えた作品ということもできない。この作品だけの異様な条件においてのみ、ジャンルの境目がぶっ壊れているだけだから。

 作品の基調は、ある村の青年の変死がじつは集団による殺人であり、さらにもっとひどいことに、警察から役場ぐるみの共謀で事故死に偽装してしまった、という「真実」を暴くところにあるようだ。そしてその背景には、金権選挙と世界一の原発過密地帯にさらにさらに原発が開発されてくるほかない開発行政への告発があるようだ。
 「あるようだ」と2回書いたのは、本当はそうしたことはこの作り手にとってどうでもいいのではないかと思えるからだ。つまりかれは、事実を究明せよ、村社会の矛盾を直視せよ、とアピールしているような姿勢をみせているが、じつはそのことを通して「自らの作家性」を開拓し、豊富に実証したいだけなのかもしれない。

 例えばかれはカメラを持って現場に乗り込んでいく。「殺人の加担者」たちの「素顔」を裸に剥く。突撃レポーターそのままに。カメラの暴力だと訴える被写体者に、「いや、こういうショットを切開することこそ自分の任務だ」と主張する。この種の場面がどこまでドキュメンタリの水準に耐ええるのかは疑問だが、かれが突撃レポーターと違っている一点は、まぎれもなくカメラの暴力性を確信犯として駆使しているところだ。
 そしてそれを楽しんでいる。事実究明よりも、それを手段に使って自らを「報道の独裁者」として敵意の渦のなかに投げ込むのだ。
 そうした創作法が自覚的に選ばれているのだからして、不愉快な映像であるのは当然の結果だろうか。
 だとすれば、あらかじめ批評を拒絶している質の作品だとこちらも納得するほかないようだ。

『ミュージックマガジン』1996.6   

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『もうひとつの人生』小池征人監督 [afterAtBL]


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 なんとなく敬遠したい映画だった。酒の恩恵を受けている割りには、酒について深く考察したこともない。断酒会の存在は知っていたが、酒について過度に自省的になる人たちは自分とはまったく無縁だと感じていた。だからこの映画は進んで見たいとは思えない類いの作品だった。

 けれど観終わって湧いてきたのは、作り手への感謝の気持ちだった。ここには酒によって病いを発し、酒との関係を破綻させてしまった人間の自己回復の物語がある。それは酒を離れて、人間が人生を信頼し直すための或る普遍性の発見だ。少なくとも何故「かれら」が執拗に自分の酒を語ることで、酒を飲まない時間に耐えているかの意味は深く教えられる。

 ドキュメンタリの手法としては奇をてらったところは少しもない。対象にカメラ・アイを捉えてナラティヴを引き出す。これだけだ。四つの物語がオムニバス風に進行する。激したドラマなどどこにもない。人物たちはポートレイトのようにたたずみ、たんたんと語る。それがフィルムに反転させられただけだともいえる作り方だ

 個人的には、中卒で板前になり30歳で立派なアル中になっていた人物の話に最も打たれた。飲むことは仕事のうちであり、飲めることは男の勲章でもある世界だから、結局は病いに落ちることで一件落着となる。
 この映画の人物の場合、被害妄想が出て破滅を感じ取った。一番手に馴れた包丁を持って自分の腹をさばいてしまおう、とそんなところに追い込まれたのだ。
 こんな人間はいくらでも知っていた。三十前で肝硬変、三合も飲まぬうちに正体をなくし、眠り込めば必ず失禁した男をわたしは知っている。

 主なエピソードの人物は、実名を公表して「出演」している。映画はかれらのシルエットの裏にある「人生の奥深い闇」を垣間見せてくれる。かれらは憑かれたように自分の生について語る。
 だがそれはかれらが失ったもの、棒に振った人生のいくらかを取り戻そうとする切実な訴えなのだ。かれらは注意して観ていると決してカメラに向かっては語っていない。
 自分の中の暗闇に向かっていると思えるのだ。にもかかわらず映画はかれらとキャッチボールを繰り返し、その紋様を見事に訴えかけてくる。
 誇れるほどの人生ではない、だが祝福されてしかるべきだ、と。かれらとの共同製作ともいえる水位を克ち取った。
 『水俣の甘夏』などで知られる小池征人の最新作である。
              
『ミュージックマガジン』1996.3

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ジャームッシュ&デップ『デッドマン』 [afterAtBL]

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  求道の映画だ。
 表向きは西部劇、そしてその時代を借りたロード・ムーヴィだろう。

  だが、この旅は、逃亡ともさすらいとも違う。魂が帰属するところを求める飽くなき探求だ。ジャームッシュの映画でも最も倫理的でテーマの鮮明な作品だろう。

  話は、未知の土地に迷い込んで来た白人の受難を基調にしている。胸に銃弾を撃ち込まれ、生死の境をさ迷うデッドマンとなる。おまけにおたずね者として賞金稼ぎから追われる身となる。かれを助けるのは白馬に乗ったインディアン、自らノーボディと名乗る。ジョニー・デップとゲーリー・ファーマーの奇妙なコンビ。

 意図するところは明らかだ。これは、白馬に跨り、インディアンの従者トントを従えたヒーロー「ローン・レンジャー」を逆立ちさせた物語なのだ。
 原住民はここでは教育者であり、愚かな白人を従え、魂の摂理を説いてきかせてやる。デッドマンは賢くなっていく。迫る追っ手を次々と撃ち殺し、教訓をつくっていく。「死んだ白人だけが善い白人だ」とでもいうように。

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  だがここにホワイト・アメリカの自己否定の厳格なメッセージがあるわけではない。モノクロで語られた映像詩であり、ニール・ヤングの音楽がぴったりと似合う小品だ。往年のヒット曲「ハート・オブ・ゴールド」がバックに流れているような。

  汽車で西部にやってきた白人男は、胸に銃弾を残したまま、まだら馬に乗って逃げる。途中、撃たれた子鹿の死骸に出会う。傍らに身を投げ出し、まだ自分の胸から流れている血を交わらせ、大地を感じ取った。
 一方、追う側は、黒ずくめの寡黙な殺し屋ランス・ヘンリクセン――もちろん『シェーン』のジャック・パランスのイミテーションだ――が唯一、勝ち残ってくる。かれは死体の頭をカボチャのように踏み潰し、殺した男の腕をスペア・リヴにして喰らい、どこまでもどこまでも追ってくる。

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  アメリカの闇の奥への旅は、馬を捨て、カヌーによる河下りに移る。主を失い、河岸を追ってくるまだら馬を船上から捉えるショットは、この映画でも無類に美しいシーンの一つだ。
 どこまでも終わらないかにみえるかれらの旅は、カヌーが海へと漕ぎ出して行くところで終わる。ジャームッシュの求道が、初めてここに結実したのなら、これは信ずるに価する。

『ミュージックマガジン』1996.1

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リビング・OFF・東京・タイム 4 [afterAtBL]

つづき リビング・OFF・東京・タイム 4

 本稿はまだ続くが、紙数は尽きた。『非情城市』のファースト・シーンの背景に、ヒロヒトの玉音放送が流れているように、まぎれもなくこれは候孝賢という台湾人作家による日本映画であるということ。
 そしてまた『桑の葉』に描かれる日本人官権が、第二部、第三部と進むに従って一層、リアルな像をもたされてくることに注目するなら、これを日本映画として観る視点は明確にされるだろうということ。

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 それらを考察したあと、もう一度、第一の方向の検討に戻る。日本の中のアジア――寄せ場にカメラをもちこんで、二人の作家を白色テロルに喪いながらも製作された『山谷(やま)――やられたらやりかえせ』について再考するプランだった。残念だが機会をあらためる他ないようだ。
 『山谷――』は現在、制作上映委と筑豊の支援グループとの間によるじつに消耗な論争途上にあって、上映の機会を失っている。わたしは単なる部外者だがその議論の不毛さの中にこそダイヤモンドの燭光をみつけていきたいと願う者ではある。

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「ImageForum」 1993年5月号


追記2015年 中途半端に終わっているのは、たんに、枚数制限をきちんと守ったからだ。「3」のところで風呂敷を拡げすぎてしまった。収めるには、およそ倍の分量が必要だったろう。雜誌掲載時のタイトルは「映画の日本はアジアをいかに消費するか?」。
 編集部による次の紹介文が付された。
《アジア映画の「パワー」は未だ休むことなく日本の映画観客を魅了し続けている。一方、在日アジア人の存在がますます顕在化するなか、かれらの姿を描く日本映画も増えてきた。だが、こうした
観る側と作る側による「アジア」の受容の有り様は、現実の政治経済軍事的力学の変動のなかで、何らかの変質を遂げつつあるのだろうか。今「アジア」はいかに消費されているのか、そのイデオロギー的基部を評論家の野崎六助氏に解剖してもらった。》


 さらなる追記は、ホームページに転載したさいのもの。2002年あたりの執筆か?

 追記 ここで少しふれた映画『山谷』に関する「論争」は、さらに延々とつづき、佐藤満夫の戦死十年の記念集会にまで持ち越された。結論からいえば、同集会における映画上映は或る党派による焦点の狂った恫喝によって中止のやむなきにいたったのである。『山谷』を「差別映画」として非難する者らの立場は、論争による望ましい解決を拒絶し、最悪の新左翼政治の作法による決着にまで突っ走ってしまった。彼らセクトの諸君は、もし製作上映委が同集会において映画を上映するなら上映委のメンバーをテロる、と宣言してきた。
 彼らの文化運動にたいする介入は、彼らがもはやそこにしか依拠できない「内部ゲバルトの論理」によって最終的に正当化された。映画制作は、その牽引者だった佐藤と山岡強一とをやくざによる暗殺テロで失い、その十年後にまた、薄汚い党派「政治」の引き回しによって蹂躙されてしまったのである。

 どんな映画であるにしろ完璧な公正さを身につけているわけではない。『山谷』において議論を呼び起こした部分にしても、監督の山岡がめざした表現の不充分さは容易に指摘できるだろう。しかしそれはあくまで表現の内部で解決されねばならない問題である。「上映を許さない」という立場が物理的な力を持つことは一つの退廃いがいのなにものでもあるまい。
 ましてやそれを党派の暴力によって屈服させるに到っては、いったい何をいうべきなのだろう。

 しばらくの凍結期間はあったが、次の年から『山谷』は上映運動を再開している。現在も、小ホールにおいて定期的な上映がもたれているようだ。

(この映画についての原理的な考察は、「略奪された映画のために モ一ニングテイク」に再録してある)。


リビング・OFF・東京・タイム 3 [afterAtBL]

つづき リビング・OFF・東京・タイム 3

 だが一体アジアとは何だろうか。
 ここまでアジアを自明の前提のように使ってきたが、この語は一体、確固とした内実を伝達しうるのか。
 ここに一つのテキストがある。
 プロフェッサー・グリフとLAD『ポーンズ・イン・ザ・ゲーム』
 長崎暢子、山内昌之編『現代アジア論の名著』(中公新書刊)。
 前者は黒人ラップ・シーン最大のパワフルなグループだったパブリック・エナミーの情報相P・グリフがグループを脱退してつくったファースト・アルバム。グリフはユダヤ人排斥の発言を機にしてパブリック・エナミーから除名された。パブリック・エナミーはグリフの脱退によって理論的支柱を喪ったという評価もある。
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 さてここに――
 ≪Bang! 俺はエイジアティックなゲットーの兵士だ≫
 というフレーズがみつけられる。ゲットーの叛乱者、ブラックマン――アフロ・アメリカンの自己主張に「エイジアティック・アジアにルーツをもつ」という自己認識が冠される。これは奇矯な例外的な発言なのか。それとも黒人大衆の深いアイデンティティに発するものなのか。わたしには充分に判断する根拠がない。
 確かにロス暴動における黒人大衆と韓国系アメリカ人の反目と衝突は目新しいトピックだった。アメリカの統治システムへの絶対的否認の直接行動を少数民族間の内部ゲバルトとすりかえる視点がマスレベルで歓迎されたことは想像に難くない。
 韓国人の店を襲えとラップで歌ったアイス・キューブはそのフレーズのみにおいて名を売ってしまった。だが真実がそんな表層にみつけられないことは自明だろう。

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 ゲットーはどこにでもある。アジアとアフリカはゲットーにおいて通底するのか。俺はアジアのゲットーの兵士と叫ぶアフリカン。あるいは単にそれは言葉の混乱によるのか政治思想の未熟によるのか(グリフは二枚目のアルバムでLADと手を切っている)。

 『現代アジア論の名著』の緒言にあるのも、さしあたってこうした概念の混乱という問題だ。
 ≪およそ、中国、インド、東南アジア、アラブ、中東諸国、旧ソ連の中央アジア諸国などを含んだ、一つのアジアという概念はいったい成立するのであろうか。アジアは、その基本に地理上の概念をもつ地域概念であることには間違いはないわけだが、地域概念といっても「文化圏」または「宗教圏」あるいは「行動圏」としての地域なのか、「利益圏」としての地域なのか、あるいは「政治圏」さらには「軍事圏(戦域)」としての地域なのか、問題はさまざまにある。アジアというあまりに広大な地域を一括りにすること自体、歴史的限定のなかに生きるわれわれの思想状況を語るものとなる≫


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 アジアは一つではない。混沌未分である。しかしヨーロッパでもアメリカでもアフリカでもオセアニアでもない。たんに地球上のそれ以外の地域をすべてアジアと呼ぶことが通念であるにしても――。一つにして混沌未分……。
 ここに紹介された書物の一端は、『知の帝国主義』『中国農業経済論』『チベット旅行記』『帝国主義下の台湾』『チョゴリと鎧』『タイ国――ひとつの稲作社会』『イスラム 思想と歴史』『ロシアとアジア草原』などである。

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 だがこうした一筋縄ではいかない混沌に立ち往生することが目的ではなかった。われわれは自らの歴史的限界において、歴史的概念としてのアジアを自らの根拠を問う形で明らかにしておかねばならないだろう。少なくともわが近代においてアジアは一つであった。一つならざるアジアではなかった。植民地と本国とは一つであった。われわれは大東亜共栄圏の夢を生きたのであった。
 今日、アジア映画としてわれわれの散見する少なからぬ部分が、この夢と夢の残滓にかかわっている。われわれの歴史的健忘症はわが国民精神の美質であり、わが国家教育運営の健全性を証明するものかもしれない。
 帝国主義的侵略は近代化の不可避のコースであり、あるいはアジアナショナリズムの覚醒へ向けた必要悪だった、とする解釈は成り立つ。
 だが歴史の負性は未決済である。未決のままの忘却した国民はいかなる解釈も成立しない。ただ絶望的な無知に支配されるだけだ。

 アジア映画のテーマのいくつかはこの未決にかかわっている。だからこれをアジア人による「日本映画」として見ることは不当ではあるまい。正確にいえば、大日本帝国映画となるだろう。これが第三の方向である。
 たとえばここは帝国軍隊による惨殺や残虐行為は癒しえない傷である。映像化されることはごく自然の過程と思える。ところがこうした「外国映画」は必ず当該場面をカットした上でしか輸入されないという事実がある。ハードな検閲制度があって、一国内でそうした表現が許されていないのではない。ただ忘却の項目は表現が不可ということだけのことだ。
 だから未だ忘れていない外国人(しばしば旧植民地人であったりする)だけがそれを映像化する結果になる。忘れていないのではなく、正常な歴史知識が用意されているだけなのである。この国では歴史は外から教えられるものなのかもしれない。
 わたしがつねづね書いているように(あまり書きすぎるので地口になってしまったように)、結果的には日本国内にあっては帝国軍隊による残虐シーンと性器性毛の画面がいわば並列に、ハサミでカットされるという特殊形態が慣行となっているのである。
 こうした旧植民地人による日本映画としてのアジア映画を、『非情城市』『桑の葉』を例にみていくことにしよう。

つづく


リビング・OFF・東京・タイム 2 [afterAtBL]

つづき リビング・OFF・東京・タイム 2

 第二の方向に関しては否定的にならざるをえない。おびただしく消費されるアジア映画が一体、われわれに何をもたらすのか。それは充分みえないにしても、一方通行路の消費にはわれわれの苦い「原罪」がある。不等価交換システムが作り出す文化収奪。われわれはこの構造から遠くへ逃れることはできない。
 これを看過するのならわれわれには退廃しかない。買いまくり、買いあさり、アジアの活力とやらを収奪しまくる。倒錯のオリエンタリズムに武装した超アジア人、それがわれわれの肖像だ。こうした肖像をみないですますことはできない。

 アジアを夢見る。しかし、決して本当のアジアを見ることはできない。なぜなら、われわれの半身はアジア人ではないからだ。われわれの視線を規定するものとは何か。貧困の映像への同情的アプローチとは何なのか。われわれは貧困すらも買い取り、買い占めようとしている。
 とはいえ、ここに単純に文化帝国主義という視点を導入するほどの怠慢はあるまい。ジョン・トムリンソンの『文化帝国主義』などは今日の世界を了解するための学者の自己満足を受け取るいがい何の役にもたたない。
 確かに世界システムの不均等発展が創出する落差はいたるところに見出せるし、その落差が、富から貧へと、文化帝国主義の発動として現象していることは否定できない。世界は<中枢=周辺>構造からは充全に説明しえず、従属アプローチは理論的に破産したとされて久しいが、世界システムの従属的発展そのものが現象しなくなったわけではない。
 依然としてアジアは貧しく、超西欧的発展をとげたアジアの孤児たる日本は依然として、その貧しさを倒錯した活力源として買いつける宿命に置かれている。文化のありようもこうした政治的位置の基幹に規定されざるをえない。
 それを一言で言い尽くすなら、PKOとODA――平和維持を目的とする非軍事的軍事行動と開発基金援助という名目の<投資=収奪>の自動回路、である。このように覇権国家の暴力性は極端に逆説的な表現をもってたちあらわれてくるであろう。

 しかしながら、今日、文化侵略という項目はあらゆる意味で相互浸透という現実を説明しえない。単線的な文化帝国主義の発動というケースはもはや理論モデルの中にしか存在しないだろう。
 単純にNICS資本主義の日本への追走という側面に限ってみても、競合しつつ強力な市場が求められるのは自然の過程だ。日本はたまたま経済覇権の位置を保っているだけのことで統合の軸を示しているわけではない。文化的にもたまたま統合的な集約の場を貸しているにすぎないだろう。
 そこには収奪というモメントも競合というモメントも淘汰というモメントもある。「ボーダーレス時代」というおぞましい標語とか、「越境するアジア・エンターテインメント」とかいうトレンドのフレーズは、こうした集約を、日本のみの側から楽天的に規定したものでしかない。

 ことさら、PKO-ODA路線という視点を強引に押し込んでみたのも、そうしたボーダーレス能天気な風潮に我慢がならないからである。輸入されるアジア映画に関しては、以上のように原則的に押さえれば充分だと思える。観ることが「原罪」でなくなれば、われわれはアジア映画を観る必要もなくなるのかもしれないけれど――。

 ただ、中国(大陸)映画に関して考察するのなら、現状は少し違っているようだ。中国映画祭の作品セレクションを毎年観ている限り、何かメッセージの方向が露骨にみえすいてくるような気がしないでもなかった。われわれは、ロクな映画作りもできなくなった金満家のオヤジ、と中国人から馬鹿にされてさえいるような気配だ。
 一九九二年度はどうだったか。『心の香り』『太陽山』、続けて観ればいやでも気付くことがある。「近来の秀作」だの「かぐわしい世界」だの与太を飛ばす前に、直ぐに気付くことがある。
 一つの傾向、一つのテーマ、共通の設定、それが先ず頭に入ってくる。ここでいうなら共和国成立の激動期、大陸と台湾に離散した者らの数十年ぶりの再会。そうした悲劇を、映画を通じて初めて知らされる類の歴史がここにある。
 毎年、これは偶然なのだろうか、「文革の傷跡」路線のときもあった。単にヌード場面がいくつか際立ったこともあった。経済特区の赤い資本主義生活の哀歌路線もあった。優れた作品を選りすぐったら結果的にテーマの共通性が残ってきた、という解釈も成り立ちはするだろう。
 しかしそれほどお人好しに外国映画を崇拝するわれわれの現状にはしばしば言葉を喪うものがありはすまいか。


 さて、日本人がつくるアジアを舞台にした映画、という項目である。
 柳町光男を引き合いに出したついでに、『チャイナ・シャドー』を例にとってみてもよい。

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 ここでは文革難民の香港脱出後の冒険が描かれる。しかし、作品的にも未消化な部分が散見され、柳町はアジアで映画をつくる日本人の悪しき半顔をみせてしまった。自らの肖像に無知というのではない。その肖像に具体的な背景を描き込むことができないのだ、原作は西木正明の『スネーク・ヘッド』。しかし、革命難民の経済難民化という政治亡命者の一つのパターンを描いて、邱永漢の初期作品「香港」に原型的に近いものがある。

 うんざりするような自己処罰の苦悩のドラマができあがるかドンパチの大活劇がいきなり始まるか作家の側の良心の痛みが節度なく流れ込むか、あるいは最悪の方向としてそれらの未整理混合になるか。
 手に負えないものが日本人の側には残ったという実作例であると思える。
 『サザン・ウィンズ』や『アジアンビート』六部作が基本的に発信しているのも、残念ながら、こうした限界であるようだ。アジアは外にあるしかないからである。日本特有のPKO-ODA映画である。
 とはいえ、これらを端的にPKO-ODA映画として、断じ去ることは(もちろん部分的にはそう断定できるのだが)、論者の感性の硬直度いがいの何も証明しないだろう。

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 『サザン・ウィンズ』は四話オムニバス。インドネシア、フィリピン、タイ、日本で各一話。<国際的>オムニバス合作の例は沢山あったが、東南アジア篇は初めての試みだろう。『アジアン・ビート』は一回の完結という意味では同様だが、六話の長編が連作スタイルをとっている。
 日本篇に始まり、シンガポール、タイ、マレーシア、台湾、香港と続く。とくに完結篇という終り方ではない。資金は日本、制作は現地システム。一人の俳優をおくりこみ、かれにトキオという名の日本人漂泊者の役を割り当てる。
 当然ながら一作ごとに均質ではないし、悪達者なほどの娯楽映画と息苦しいほど禁欲的に退屈な映像と全く緊張感のないTV用ドラマ(『サザン・ウィンズ』の東京篇)が同居する結果となった。
 『アジアン・ビート』の第一話『アイ・ラブ・ニッポン』(天願大介監督)は、どちらかといえば第一の方向に分類できる作品だ。主人公トキオ(永瀬正敏)はこの東京で、外人と老人としか付き合わない変人として登場してくる。フィリピン育ちで両親を新人民軍に殺された過去をもつ。麻雀仲間の老人の一人(汐路章)は元憲兵、屍姦の快楽をわすれかねると問わず語りにうそぶく。

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 知り合った恋人バナナ(ルビー・モレノ)は因果がめぐってゲリラの娘。彼女が手にしていた極秘ファイルがもとでトキオも日本から追われることになる。アジア放浪行の発端だが、とくにあとで関連が出てくるわけではない。

 付け加えれば、この一篇には、アジア人労働者狩りに狂奔する変に生真面目な行動右翼の群像が描かれる。意図はわかるがイメージが空転しているように受け取れた。アジア人排斥に向いた日本的暴力がもっと陰湿に発動されている現実に、映像が迫ることができない。どこか緊張感に欠けるのだ。現実の右翼の暴力にはそうした精神性はないと思える。
 こうして、アジアを彷徨うことになるトキオに、かつての植民地浪人の面影がないとはいえない。だがかれの出会うものは、必ず終わっていないアジアの戦後処理、歴史のかけらであるはずだった。ここに行き当たり、何らかの解答を見出すのでなければ日本人によるアジア映画は、充分な説得性をもちえないだろう。
 でなければ、新たな大東亜共栄圏――東南アジア資本主義圏における「歴史認識」を共にする他ないのだ。『アジアン・ビート』六部作という日本製映画の冒険は、そうした危うい綱渡りのような試行だと見届けられた。
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 それとは別に、第六話香港篇『オータム・ムーン』(クララ・ロー監督)が秀作だと思う。日本人放浪者をセックス・マニア、食道楽マニア、ヴィデオ・マニアとして適度に礼節をもってドラマの本流から外し、返還を目前にした香港人の悲哀と不安を技巧的に前面にもってくる。トキオはここでは狂言回しの役割り、見届け人である。それがドラマに二重の奥行を与えている。
 とくに病いに倒れた老嬢が語る「歴史」を長々しい表情のアップでみせる場面。家族たちは来年にも新大陸のほうへ移住していってしまう。けれども、自分はここに残ると彼女は語る。ヴィデオをかまえる日本人の視線に還流するように、老婆の表情の中に、観客にメッセージする作者の視点が見事に正立した、スリリングな映像となっている。

つづく


リビング・OFF・東京・タイム 1 [afterAtBL]

リビング・OFF・東京・タイム 1
 
 柳町光男は『愛について、東京』の新宿ロードショーでのあいさつで、この映画がパリで先行公開された点に注意を向け、自作の多国籍性について、いくらか当惑げに、またいくらか誇らしげに語った。そこには自作をもはや日本映画として作ることのできなくなった作家の寂しさと、<国際化>の現実の先端を自作が担っている事実の誇示がみられた。
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 わたしはこの映画を観ながら『十九歳の地図』を想い浮かべて仕方がなかった。作家がテーマ性においても題材においても原点に立ち戻らざるをえなかったとき、在日中国人が主人公に選ばれたということに状況の必然性があるようだった。デビュー作で扱われた地方から上京してきた青年の疎外感は、そのまま拡大され更に手きびしい環境を伴って、下層外国人労働者としての中国人留学生の物語となって、この東京に浮上してきたと感じられたのだ。
 作家の映画として観る視点にこだわるのなら、作家が自己のテーマに誠実であろうとしたとき、もはや日本を舞台にした日本人だけが登場するドラマという日本映画の自明性に依拠することができなくなっていることに注目すべきだろう。
 『愛について、東京』は、大林宣彦の『北京的西瓜』と同じく日本映画ではない。だが「日本映画」だ。ヴィム・ヴェンダースの『パリ、テキサス』が、そして同じライ・クーダーの音楽を使ってその二番煎じめいた導入部をもったルイ・マルの『アラモ・ベイ』が、アメリカ映画と呼ばれる他ないのと同等の意味で日本映画なのだ。

 ここでは個々の作品には立ち入らないが、『愛について、東京』で一つ典型的なシーンについて書いておこう。金持ち日本人に女房を寝取られたと告白する一人の留学生が同僚と交わす対話。ここで露出するのは、たんに個人的な窮状ではない。異郷における不如意、民族的・文化的衝突、在日という酷薄な閉鎖システム、それらの大状況が背景にみえかくれしてくる。
 会話はそして日本語でなされる。中国人同士の日本語。ほとんど日本語学校の会話練習のやりとりなのだ。哀しみとくやしさがカタコトの日本語にこめられて伝達されるとき、それは滑稽な効果をもつばかりではない。
 カネがスベテのキタナイニッポンにやってきた中国人が、その無念をニホンゴで語る他ない――。こうした状況は、アジア人労働者を大量に輸入させるにいたった覇権国家の暴力性を、じつに雄弁に指示しているのである。このシーンは映画だけに可能な仕方でそれを表現してみせたといえるだろう。

 こうしたシーンを日本映画として観ることは、いまだに感性的に抵抗あるものだろうか。それならこれはアジア映画と観られるべきなのか。
 日本の中のアジア――という限定には、あとでふれるように恐るべき意味の多義性と表出主体の曖昧性が混在している。<国際化>という言葉ほどおぞましいものはない。それが東京という世界システムの中枢からのみ発信されるイメージであるとき、一層おぞましい。
 日本を舞台に日本人のドラマをつくろうとすれば、そこに外国人の存在を絶対に無視できないという立場、これは柳町のように方法的ではなくとも、かなりの程度に一般化しているようにも思える。

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 例えば、和泉聖治監督の『修羅の伝説』。これは巨大開発にからまる利権の争奪によって地方の弱小暴力団つぶしの標的にされたヤクザが主人公。この愛人役が勝目梓原作とはさしかえられて、映画ではフィリピン人になっている。
 ヒーローが個的決起の途上で非命に倒れたあと、フィリピン女(ルビー・モレノ)はその遺志を継ぎ、最後の黒幕に銃口を向けるのだ。ヒーローの死後、女が引き継ぐというパターン(女性映画的もしくは女性極道映画的路線)は増えているが、これがアジア人になった例は初めてだと思う。
 大体、日本人には日本映画以外に映画をつくることができるのか、というのがここ数年の疑問だった。日本の中のアジアはどれほどに自明の映画的風景になっているのか。

 少し整理してみよう。
 日本におけるアジア映画とは何か。またアジア映画はいかに消費されるべきか。
 三つの方向性が考えられる。第一の方向は、日本におけるアジア人(あるいはアジア領域)映画である。これが本流であるべきだ。日本の作家が描こうがアジアの作家が描こうがどちらでもいい。しかしとりあえず在日アジア人による映画という項目はここに考慮しておくほうがいいだろう。

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 すでにあるものは在日朝鮮人作家によるものである。金佑宣監督『潤の街』、崔洋一監督『タクシー・ドライバー』(現在製作中)など。こうした傾向が明瞭になってきたのはやはりここ十数年のことだ。井筒和幸監督『ガキ帝国』に朝鮮語の会話が日本語字幕付きで使われた。そのあたりからではないだろうか。在日朝鮮人映画というカテゴリーの出立もほぼ同時期だったといえる。
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 第二の方向は、日本人が作るアジアを舞台にした映画である。日本人が輸入し、国内で消費するアジア製映画、これらも同じ局面を有している。

 第三の方向は、アジア人がつくるアジアを舞台にした「日本映画」である。この分類は奇矯だが、ここにおける日本とは、いまだ大東亜共栄圏であることが多い。旧大日本帝国の歴史を描くものは、必然的に戦後日本映画が題材としえなかったもの、忘却し去ったものを歴史の闇の中からとりだしてくるのである。

つづく


『プリンス・イン・ヘル』 ミヒャエル・シュトック監督 [afterAtBL]

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 生真面目な映画だ。
  十年くらい前に見たローザ・フォン・プラウンハイムの『ベルリン・ブルース』を想 い出していたら、作者はプラウンハイムの弟子筋にあたるという。しかしこれは『ベルリン・ブルース』のような楽しい映画ではなかった。

  タイトルの『プリンス・イン・ヘル』とは、誰のことなのだろうか。ベルリン、クロイツベルグ地区で、トレーラーハウスに住む若者たち。かれらはそこから出たいのか、出たくないのか。
 パンクで自由でゲイ、かれらはそこでの生活を満喫しているようにもみえる。麻薬に身を滅ぼしていく恋人を見守るドラマも何か幼い。表現がストレートすぎるのは若さのせいだろうか。

  ヘルとは、パンク地区のことか。それともドイツ全体のことを指しているのか。かれらは所詮アウトサイダーでその貴公子ぶりは、蝶になる前の幼虫のうめきのように見える。
 ゲイたちの乱交シーンにしても、そこには行き場のないかれらの優しさだけが 打ち棄てられているように感じられた。かれらの脅威は、パンク・スラムの外にある。ストリートで公安ふうのゲイに犯される場面、修正によって何が映っているかよくわからなかったが、ドラマが拡大する可能性はそこにあった。

  アウトサイダーの視点がとらえるドイツの矛盾は、うんざりするほど紋切り型だ。予定しなかった東西統一の後遺症、外国人排斥をめぐる左右対立の新しい局面、難民のヨーロッパ…。新聞記事のスクラップにも思える。かれらはドイツの矛盾をすべて等価にながめ、そして並べてみせるだけだ。芸もなく不幸に、それを並べて、さあどうだ、と問う。

  その平面的な若さには、答えようがないし、またその必要もない。
  アウトサイダーのおとぎ話は、それなりに自己完結してしまう。かれらが外に出ると、ネオナチが「この腐れオカマめ」といって、かれらを襲う。この話には意外性も何もない。ネオナチが「健全なオカマ」なのかどうか、この映画からはうかがい知ることもできない。
  外界に出たとたん、かれらは滅びの道を転げる。これはただ、かれらが生真面目なアウトサイダーにすぎなかったからだろうか。チンポ丸出しで自殺する首吊り男の靴を盗む子供の、最初の最後のシーン、これだけが面白かった。
            
『ミュージックマガジン』1995.7
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キアヌ&たけし『JM』 [afterAtBL]

 映画『ブレードランナー』からサイバーパンク映画が始まったとすれば、ちょうど一周してブーメランのように戻ってきたのが、この映画だ。
 シド・ミードによる未来都市の模型、そして原作者ウィリアム・ギブスン自身によるシナリオと、道具立てはそろった。サイバーパンク・シティで遊ぶスーパー・ファミコン・ゲーム感覚のヴィジュアル・インターメディア的ノンストップ・アクションに仕上がった。

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 筋立てがハリウッド風お子様ランチで忙しいのは致し方ないか。
 未来がこうなるとは思わないが、映画の未来像は確実にこの方向が一つと納得させられる。

 流行のインターネット世界を未来の人類が自在にはねまわり、あるいは翻弄される様子を見物するのは、楽しい。そしてたいへんに疲れる。
 コンピュータ・グラフィックスの絢爛豪華さに較べて、未来都市の背景はいかにも暗い。遠景はハイテク・タワービルの林立だが、町並みはスラムばかりが目について困った。スラムの帝王を演ずるのがアイス・Tだから余計にそう見えたのか。
 世界の富を集中して支配に君臨する多国籍企業をニッポンやくざが軍事的に防衛する未来の構図。ソニーウォークマンから電脳ソケット人間のイメージを発明したギブスンのオリエンタリズムからすると自然な構図であるだろう。
 しかし、これが「なんでこうなっちゃうの」という倒立の構図であることは否定できない。現状は、というか大方のアメリカ映画の現状認識は、これの逆ではないのか。ここが気になると全体が楽しめなくなる。軍事面では防衛はもっぱらアメリカの専門になっていて、こちらは資金源に徹しているのだから。
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 サイバースペースの描出は目を見張るものがある。これに対して、人類を滅ぼす奇病NASがよく伝わってこない。ちっとも怖そうでない。ハイテク・メディア社会が宿痾としてもつ神経麻痺ということだが、この恐ろしさが伝わらなくて、全体のドラマがぱっとしないのだ。どうもこれは映像向きの観念ではないのかもしれない。それともサイバーパンクが本質的に未来に対してはいつも楽観的なせいだろうか。
 ボーダーレスの豪華キャストを固めたが、気の毒なことに、みんなCG映像の引き立て役にとどまっている。ドルフ・ラングレンもアイス・Tも、いやになるほど生彩がない。ビートたけしだけが辛うじて儲け役。


『ミュージックマガジン」1995.5

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アルメニア映画『アヴェティック』 [afterAtBL]

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  ディアスポラ(本国を追われた流民)の時代を予感させる厳しい映像だ。すでに亡命者とは浪漫的な観念にすぎないのかもしれない。
 ここに登場するアヴェティックというベルリン在住のアルメニア人とは何者なのか。線路に隣接していて電車が通るたびに轟音と振動とが起こるアパートに住んでいる。とても住めないような劣悪な住宅。表に出たかれはアスファルトの道路の真ん中にばったりと倒れる。大地にひれふすのではない。そんな地表はどこにもない。車が走り交うベルリンの道路だ。
 倒れ伏したかれが夢見るのはもう戻れないかもしれない故郷のこと。その心象と回想をつなげながら映画は進行していく。極めて静謐な画面には一ヶ所だけパラジャーノフを想起させるような流れが見つけられたが、手法的な面での影響があるにしろ、偶然の相似はわずかにすぎない。

  この映画にはどんな象徴的意図もこめられていないと語る作者ではあるが、といって何も読み取らないで過ぎることは出来ない。アルメニアの負った歴史、二つのジェノサイド――ボリシェヴィキ革命直前のものとペレストロイカ以降のもの。
 そして大地震、いまだにあれはロシア人による軍事的陰謀だと信じている者も多いという。それらの民族の物語が排除されるわけもない。どれだけかれが自分を映画国の市民と主張するとしても。

  子供時代の回想。
 フィルムを燃やして遊ぶ子供たち。クロサワとアントニオーニの映画の一部だという。炎は特権的なイメージとして作品を横断している。
 虐殺の炎、アパートの部屋で布をベッド・カバーを燃やす炎。炎上する古いフィルムを映すのは現代の作家の証言でもある。室内でちろちろと舌なめずりする炎は、通過する電車の衝撃で不安そうに揺らぐ。
 ベルリンはこうした映画的ディアスポラのセンターなのだろうか。故郷の大地、雪に覆われた山並み。そこにはいつも欲望を秘めた裸女たちが誘惑の手をさしのべている。炎と共に繰り返し出てくるのは数多の神聖なるふるさとの女たちだ。失われてしまった記憶、失われてしまった土地の霊。破壊され廃墟と化した村を逃げ延びていく家族の足下を消え残りの炎が舐める。かれらの背には十字架と本の一頁が……。

  美しすぎる映像の詩もバルカン的な引き裂かれた世界像に規定されないでは成立しえなかった。


『ミュージックマガジン』1995.4

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マカヴェイエフ『ゴリラは真昼、入浴す』 [afterAtBL]

  マカヴェイエフよ、どこにいる。これは、あの東欧崩壊のドミノ崩し状況のうち最も悲惨なユーゴスラヴィアのバルカン化現象の報道を目にするたびに胸をよぎる問いだった。
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  ところがここに、そんな問いなどハナから馬鹿にするような哄笑的新作が送り届けられてきた。この哄笑はしかし、あまりにも慎ましくかつあまりにも教科書的だった。過大な期待をはぐらかすように、これはまあ、ベルリンの壁崩壊に関するささやかなラフ・スケッチというべきものだろう。
 マカ氏の作品誌でいえば『保護なき純潔』あたりに一番よく似ている。基調はノスタルジア。もの哀しくコミカルでまさに小品。口に手をあててオホホと取り澄ましている哄笑で、マカ作品すべての熱烈な支持者には薄気味悪くなる摩訶不思議な上品さだ。
 草むらで小休止のピクニックを楽しんでいるような作品であり、ゴリラがむらむらと欲情しているような作品ではない。

  これを観る前に或る小説を読んでいた。冷戦下のスパイ小説のパロディだが、舞台は北海道。ソ連支配の独立共和国で、その首都札幌が東西に分割されているという設定。結構、面白かったのだが、歴史はある都市では、現在、とてつもない不均衡のスピードで動いているのだろう。
 この映画に現われるベルリンは、ヴェンダースのそれほどではないにしても、すでに色褪せたセピア色の記念写真のように見えてならなかった。あるいはマカ氏は今回は「東欧民主化」の小春日和をライト・アップしたかっただけかもしれない。

  45年前のスターリン映画『ベルリン陥落』の着色版をぬけぬけとコラージュし、そこに現在のレーニン像撤去のニュースをパラレルにサンプリングしてくる。
 こんな技法一つとっても常識的にいうなら、かなりにハズレタ作家といってよい。しかしどんな不穏当な形で語られようとも、ここに流れるのは社会主義体制崩壊からの無邪気な開放感の一色でしかない。社会主義圏の終焉が一つの予定調和的ユートピアと思い描けるほどに磐石の状況にわれわれは生きているのではないのだが……。
 とにかく、しかしマカヴェイエフは、またしても祖国からではなく異国において健在を発信してきた。
 ブニュエル以降、ヨーロッパの生んだ最高の怪物が真っ昼間から湯あみしているような作品を歓迎したいわけではないにしても、これはともかく嬉しい作品である。

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『ミュージックマガジン」1995.01


 『アクロス・ザ・ボーダーライン』あとがき [AtBL再録2]

あとがき

 テレビドラマとしてつくられた『ダブル・パニック90 ロス警察大捜査線!』(十月十四日放送)を観ながら、複雑な感慨にとらわれずにはおれなかった。ここにはアクション・ドラマの普通の水準(本文でふれたVオリ作品と同じく)が展開されていた。
 わたしがすでに劇場用の日本映画からは見切りをつけてしまった水準が、である。
 脚本は佐藤純弥、監督は深作欣二、共にいい仕事をしている。共にわたしがここ数年来、観ることを忌避してきた作家たちだ。しかしこれはやはりテレビドラマであり、出てくる俳優たちはほとんどがタレントだったのだが。
 テーマは、ロスの日本企業をまきこむヴィヴィットな犯罪をとりあげ、今日、国際社会の孤児として全世界に無防備に散らばっている、日本人ゲストたちの危険さを訴えているようでもある。
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 こうした作品に映画館で出会うことはもはやできないのか。
 尨大な予算、尨大な広告費投入というシステムによる大作主義路線においてはつくりえない企画なのだろうか。観る前から下らなさの見当が大抵ついてしまう大作には背をむければよい。
 大作主義がつくらなければ、何らかの形で、切実なテーマは担われていくに違いない。しかし、わたしにはテレビドラマを観る習慣がほとんど絶無なので、こうした傾向をフォローしていくことは、まあ無理だろう。
 いずれにせよ、くりかえしいってきたように、映画幼年期の終りははるか昔に完了したのだから、退行のできない歴史環境にからめとられているのみなのだ。作品の断片、断片的な作品、という水準なら、高度に発達した映画先進国は誇るべきものばかりに恵まれているだろう。
 発現がもしCFジャンルにばかりみられるという状態であっても。

 つい最近だったか、わたしは個人映画という領域に全く興味を喪って久しいことに気付き、愕然としたのだった。ただ、完全な映画作品という形では、映画先進国においてはもはや人の心に訴えるものをつくりえないシステムが現前化してきているのではないか、ますますその確信を強くする。

 たまたまこれは、わたしの最初の評論集であり、映画論集である。寄せ集めてみると、以上の分量と相なった。機会を与えられて書いたものばかりである。書き下ろしの分については幸運にも、現在公開申のものを対象にすることができた。機会を与えて頂いた諸氏に感謝する。
 とりわけ『日本読書新聞』と小川徹氏の『映画芸術』に、その終幕に立ち会わせていただいたことも含め、感謝する。


 ――などと書いたのが昨年の十月二十一日だ。
 とにかく公開(ではない)、刊行が遅れた。あいすまぬ。写真をいれたサービスの分だけ制作が大変だった。
 『桑の葉』はヴィデオ・リリース、『ダブル・八二ック90』は知らないうちにレンタルが始まっている。なんというか、しばらく前の臨場感のあとがきだが、そのまま残し、少し書き足そう。「日本人ゲスト」という用語などすでにもうわからない。湾岸戦争前夜において日本人が人質になっていた状態の、その人質をさした。
 戦争は始まってしまった。現在は戦時である。期せずして戦前の空気を伝える文章を残した。

 わたしは最後までアメリカの開戦に懐疑的だったが、そのことは別にして、アメリカの開戦が日本の開戦であるにもかかわらず、現在という戦時に認識的にも感覚的に慣れることができない。
 1991・01・16の空爆は情報戦としての最大の効果をもったかもしれない。
 だが結局のところ、廃棄処分にするべき爆弾の投棄場所がたまたま〈気狂いフセイン〉のイラクに特定されただけではないのか、という疑問が「観客」の胸にわいてくるまで一週間もかかっていない。一週間(それ以上も)無為にアメリカは戦略爆撃を行ったのだが、それは軍産複合体にとっては絶対の必要だったのだろう。

 われわれが支払うことを強制されている戦費は「ゴミ投棄」のためのものなのか? それにしても何という奇妙な戦争なのだ。何という奇妙な戦争に加担してしまっているのだ。
 ただただ天文学的にふくれあがるハイテク兵機の戦費支払いを迫まられるだけの戦争。そして更に、この戦争はかつてのアジアの局地戦がそうだったようには経済特需をもたらさないことが明瞭であるらしい。
 まぎれもなくわれわれの戦争であるにもかかわらず、われわれはこれを闘うことはないのだ。
 すでに平和も戦争もその自明の意味を喪って久しいにしろ、この不条理感のみが戦時の意識であるとは、何たる日本帝国主義の現段階なのだ。

1991年4月 『アクロス・ザ・ボーダーライン』あとがき

1989&1990ベストテン&ワーストテン [AtBL再録2]

一九八九年度ベストテン&ワーストテン

今日も黒い雨が〈世界映画ベストテン〉

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U2・魂の叫び(フィル・ジョアノウ) 
バード(クリント・イーストウッド) 
スウィート・ムービー(ドゥシャン・マカヴェイエフ) 
モンテネグロ(マカヴェイエフ) 
WR : オルガニズムの神秘(マカヴェイエフ) 
胡同模様(従連文〈ツォン・リェンウェン〉) 
一人と八人(張軍釗〈チャン・チョンチャオ〉) 
暗闇の子供たち(李長鎬〈イ・チャンホ〉) 
北京的西瓜(大林宣彦)

〈ワースト〉
①黒い雨(今村昌平)

 今平は「楢山参り」で死んだと思っていたら、作家精神は商売根性にスライドしてたくましく生きているようであった。何を今さら反戦反核映画、それもモノクロだからまいるよ。いっそそれなら色彩面面にボタボタ落ちてくる黒い雨粒を効果的に映像化して欲しかったのだが。
 テーマを失った巨匠が二昔前の平和祈願エゴの無着色映画に戻ったこともそれなりの計算なのだろう。全く馬鹿にした話だ。それで「世界」を相手取ろうというのだから。

 わたしに関しては、日本映画もただの外国映画だから、垣根を取り払うことにする。そうしないと日本映画だけを各国映画に較べてキビしく選定する結果になるだろうから。公平にみてもやはり、ベストは選外、ワーストは一番、とそういう判断となる。この国の映画レベルでのみいえば、という特殊領域化で許し合うことは、もうやめよう。
 必要以上に、日本映画を(プラスにしろマイナスにしろ)重大視する理由は何もないのだ。




一九九〇年度ベストテン&ワーストテン
〈映画ベストテン〉

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略奪の大地(リュドミル・スタイコフ)
ドゥ・ザ・ライト・シング(スパイク・リー)
グランドゼロ(パティソン&マイルズ)
ホワイト・ドッグ(サミュエル・フラー)

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ニューシネマ・パラダイス(ジュゼッペ・トルナトーレ)
風の輝く朝に(梁普智)
菊豆(張芸謀)
オープニング・ナイト(ジョン・カサヴェテス)
地下の民(ホルヘ・サンヒネス)
裏切りの明日(工藤栄一)

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〈ワースト〉
①グッド・フェローズ(マーチン・スコセッシ)

 『ワイズガイ』の映画化は期待したものだった。結果は、スコセッシも深作欣二の『仁義なき戦い』のような路線映画をつくってゆくのかという失望に終わった。『グッド・フェローズ』のドキュメンタリー・タッチは、たんに原作の異様な迫真性に敗けたことの結果でしかない。
 やはり彼も『ミーン・ストリート』に戻ることはできないのだろう。

1990年12月 『アクロス・ザ・ボーダーライン』新稿

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略奪された映画のために アフターヌーンテイク4 [AtBL再録2]

つづき 略奪された映画のために アフターヌーンテイク4 オーストラリア映画『グランドゼロ』

 例えば『グランドゼロ』、1988年、オーストラリア映画。マイケル・パティンソン、ブルース・マイルス監督、マック・グッジョン、ジャン・サルディ脚本。

 これほどまでに喪われた映画を奪い返えすためのマニフェストにみちた映画はあっただろうか。喪われたフィルムを探すための旅が迷宮に入り込み、遂に空白に至る。
 そこで映画が終るかと思わせ、ラストの数カットで全く別の物語が始まってしまうような戦慄を与える。このような精緻な仕掛けを可能にしたものは、現実に、映画がテーマにするところの原子力支配社会に他ならないのである。
 これは幻の反核映画をめぐる反核メッセージ映画であると要約できよう。しかしこれは何も意味しない。何も意味しないばかりか、メッセージ映画の嫌いな気弱な観客の拒絶反応を剌激してしまう伝達しか果さないだろう。幻のフィルムをめぐる話でなかったらまさしくそういう直線状の作品で終ったかもしれないが、これはその種の映画ではない。
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 数十年前のイギリスの核実験は南オーストラリアに多数の被爆者を出した。アボリジニー、軍人を中心として。
 その実態は明らかにされているとはいいがたい。民主的な政体と原子力社会とは両立しない。「原子力帝国」の支配システムには、真相を闇に葬るという至上命令があるから。
 イギリスもオーストラリアも政府はそれらを公表しようとはしない。
 事実を調査するための公聴会が聞かれている現在、原子力産業はなおもそれを隠蔽しつくそうとしている。証言の数は少く、真相は更に遠去かっていくようでもあった。これは一応、映画の背景に置かれている。
 主人公はカメラマン、全くこうした動きとは無縁の日常をもっている。かれの父親もカメラマンだった。父親の撮ったホーム・ムーヴィはかれの貴重な財産だ。かれの仕事場兼住居は、コレクションの倉庫であり、劇場だ。父親が遺したホーム・ムーヴィがいつも回されている個人シアター。これはこの映画にとっての重要なキーを示している。
 ここに何者かが侵入してフィルムを盗み取っていく。その理由は全くわからない。わからないところからかれは決定的に事件の渦中にまきこまれていくのだ。先ず明らかにされるのは父親の死の謎についてである。殺されたのだ。なぜ殺されたのか。それを探るうちに、父親が撮影して残したはずの幻のフィルムが存在することがわかる。
 ここには何か映されているのか。そしてフィルムは果たして現存するのか。という二重の問いが主人公をとらえる。映像フリークのようなこの男、政治にまきこまれるというよりもむしろ、映像という迷宮へと迷い込むのである。

 どうやら、かれの父親は、被爆兵士の死体が安置された部屋を盗み撮りしたらしい。
 軍の資料室に忍び込んで、尨大な数のフィルムを調べても、問題の部分は残されていないのだ。
 かれは結局、かつての実験地に探索の足を向けることになる。映画を探す旅は大陸の広大な荒野を縦断する旅に重なる。落日の荒野の地平線を、一台の車が燃え上がるシルエットのように、のろのろと移動していくシーンは過酷な旅の見事な序曲となっている。
 これこそがオーストラリア映画のもつ独得の荒廃した風景である。
 目的地に達して、かれは父の友人だった画家(ドナルド・プレザンス)に出会う。原子力帝国の辺境最深部、見い出されるのは、〈核〉がえぐりとった悲惨な現実である。
 フィルムをもち帰り、かれは閉会直前の公聴会に提出して公開を迫る。だが重要な軍事機密であるフィルムの閲覧は許されない。二人の責任者だけがそれを見る。そして結論は証拠能力なしだった。いったいどういうことなのか、と問い詰める主人公に、フィルムは放射能で感光していた、という答えが帰ってくる。
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 全くこれは核時代の究極の喪われたフィルムの物語かもしれない。どこまでも迷宮だ。
 ゼロになった映画。ここで終るとしても作品は見事に転結をそなえている。
 しかし映画の結末は、主人公が再びホーム・ムーヴィを回す個人シアターに戻ってくる。
 幾度もリール・バックされてきたかれの家族のフィルムが回り出し……。若い父親、幼年の主人公。見慣れたフィルムが回り、そしてフィルムがなおも回るのだ。
 終らない。
 そこにビニールに包まれ、認識番号をくくりつけ安置された死体のフィルムが。
 幻のフィルムが。

 突然に接続されてくるのだ。
 これは幻覚か。
 追い求めた既視感のつくった幻視か。
 それとも現実か。

 ここで映画はぷっつりと途切れる。
 答えは観る者の中で再び始まってくるしかない。戦慄も。
 そしてもう一度この映画の反核メッセージが再度観る者の中で喚起されてくるのだ。
 ゼロになった映画が再び始まるのである。

 このように、限りなく単純に映画であることのできる映画について語ることは、今だに可能である。
 可能であるばかりか、これもまた限りなく単純な欲求なのである。
 しかし。

 映画について語ることは一種の袋小路に入って終る。映画について語るときだけ人が無防備になるのはなぜなのか。例えば恋が始ったときのように、同じことだが恋の終ったときのように。
 なぜなのか。
 批評とは一つのミッシング・リンクを捜すための砂を噛むような作業であるのかもしれない。
 また書き終ったときまた新らたな環が浮び上ってくる。
 喪われたものを求める作業はやはり喪われてゆく他はない。
 映像や音や視覚や人物の現存を言葉に移すこと。それは最終的に虚しく崩れ去る作業であるのかもしれない。
 異次元にあるものを言葉に平面化してしまうこと、それはわたしの不遜とわたしの貧困とを露呈するだろう。

 映画について語ることは、いつもいくらかの痛みと自己憐潤を含んでいる。


1990.10 『アクロス・ザ・ボーダーライン』書き下ろし
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略奪された映画のために アフターヌーンテイク3  [AtBL再録2]

つづき 略奪された映画のために アフターヌーンテイク3 『五月――夢の国』他

 少し前に観たものも含めて、別の国の映画を並べてみよう。中国映画、韓国映画、香港映画。

 例えば『ハイジャック――台湾海峡緊急指令』。1988年、張芸謀〈チャン・イーモウ〉、楊鳳良〈ヤン・フォンリャン〉監督。
 八九年の天安門事件は、もちろん中国映画の将来にも暗い影を落とした。例年の中国映画祭も開催が懸念されたが、ともかく平静に実現をみたわけである。これはその中国映画祭89の出品作。
 『一人と八人』『大閲兵』『黄色い大地』の撮影によってすでにその存在を充分に知られ、『古井戸』では主演も演じ、そして監督第一作『紅いコーリャン』で圧倒的な力量を誇示した張芸謀の第二作。
 いうならば、軽快なタッチのアクション映画だ。むしろ張の興行的な才覚を知らしめた作品であるようだ。
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 台湾政財界の大物を乗せた小型機がハイジャックされる。犯行グループは政治犯釈放を要求するが、機は中国大陸領土内に不時着せざるをえない。北京、台北両政府は、秘密裡に事件解決を探り、軍事的協同行動を試みる。それぞれが特殊部隊を投入して、テロリスト掃討作戦にあたるのである。台北部隊指揮官に『大閲兵』『戦争を遠く離れて』の王学垣〈ワン・シュエチー〉、北京部隊指揮官に『追跡者』の劉小寧〈リュウ・シャオニン〉、ハイジャック犯リーダーに利用される看護婦に鞏俐〈コン・リー〉。まさに中国映画だけがつくることのできるホットなアクション映画であるだろう。二つの中国の現在的ドラマもうまく織り込まれているようだ。

 いっぱんに中国映画の世界的な水準に比しても、アクション・プロパーの作品の水準は高くない。「西欧先進国」のレベルからは遠いと思わせる。蓄積の差というばかりではない。物量の問題でもない。テンポも違えば、ショットのきりかえしも違う。どこか古びているのだ。個人の才能が傑出しにくいジャンルなのである。そのハードルを張は軽くとびこえた。一にアイデアである。二つの中国の接近遭遇、という。
 『ハイジャック』には、張についてしばしばいわれるダイナミックなアングル、華麗な色彩処理などの映像のボルテージは全くみられない。それらのものを駆使しなくとも、映画をつくりうると証明しているかのようだ。アイデアを生かしてみせれば、作家としては充分だったのだろうか。

 張の第三作は『菊豆〈チュイトウ〉』。日中合作、つまり日本の出資による中国映画である。日本人が映画に対して貢献できることは、もはや自らは作品を作らず、資金と部分的な技術を堤供することだけである、と思わせるようにも。
 そしていかにも張芸謀の映像世界であることを証明する力量を全篇にわたって発揮しているのだ。
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 例えば『桑の葉』。1985年、李斗傭〈イ・ドゥヨン〉監督。
 『菊豆』が一九二〇年代の中国の寒村を舞台にした一つの性愛物語であったように、『桑の葉』も同時期の朝鮮の寒村を舞台にした一つの性愛物語である。ただしこちらは艶笑喜劇のタッチで一貫させてある。
 桑の葉で女の部分を隠して臆病な男を誘惑するシーンとか、ヌカズの三発で女房を悶絶させた後やおら本番の夜這いに向う男の腰つきとかは、爆笑の場面なのである。

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 エロチシズムの露出度に関しては、韓国映画も中国映画も後進性の視点からみられていた。しかし『青春祭』や『狂気の代償』の例のように、中国映画にもこの点の開放政策の波は及んできているようだ。韓国映画に関してはむしろ、近年の急進化がめざましい、などといったことをいえるような状況にある、と思えるといえるようだ。
 どうでもいいけれど、天網恢恢疎にして漏らさずインモウカイカイ密にして漏らせずの日本帝国映画の姑息さは、露出において抜かれることも遠くないように思える。

 同じように濃密なエロチシズム描写を試みながら、『菊豆』がコン・リーの裸体をみせるための映画ではないのとは対照的に、『桑の葉』は李美淑〈イ・ミスク〉の裸体をたびたび露出させるための映画だ。村長が夕立ちの森の中、バックから迫って尻をまくっていたすところではヘアーさえ見えた。
 『桑の葉』の、多情に村の男たちを誘惑してやまない若妻は、未亡人ではない。亭主は博突打ちでほとんど家に寄り付かない。放浪から放浪へ、賭博とけんかに明け暮れるらしい。後家同然の暮らしに、いい寄る男は数知れず。米三升を代償に渡してする男、女房の指輪すらさしだす男、夜這いに忍び込む機会をうかがう男。こんなふうで、ヒロインの性的アナーキーの来歴には一種救いがたい貧困があるのだが、そうした暗いトーンはあまり露出されてこない。
 村人たちは残酷にこの女を村八分にしようとする。しかし彼女のヴァイタリティは、追放処分を告げにきた長老までも口説き落し、籠絡し、居すわってしまうところにあった。村人たちが彼女を許したわけではない。
 そして亭主は相い変わらず。女房のために力自慢の男を叩きのめして強いところをみせたが、またまもなく出奔してしまう。一九二〇年代の朝鮮は暗く重く描かれるわけではないが、明るくもない。
 亭主の後には看視役の自転車に乗った日本兵が必ずついている。この種の題材のアジア映画に登場する日本兵の存在のあらかじめの醜悪さには肌が粟立つ想いがするが、これも例外ではない。
 かれは何を看視されているのか。じつはギャンブラーを自称するこの男、パルチザンの連絡役を努める間諜ではないのか、はて、などと想わせるところでこの映画は終る。ヒロインはまだ涙にくれているのである。


 例えば『五月――夢の国』。1990年、製作集団チャンサンコッメ。
 これほどまでに、韓国の現状について声高の正面きった告発を充満させた映画は、観ることができなかった。自主製作・自主上映ルートによる作品。日本にもちこまれたことも驚きである。
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 周知のように、大統領盧は、日本にやってきて、植民地時代の清算されない歴史に対する謝罪のセレモニーを要求した。そして日本の国会において仲々格調高いと評された演説をもぶって、政治家としての力量を誇示したのである。
 しかし自国での十年前の民衆虐殺事件については、日本の為政者たちの不誠実を上回る歴史忘却の作法を示しているのだ。強制連行された人々の名簿を日本天皇に要求したと同じ大胆さで、光州の死者の名簿が要求されることはなかったのである。

 この映画は、一九八〇年五月の光州事態を、光州コンミューン闘争の栄光ととらえかえす視点でつくられている。それ故、映画の積極面も限界もすべてここにかかっている。苦い映画である。若さと苦さとが同義語であるように、稚さも、感傷も払拭されてはいない。
 何よりもコンミューンへの一元的な感情的通路が作品を狭いものにしている。必要なことは主体的な総括であるのだが、映画はそうした要請をほとんど含んでいない。
 主人公に選ばれたのは、一人の戦線離脱者の学生である。かれキム・チョンスは、市民側と軍隊との最終的な衝突の直前にいたって、前線から逃亡する。かれの内面は、戦死への恐怖に打ち克つことができなかったので戦線放棄をした、としか説明されていない。
 文字通り遁走するのである。かれはそのことによって、闘争に対する傍観者的な回想しか自分のものにできない、という位置にある。かれの人間像はそれほど深く掘り下げられるわけではない。
 かれは基地の街、東豆川〈トンドウチョン〉にいる先輩テホのもとに逃亡する。市民革命の光の都市から基地の街へ、作者の図式的な意図はこの上なく明らかである。ここでの生活は猥雑そのものだ。テホは米軍相手の娼婦と共に暮らし、基地の物品を密売するルートでのしあがろうとしていた。チョンスは弟分としてテホの使い走りをする身になるが、かつて学んだ韓国経済の矛盾の最先端に、自ら加担することになるわけだ。
 そして愕然とすることには、ここの人々は光州の事態を少しも正確に知らないのだった。死者の数も抗争の規模も全く正確には伝えられていないのだった。だがかれはそれを教えることはできないのだった。すでに傍観者としてしか闘争の記憶をもちえないかれであったから。

 基地の街の闇経済、それは韓国資本主義の縮図だ、と映画はメッセージしている。奇型の米軍従属社会。そして映画は、敵は支配階級であると共にアメリカ軍であるという視点に、いささか朴訥なほどに、貫かれている。
 主人公はしかし、基地で米軍のカスリを喰らって生きる日常に対しても、傍観者である他ない。作者の意図は、人物たちの苦悩をさしだすよりも、それを媒介にしてメッセージをおくるのに急だから、かれはその苦悩を共感させるための役柄であるよりも、一種の視点人物として物語を進行させる役柄なのである。傍観は決定的である。
 かれを苦しめる記憶は光州の光の記憶ではなく、闘争からの挫折離脱と死への恐怖だから、闘争は感傷の一面的通路からしかふりかえられないという限界をもつ。観る者はかれの苦悩を共に苦しむことはできない。これは辛い苦さである。
 感傷は作者の静的な限界なのだろうか。観る者はかれを苦しめる記憶に共感することができないので、主人公と同じレベルで闘争を神聖化してしまう立場にしか立てないのである。

 かれは、基地の街の矛盾を根拠に生きる娼婦たちや密売人たちの生にも関わることができない。ここでも傍観者である他ないのだ。映画の説得力はまたしても概念の呈示に急なあまり衝撃を弱められるようだ。一人の娼婦は米兵に欺されて自殺し、それによって狂ったテホは基地の兵士を刺して逮捕される。
 アジトを警察が捜索にくるという知らせに、身辺の証拠品を隠すことが第一であるにもかかわらず、逃亡犯の本能でもあるように、身一つで再び、再びだ、逃げ出す他ないチョンスたった。逃げに逃げ、人知れず慟哭する他ない男だった。
 映画は、韓国に進駐するアメリカ国旗を長く長く遠望して、終る。
 テーマの先鋭さが、商業映画ルートから断念され、自主製作という路線によってかえって貧困化するという例はよくある。
 全編にわたるアマチュア性をいちいち指摘することはおよそ気乗りのする作業ではない。
 光州はあまりに近接したタブーだ。
 日帝の植民地時代を描くほどに闊達には、対象と関わることはできない。これについて語ることは、韓国現政権の根幹をおびやかすことにつながる。その志の鮮烈さについては、作者に敬意を表するにやぶさかではない。こうした通路によってしか展開されえない現状告発は受け止められねばならない。もしコンミューンの夢が甘い幻想にすぎないものだとしても。

 映画は歴史に正対した傑作がもちえたかもしれない、苦しみの容量である様々な事件を、少しずつ欠落させた残骸のようなものとして投げ出されてある。一つ一つのメッセージは切実であり、緊急であり、それが痛いほどに迫ってくるのだけれど。


 例えば『秋天的童話』。1987年、張婉婷(メイベル・チャン)監督。
 メイベル・チャンの第一作『非法移民』は、ニューヨークにやってきた中国人が永住権獲得のために偽装結婚するという、『ディープ・ブルー・ナイト』によく似た話のようだ。
 チャンは国を出た中国人の運命を描く三部作を構想、これはその第二作になる。
 サンパンと呼ばれるぐうたらな男(周潤發 チョウ・ユンファ)と演劇を学びにきた女子学生(チェリー・チェン)との淡い交情を描く。監督自身の体験をもとにしたらしい。
 トラブルという語をうまく発音できなかったので、彼女はチャブルという愛称で呼ばれるようになる。サンパンは自前のレストランを開くのが夢だが、ボーイの給料をすべて博突ですってしまうだけの気はいい男。かれらの恋には最初からあまりに距離がありすぎた。ほろ苦い青春ラブストーリーの路線でまとめあげられている。チョウ・ユンファのコミカルな演技が非常にいい味を出している。
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 サンパンの前歴を暗示する一つの場面だけがこの映画の深層のテーマを切実に訴えかけている。文化大革命のさなかに年少で中国本土を出国した男、というのがその来歴である。
 この作品の社会性の手がかりはわずかにそれであるばかりなのだが、この一点からみると、青春の淡い恋も夢も一挙に、元紅衛兵の亡国の民の哀切な悲劇の様相を呈してくるのである。
 この映画は、八八年六月ホール公開。香港のスーパースター、チョウ・ユンファの主演をもってしても、内容の地味さで一般公開がむずかしかったという。
 約一年後に小規模ながらロードショー一般公開され、次にヴィデオ発売という定番コースにのった。
 ただしタイトルは次のように変わったのだ。『誰かがあなたを愛してる』。

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 このようにアジア映画は一般公開の枠に入りにくい。観る機会は飛躍的に増えたけれど、まだ特別上映の形態が多いのである。
 香港アクション映画は別だろう。これは国境を消してしまった気配もある。大量のプログラム・ピクチュアが流入しているが、量質ともに優位は動かないようだ。チョウ・ユンファは『男たちの挽歌』で第一線に踊り出た。香港ノワールと呼ばれる銃器アクション映画はほとんどこの人の名を中心に紹介されてきたようだ。ただこの路線映画の最も弱い点は、ギャングに扮する俳優の層の薄さだろう。
 この点かつての東映やくざ映画の人材の充実にはるかに及ばない。『愛と復讐の挽歌』なども、こうした人材の薄さから、人間ドラマとして観るに耐えない部分を多く露呈していたのだ(それとこの作品、第二部が先にロードショー公開、遅れて第一部がヴィデオ・リリースのみ、という変則の流通をした。順に観なければ面白くないし、因果のわからぬところが多かったのだが)。
 『風の輝く朝に』であれほど見事に輝いていたチョウ・ユンファとアレックス・マンのコンビが最悪の出来なのだ。脇をかためる俳優の少なさも感じるが、なによりもミス・キャストと思えたのだ。
 香港には初老の渡世人を演ずることのできるスターはいないのだろうか。ジャン・ボール・ベルモンドに配するリノ・ヴァンチュラあるいはジャン・ギャバン、などという高望みはしないにしても、せめて例えば若松孝二映画『餌食』において内田裕也をフォローした多々良純のような存在を求めるぐらいのことは不当ではあるまい。
 バイプレーヤーのいないプログラム・ピクチュアとは、かえってアジアの貧困がすけてみえてくるようで辛い。

 香港、すでに消滅のタイム・リミットを告げられている都市国家。大陸からの亡命ルートではもうない。数年先には大陸国家の領土となるのだ。未来のない香港映画は狂疾の暴走を始めて久しいのかもしれない。アナーキーなエネルギーの爆発は今のところ、銃弾と破壊のすさまじさによってしか測ることはできないのだが。
 八九年六月以降の、中国映画の行末についても悲観的な観測は多くある。作品の自由はいかに保障されるのか。政治の影はどのように作品の水準を左右するか。未来へのペシミズムがタイム・リミット――結局、大陸映画と香港映画は一つのものになってしまうのだ――に向って、イメージを先細りさせずにはおかない。日本の製作資金によって最新作をつくった作家もいれば、本国からの亡命を選んだ作家もいる。そうした現象の波動は個別の作品への興味として往還してくるだろう。

 映画について語ることは、いつもいくらかの痛みと自己憐愍を含んでいる。
 人が喪った対象に費す言葉がいつもその対象を獲得するために費した言葉よりも多くなってしまうように。
 暗闇に身を投げ出している映画を本当に自分のものにできることなどあるだろうか。

つづく

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 略奪された映画のために アフターヌーンテイク2 [AtBL再録2]

つづき  略奪された映画のために アフターヌーンテイク2 サミュエル・フラー『ホワイト・ドッグ』

 例えば『ホワイト・ドッグ』、1981年、アメリカ映画。サミュエル・フラー監督、ブルース・サーティーズ撮影、エンニオ・モリコーネ音楽。
 これほどまでにシンボリックに人種差別を鮮烈に映像化しようと試みた大胆な映画はなかった。

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 白い牙をもった白いシェパード犬が黒人を襲う。犬は黒人だけを襲撃するように訓練された特殊な攻撃犬だった。白と黒の争闘。
 《画面いっぱいの二本の牙! これが映画というものだ》とサミュエル・フラーはいった。まことに単純明快、これが映画だ。
 まさしくゴダールの『気狂いピエロ』におけるフラーの名セリフの如く「映画は戦場である」。
 フラーを人種差別主義者と断じる素材はむしろここにはない。人種差別について一般には表現者が尻込みするような領域にまで踏み込んだ作品がここにあるといえるのだ。良心的に差別に心を痛めてみせるタイプやおためごかしの差別反対論者は、映画という戦場から出て行け、とフラーから宣されているようだ。

 ビヴァリーヒルズに一人住いの女優の卵ジュリー(クリスティ・マクニコル)がいる。なぜかは知らないが、こういう設定で映画は始まってくる。彼女が車で犬をケガさせることが出会い。病院で手当てし、持ち主を捜すが現われず、自然に犬はジュリーに飼われることになる。一人暮らしの邸宅に強盗が押し入り、それをもちろん犬が助けるというエピソードをはさみ、犬が彼女に特別な感情を抱くに至る展開は、何の変哲もないアメリカ映画だ。
 これは、幼少時から黒人に虐待されるという訓練を受けてきた犬が、初めて見知らぬ人間から親味な扱いを受けて、その人間を恋い慕うという設定の基調であろう。動物もまたヒューマン・ドラマの参加者であるというハリウッド製の定石通りといったところ。

 これはプロローグで、犬は強盗を撃退した後、家を出て、街をさまよう。
 第二の本能にしたがい、獲物を求めて、である。
 いよいよ映画は核心を見せてくる。夜の街を走る白犬が突如として白い牙をむきだし、黒い人間に襲いかかるショットはあまりに鮮烈である。
 突如として映画は輝いてくる。白熱するのである。もちろん白く、熱くなるのだ。
 ここで爆発する暴力は白い人間の側のものであるから。これほどむきだしにそしてシンボリックに、ほとんど様式化された如く白い暴力が描かれたことはなかった。
 アメリカ映画にとって、これは、およそふれたくない映像だったのだろう。

 このすさまじい暴力の炸裂は、以降も、繰り返えし繰り返えし画面を占拠してくる。
 とくに黒人が教会の中で白犬に噛み殺されるシーンにおいてそれは絶頂に達する。 おかげで、この映画はアメリカでは公開禁止であるという。この事実をもってしても、ハリウッドが黒人差別を素材にしてつくった多くの映画――『手錠のままの脱獄』から『ミシシッピ・バーニング』まで――がいかに良識的な欺瞞の産物だったか、よく了解できるのである。

 サミュエル・フラー、今や伝説的なB級プログラム・ピクチュアの巨匠だ。ニコラス・レイ、ドン・シーゲルらと並ぶ。しかし息の長いしぶとい活動は比べる者がいない。後期の作品。
 差別についての面倒な討論や良心的な痛みのポーズはいっさいない。白い牙をむく暴力犬をめぐるテンポの早いアクション映画なのだ。
 『ストリート・オブ・ノー・リターン』などは、ただの脳足りん映画にしか思えないが、それでも黒人の警察署長(ビル・デューク)が愚連隊共にむかって、「シロ共!」「クロ共!」と叫ぶ場面などに、様式好みのグロテスクな非良識性は健在だった。

 『ホワイト・ドッグ』に戻る。ジュリーは動物の調教所を訪れ、矯正を依頼する。ここでカラザーズ(パール・アイヴス)の登場。

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 かれは犬の本性を看破して、正体を教えることを拒みつつ、殺すしかないといいきる。
 相棒の黒人キーズ(ポール・ウィンフィールド)が犬の正体を明らかにする。人種差別主義者に幼時から調教され、黒人だけを襲う本能を植え付けられた殺人犬。ヤク中の黒人を使って徹底的に犬を虐待し、黒い肌の人間への敵意、攻撃性を仕込まれた犬。それがこの白犬なのだ。
 ホワイト・ドッグのホワイト・ファング、それはひどくシンボリックな意味をもつものだ。
 キーズは、人種排外主義者の馬鹿気た試みに挑戦するために、犬の再調教を引き受ける。黒い人間への敵意を訓練によって解除するのだ。事態の悲劇的な終幕を予測してカラザーズは止める。
 すでにキーズは同じ調教に二度失敗していたから。しかしキーズは何度でもやってみると主張する。

 深夜、犬はオリの屋根を喰い破り、脱走をはかる。猛獣たちの調教舎を走り抜ける白い犬のスリリングなスピード感は、これも映画の中の出色のシーンだ。脱走した犬を捜すキーズは、翌日、教会で無惨に噛み殺された同じ肌の色の男を見つけねばならなかった。
 教会と黒い人間と白い犬と殺人。グロテスクな様式はここでも最高に極まっている。反差別的な表現(そんなものがあるとしてだが)は差別的な表現と紙一重であるという雄弁な実例がここにある。ここを避けて通っていつも差別の現実に心を痛める良識派市民はどこにでもいるだろう。かれらは、差別の現実によって傷付くこともないかわりに、現実に何ら傷を付けることもできないだろう。かれらの良心に幸いあれ。
 ともあれ、フラーの映像は不愉快であるかもしれないが、それは現実の深層に届いているのだ。避けて通ることはできないものだ。
 犬を殺してくれと哀願するのは今度はジュリーのほうだった。キーズは敢然と対決する。俺だって犬を殺したかった。けれど思いとどまったんだ。この現実を変えねばならないのだ。この犬から、植え付けられた黒人への攻撃性をとりのぞかねばならないのだ、と。


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 そのようにして、やがて、キーズの忍耐は実る。犬は黒い肌への敵意を示さなくなる。最終テストが行われることになった日、ジュリーは元の持ち主の訪問を受けた。
 人種差別主義の調教者は、いっけんいかにも温厚な初老の男で孫娘を連れているのだった。犬はもはや矯正された、とジュリーは告げ、かれに最大限の罵倒を投げ付ける。そして物語は一気に悲劇的なカタストローフヘと登りつめていく。
 鎖を放たれた犬、かれは最初ジュリーに牙をむける。思いとどまって、次にはカラザーズに襲いかかるのだった。攻撃犬の哀しい習性はどんな訓練によってもとりのぞかれることはない、と断言したカラザーズに。
 犬は確かに黒い人間への敵意を解除されたが、それはたんにかれの混乱を深めただけなのだった。誰を襲い、誰を襲わないかの、シグナル識別能力が犬の中で機能しなくなったのだ。その結果、無差別に人を襲う攻撃犬に変貌してしまったのだ。
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 まことに救いようがなく映画は終らねばならなかった。この映画の結論のなさに苛立つ者はやはり、このテーマに外在的にしか立ち会うことができないのだろう。

つづく

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略奪された映画のために アフターヌーンテイク1 [AtBL再録2]

ブルガリア映画『略奪の大地』 略奪された映画のために アフターヌーンテイク1 


 映画について語ることは、いつもいくらかの痛みと自己憐愍を含んでいる。

 例えば『略奪の大地』、1988年、ブルガリア映画。リュドミル・スタイコフ監督、アントン・ドンチェフ原作、ラドスラフ・スパッソフ撮影。
 これほどまでに映画のもつ力能をみせつける歴史叙事詩が未知の国からおくられてくることはなかった。〈東欧民主化〉にいたる底の力をここに見い出す想いがする。

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 物語は十七世紀後半。オスマン・トルコ帝国の支配下にあったブルガリアの一村落に始まる。征服者は、ヨーロッパのイスラム化を強要し、より過酷な支配の環をせばめてくる。キリスト教の背教、イスラム教への改宗である。派遣されてきたのは、トルコ軍の精鋭ジャニサリー騎兵隊。将軍カライブラヒムは、長老を集め、十日間の期限をきって、改宗の命令を下す。
 将軍はしかしその土地の出身者に他ならなかったのである。帝国はキリスト教徒支配のための独特の人頭税システムを採用していた。支配下の村々から五歳から十歳までの少年を徴発し、その中の優れた者を選び、兵士にとりたてる。激しい訓練によってエリートのテロリスト部隊をつくりあげるのだ。そのシステムによって仕立てあげられた男の一人が将軍だった。
 生まれ育った故郷を、トルコ軍指揮官として蹂躙するために、かれは帰ってこねばならなかった。かれの記憶の中に絶えず、生まれ育った水車小屋の想い出がフラッシュ・バックされる。共に遊んだ兄弟同様のマノール、軍に徴発されていくかれに追いすがってくる母親……。
 何もかも奪われて、根こそぎにされ、今では帝国への忠誠のみが存在の証しである。侵略軍の殺人者。かれの名はカライブラヒム将軍(ヨシフ・サルチェジェフ)。

 幼いときの記憶と現在の任務との相克はかれを引き裂く。刺客として現われ、かれの顔に斬りつけた男はかれの弟ゴランだった。かれの顔面はその魂と同様、真っ二つに切り裂かれるのだが、そのナイフをふるったのも、数十年ぶりに再会したかれの弟なのだった。
 マノール(イヴァン・クリステフ)は、力自慢の羊飼いたちの頭目格になっていた。改宗に反抗する最も不退転の抵抗者である。かれは下の息子ミルチョに告げる。「もしトルコ軍がお前を徴発していくようなことがあったら、村の境の橋の上でふりかえれ。父がお前を一発で射ち殺してやろう。もし弾丸が当らなかったなら、当るまで立ち止って待つのだ。できるか、お前に?」。
 黙ってうなずく少年だった。

 五時間の大作を、外国向けに三時間足らずに縮少したものである。
 人物関係はいりくんでいてわかりにくいところがある。整理してみると。水車小屋のガルシコ爺さんの息子がゴラン、娘がエリッツァ。長男はカライブラヒム、幼くしてトルコ軍に連れ去られる。かれと一緒に育てられたマノールは預り子だった。マノールの息子、成人したほうがモムチル、幼いほうがミルチョ。
 ゴランが恋する未亡人セヴダはマノールに心を奪われている。モムチルが恋しているエリッツァをマノールは妻に選ぶ。弟も同然の男と息子と、どちらも恋仇であるという、マノールの苦悩もまた錯綜したものだ。
 かれは婚礼の儀式によって村人を一致団結させたいと考えたが、結果は裏目に出た。村人たちが祝福にくるまでに長い時間待たねばならなかった。そして村人たちが集ったときには後ろにトルコ軍騎兵が迫ってきていた。
 改宗前の祝い事など許さぬといって、兵士たちは婚礼の席を泥靴で踏みにじってしまう。男たちはすべて連行され、領主の館の地下室に監禁されてしまう。そして女たちは兵士たちの凌辱の餌食となるのである。


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 カライブラヒムは略奪した花嫁、自分の妹エリッツァに、またしても母の面影をみなければならなかった。
 マノールを改宗させるための道具として、エリッツァは釈放されるが、マノールはエリッツァに、モムチルと結婚し子を産みマノールと名付け、モムチルには将軍を殺せと伝えろ、と告げるのみだった。セヴダは、村人を助けるためと欺かれ、改宗してイスラムの女になるが、これも兵士たちの獣欲の餌食となり、殺される。
 セヴダの死によって、ゴランは単身決起し、将軍を襲うのである。さらし者にされたゴランの父親としてガルシコは名乗り出る。

 それは同時に、将軍との親子の対面でもあった。顔を二つに切られたカライブラヒムの前に出て、父親は「ストラヒン(それが息子の名前だったのだ)か、久しく会わなかったな」とあいさつする。
 「俺が直ぐわかったか」と問う息子に、「もちろんだ」
 何もかも奪われて、根こそぎにされ。しかし出自を消すことはできない。かれの名はカライブラヒム将軍。父親にいう恨み事はない。すでにそんなことは忘れた。帝国への忠誠だけがかれの存在の証しである。ただ、一つだけきいておきたい事は、あった。
 「あのとき、なぜマノールを選ばなかった。なぜ俺を選んだ?」
 「お前が実の息子だったからだ、ストラヒン」
 「では今度は俺がお前にそうしよう、ガルシコ」
 かれの言葉に激昂はない。ただ将軍としての任務があるだけだ。
 かれは非改宗のみせしめの死者に父親を選ぶ。実の親に手をかけることは戒律に反するとの忠告に、「かれは自殺するのだ」と冷然といい放つ。


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 カライブラヒムはミルチョの首をかけて遂にマノールを屈服させることに成功する。ターバンを被れという命令にいったんは服そうとしたマノールだったが、最後の一瞬に暴れ出し、兵士数人を道連れに殺されてしまう。一方、トルコ軍との戦闘で傷を負ったモムチルの身には賞金がかけられている。もはや逃げることもできず、かれは、弟ミルチョに、自分の首をもってカライブラヒムを殺しにいけと命ずるのだった。
 幼ななじみの男の息子の手によって、遂に侵略軍の将軍は刺し殺されたのである。かれの目には、もう自分のような兵士があとに生まれずに済む、といった安堵の色すらがあった。生まれ故郷を異教徒の手で蹂躙しにやってくる。自分のような獣が他にいるだろうか。

 略奪された大地とは、略奪された魂である。
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 かれはその心の中のように真っ二つに裂かれた顔の傷跡を残して死んでいくのだった。
 かれの顔を去来する、面影の母、故郷の水車小屋、あとは殺戮と侵略ばかりのような虚白と哀しみ。かれの悲劇は一個の性格悲劇であるのではない。

 「ミルチョを俺のような子供にするか、それとも殺すか」
 かれが血を吐くような言葉を口にするのはその一回だけである。あとは侵略者の虚脱した仮面がかれを支配している。

 ブルガリア、西からも東からも侵略者は来て、通過していった。
 歴史は改変できない。
 映画の豊かさだけがこれを一瞬、奪還してくる。
 ところでこうした映画についていったい、何が語られるべきなのだろうか。
 物語を追認すること。
 主人公の顔。ヨシフ・サルチェジェフの顔。なんという万感の刻み込まれた顔だろうか。ファースト・シーンからこれだ。ターバンを巻いた坊主頭。トルコ人の姿にブルガリア人の魂。
 ふりむいた哀しみのまなざし、胸につきささる、非改宗者には死を、の叫び。それを分析して語るために物語を追認すること。これに大半の言葉は費されてしまうのだったが……。

 映画について語ることは、いつもいくらかの痛みと自己憐潤を含んでいる。
 映画を愛することは映画を語ることではなかった。完璧に差違のある体験ではないけれど幸福な一致をみることのできる体験ではなかった。暗闇に身を投げ出しているそのものを本当に自分に所有できることがないように、愛するものを語ればたちまちその言葉は別のものになってしまった。所有するための言葉は対象を傷つけ、自分への憐みとして環流してくるのだった。
 気恥しい恋の堂々めぐりはいつも映画とのものだった。かつて幾度も暗闇で身体を交したはずだったが、いつも慣れることのできない未知の苦い自失を、映画は強要してくるのだった。

つづく
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略奪された映画のために  モ一ニングテイク2 [AtBL再録2]

略奪された映画のために  モ一ニングテイク2 つづき 山岡強一『山谷』

 風景は涙をもて奪い返えせ。
 朽ち果てた像を自らの姿として決起せよ。
 むしろ山岡は映像を撮りに筑豊行をしたのではなく、寄せ場闘争における自らのスタンスを確認するために、その証拠を筑豊で見つけ出してきたのではないか。そう思わせるところがある。オルガナイザーのしたかかな計算といえるが、この正当さは全く疑いえない。

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 映画のこの部分のうつくしさとたたずまいのいさぎよさには正当性がある。映像が運動の具体的な提起として立ち上がることは何も偶然ではない。
 寄せ場は単独に寄せられたのではない。

 そもそもこの帝国近代現代史において、単独に寄せられる場所などない。ありえない。だから風景とは必然である。この帝国主義において必然でないことなどいっさい何もない。

 寄せ場プロレタリアートは歴史的にいっても現在的にいっても、単独にそのものであることはできない。ただ単純にそれはできないのである。資本の暴虐がいかに巧妙に分断を策し、個々を引き裂こうとも、一人は単独者であることはできない。これは古典的な命題として絶対にそうなのである。そうであるほかないのである。

 かれらは強制連行された朝鮮人・中国人と全く正当につながってくる。それが歴史だった。
 しかし映画『山谷』がそのことを説明するわけではない。ラスト近くの暗い玄海灘は全く無雑作に映し出される。それは正当なのだろうか。画面をいったんは受け入れなければ映画を消化することはできない。素朴にいって、ここでも、映画『山谷』は難解さを増している。この画面の質量を受け止めることは、ある意味では困難かもしれない。
 一つの想像力の質と日本近代史の一定の予備知識が要求される。
 大体、全篇にわたってそうなのだ、ともいえるのだが。

 歴史は映画の中で充分に説明を与えられてはいない。もともと映画は近代史の祖述のためのものではないから、映画の外に在る他ない。
 海も墓標も、単独には、画面として、単に海や墓標であるにすぎない。観る者の想像力の受信力によって幻視されもし、まったく看過されもする。
 風景、それらは日帝の近現代史が無雑作にばらまいた自らの腫瘍であり、これがかきむしられれば、その傷は奥深く、中枢にまでつながっていくだろう。そう受感する力がなければ、これらの映像は単なる海、単なる風景である他ない。
 不注意な観客は映画『山谷』を充分に観てとることができない。

 もちろん、日本人一般の歴史意識の低劣さを、たった一本の映画が癒やすべくもないことは、指摘するまでもあるまい。


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 ただ『山谷』に特有なのは、観る者に対して一定の質を要求して止まない、という基本的な姿勢であるといえる。これは映像集団〈山谷〉が最終的に獲得した地平であるに違いない。
 映画を観ることが共に観ることであり、共に考えることであるとするなら、一歩すすんで共に創ることでもありうるに違いない。不完全な映像を素材に討論をするという意味ではない。ましてや完全な映像を素材に上からの教宣がなされるというのでもない。
 観ることが集団制作の一環、本質的な要素であるような質をかちとっていくこと。映画『山谷』の素朴な難解さは、こうした集団制作の作法に帰せられるようだ。

 そうして映画『山谷』は一つの作品で先ずあることができずに、〈映画=運動〉ともいうべき奇妙な結合物に収束している。これは運動という観点から短絡するなら、映画を一つの道具としてみなすことができ、結構なことになるかもしれない。映画は単なるプロパガンダであればよく、集会場に持ち運ぶカンパニアの手軽な道具になってしまう。たぶんそのように解消されるものについては語らずに済ますことができるだろう。

 だから問われるべきは、運動とは切り離された映画作品そのものとしての『山谷』の成立であるかもしれない。困惑すべきことに、こうした切離が不可能なところに作品『山谷』はある。『山谷』は映画ですらないのかもしれない。映画そのものについてだけ語ることが厳密な意味において不可能なのかもしれない。

 だからこの映画にとって上映運動とは、作品と一体化した、本質的な方法である他なかった。上映という形によって作品をなおもつくり続けること。上映運動によって作品がより完成=解体に向けて、盛り上がること。完成が解体と重なってくる局面は重要である。
 解体とは作品が各個人の中で生き始めることだろうから。


 九〇年一月、製作上映委員会は、解散と報告の集いを貫徹して、この五年間の総括を行った。
 上映運動は、北海道から沖縄までの国内はもとより、香港、フランス、ドイツまで拡がり、延べ五百ヵ所、五万人の観客をかちとった。
 八五年十二月二二日、佐藤満夫の虐殺一年にあたる日に始まる、克明な上映運動のクロニクルは、これ自体、重いメッセージを発信してくる。

 『山谷』は単独に映画であることができない。映画という手段は、寄せ場において、最初から彼岸のものだった。カメラはあくまで外にあるものだった。カメラをぶんまわすことはそれを武器とすることではない。略奪された映画があったのではない。あらかじめ略奪された場においてカメラを内側にむけることのできる力量を主体はもちえるだろうか。
 ドキュメンタリーのアポリアは、それ自体として、変わらず横たわっていた。
 上映運動の初期に、上映委は再度、筑豊を訪れている。上映日程の作製とロケ隊が世話になったことの返礼もかねて、である。この筑豊行の報告ほど映画そのものとわかちがたく結び着いているものはなかった。
 それは、映画がとらえた朽ち果てた風景すらもが、その後まもなく消え去っていったことを報告している。壊されていく炭鉱住宅、新しい墓石によってとりのけられていく朝鮮人労務者の墓。
 再訪は、映画撮影から半年後のことにすぎない。この崩れ去るスピードに何をいうべきか。だとすれば、映画『山谷』はかろうじて、壊死する風景の最終的な記念碑となる他なかったのである。
 これは苦いにがいイロニーであるように思える。それとも映画に撮られることによって奪回されることを怖れた帝国主義の風景が自らをスクラップ化して証拠の隠滅をはかったのか。
 そう思わせるような壊死のスピードではなかったか。


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 上映運動もまた作品の一部であるという深い確認はここにも見い出すことができる。映画はより豊饒に集団化しているのである。上映運動への強固なインパクトが山岡強一の死であったことは疑いえない。またしても負の方向から、運動は飛躍を強いられたのである。
 佐藤満夫の戦死の無念を引き継ぐことなしには映画『山谷』は発展させることができなかった。今また、その地平を主要にきりひらいた当事者である山岡強一の戦死が、付け加えられるのである。八六年一月十三目、この無残な日付けは忘れられることができない。
 映画がもし、佐藤-山岡という個人リレーの産物であるなら、残された者は感傷の涙でそれを祭り上げる他なかっただろう。死は改変しえない事実だから、映画にとって二人の死がわかちがたいことは、無体なことではなかった。
 まだ明けきらない新宿の路上、狙い撃たれた銃弾と流された血の記憶は、『山谷』の撮られることのなかったワン・ショットのように、脳裡から離れ去ることはなかった。
 これは映画への決定的に雄弁な注釈ではないだろうか。低度の感傷の次元で、映画は、二人の死、とりわけ山岡の死に決定的に規定されてしまったのである。
 かれらの戦死をつきつけられることなしに、映画を見始めることすらできない、という具合に。それをたんに否定することはできない。しかし感傷にとどまることもまた許されない。
 そこに上映委の再度の集団化構想があったのだと想像する。

 この地上に血ぬられた圧制が消え去ることはない。ユルマズ・ギュネイの『敵』という映画だったか、朝、手配師が労務者たちをトラックに乗り込ませる場面。一人の男が遅れてやってきて、トラックの荷台に跳び乗ろうとするが、失敗して転倒する。男は頭から血を流し、長々と舗道にのびてしまう。いつまでも動かない。
 死んでしまったのだ。巡査がきて死亡を確め、新聞紙をかぶせて去ってゆく。やがて雨が降ってきて新聞紙をぬらすが、死体は放置されたまま。夕方になってもそのままだ。
 この映像にショックを受けたことがあるが、最近、首都のオフィス街で同様のものを見た。朝のラッシュである、山手線だったか、人身事故があった。電車はこうした事故の通例に反して、止まらなかったのである。死体は取り片付けられ、といってそんな時間はないので、線路の脇に置かれた。とりあえず、である。死体の全部か一部か定かでなかったが、ビニールをかぶせられ、電車を止めるわけにいかないので、放置されたのである。乗客たちは非日常の光景に気付くこともなく……。

 この地上に虐殺は終らない。映画『山谷』は終ることを拒否した。
 最終のシーンに、インドネシアの教科書から、ロームシャの一語がクローズアッブされる。そしてフィルムは途切れる。
 ここで歴史が反転し、フィルムは逆向きに回るのだろうか。あるいは観客一人一人の内部で回り出すのかもしれない。
 映画は現実のほうに還される――現実へと解体されるのである。


 事実として作品は一定の時間枠に完成しているのだが、それ自体としては終ることができないことを、絶えず観る者に発信している。その未完結を受信しなければ、映画を、本当に観たことにはならない。
 寄せ場の歴史の集合に相対することが要求される。どこが入り口であるにしても、根源はここにある。

 略奪された映画のために現実が略奪されてこなければ、観るという行為は貫徹されない。
 死者をよみがえらせることはできないが、よりよく自らのうちに死者を直立させることは、残った者の責務である。
 そうでなければ、映画をめぐる二人の戦死を本当に悼むことはできない。
 結果として映画『山谷』すらも取り逃してしまうことになる。
 自らを対峙させ、自らのうちに正当に葬ってやることなしには、死者はいつまでも死んだままなのだ。

1990.10 『アクロス・ザ・ボーダーライン』書き下ろし


略奪された映画のために  モ一ニングテイク1 [AtBL再録2]

略奪された映画のために  モ一ニングテイク1 佐藤満夫『山谷』

 映画は映画であり、これは限りなく単純なことだった。

 一つの映画について語ることが極度の痛みを伴う作品は数多くあるわけではない。 ましてやその痛みが個人的な事柄を超えて存在するような作品はほとんど稀有であるに違いない。
 『山谷〈ヤマ〉――やられたらやりかえせ』はその一つの例であり、わたしがこれから語ることを強いられるのは、その痛みのある種の普遍性についてであるだろう。

 周知のように、この映画には二つの墓銘が刻まれている。映画の中にではなく、映画の外に、製作の出立と終幕とのクロニクルに、二つの墓銘が刻み込まれている。
 葬列に花飾りはいらないにしても、死者を正当に葬ることなしには生者は生きられない。

 佐藤満夫
 山岡強一
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 かれらは山谷をめぐる熾烈な階級闘争の途上に無念の戦死を遂げた。
 命を的にされ、選抜されたテロリストによって計画的に殺られた。とりわけ映画をつくることによって、そのことへの反動として、白色テロリズムに個的な命を的にされた。
 かれらは、階級闘争における戦死者というよりも、むしろ映画をつくることを媒介にした階級闘争における戦死者であるという意味で、よりいっそう映画に所属する戦死者であるのかもしれない。

 わたしは『山谷』が全的な意味で階級闘争の映画であるか知らない。
 ところで全的な意味での階級闘争の映画なんてあるだろうか。現実にあることができるだろうか。
 佐藤満夫がウカマウ集団の『革命映画の創造』に強く触発されて、山谷でのドキュメンタリー映画を構想したことはよく知られている。
 この国でいったい革命映画は創造できるのかという問いは、常にある種の人たちを立ち止まらせ、痛みを身体にうちつける問いだった。果たしてこの国には、アウグスト・ボアールが提起する意味における「被抑圧者の演劇」はあることができるだろうか。またパウロ・フレイレの提起する意味における「被抑圧者の教育学」はあることができるだろうか。その問いはのりこえられない。

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 ただ、この国にも、山谷のように、釜ケ崎のように、階級戦争が、街頭の成り立ちにおいても、個的に強いられる存在様態の成り立ちにおいても、絶対的に赤裸々に露出してくる現場は確固としてある。
 被抑圧者=下層プロレタリアート=被差別人民という言葉は、いまだこの場では生きて語られる。革命映画はここにつくられねばならないという心情が発することはごく自然の過程だったろう。
 ほとんど日本の中の異国のように植え付けられたゲットーの街。日本資本主義の上昇する市民生活からは決して生まれえない人間の原初がここにある、と思われるのは素朴な過程だったろう。

 この国にも、映画の歴史があるだけ、ドキュメンタリー映画の歴史もあったし、運動の映画の蓄積もまた反運動の体制ドキュメンタリー・フィルムの蓄積と同じ程度には、全く同じ程度の質には持続してきた。
 被害者の映画もあれば加害者の映画もあった。運動の映画の歴史の中から、寄せ場が射呈されてきたことは、べつだん佐藤満夫の独創ではあるまい。素朴にいえば、ドキュメンタリーの素材として山谷は、強度にみちたものであるだろう。しかしそのことは撮られるであろう作品の質を保証するわけではない。
 もともと映画は、佐藤満夫の欲求においては、寄せ場闘争の様々の局面を記録報告するものになるはずだった。かれの肉体が、かれにドスを抱いて体当りした白色テロリストによってもし破壊されなかったとして、だが。
 死は反革命のほうから急激に襲ってきた。少なくともそうではなかったかとわたしには思える。かれがじっさいに撮影をした日数はわずかに十二日。それ以上の映画つくりを、反革命はかれに許さなかったのである。
 それだけでいったい何を表現しえただろうか。遺された佐藤満夫のシナリオ原案がある。そのものに何事かを語らせることはやはり無理というものだ。生きられたフィルムのための手がかりをそこに探しても空しい。
 カメラの生理感が、整然とした撮影スケジュールをのりこえていくところにしか、かれは自己の充全たる作品をもつことができなかっただろうから。
 わたしは、佐藤満夫が十数年ぶりに映画という現場に戻ってきたとき、どれほどその渇えを満たす映像にとりつかれ、追い求めたか、そのことを『亡命者帰らず』(彩流社)の冒頭にいくらか、同時性として書いている。
 この映画は全くのプライヴェイト・フィルムの部分を数多くもつ。それはみずみずしいのだ。作者の私性は運動者の質に連結させることによって力を得るだろう。そうした幸福な弁証法を自らに課すことによって、佐藤満夫は傑作を夢見たのに違いないのだ。そして……。


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 現実はかれの戦死で終った。
 いや、そうではない。始まったのだ。

 わたしは、佐藤満夫が遺した数時間のラッシュ・フィルムも、佐藤が殺された後に、かれの相棒のカメラマンが撮った十数時間のラッシュ・フィルムも観た、ことがある。寄せ場のように古典的圧制が現前化された場所においては、人間の置かれた条件も赤裸々であるから、個々の人間の存在感も強烈であることは当然だ。
 カメラをかれらに寄り添わせるなら、肖像画のようなドキュメンタリーは容易につくりうる。ほとんど対象からの力によってそれは成り立ってしまう。そして監督が殺された夜の暴動もまた絶好の記録対象ではあったろう。
 そんな寒々とした感想しか残らずに困惑したことを覚えている。

 そのラッシュ・フィルムをもとの素材にして、もし映画が出来上っていたとしたら、と予測することは不遜な想像力であるだろう。じっさいは、はるかに遠くに『山谷』は、つくりあげられたのだから。
 残された人間によって遺志が引き継がれなければならないと思われたとき、そこから映画のすべてを引き受けようとする姿勢は不可避だった。そしてそれ以上のものを引き受けることも。
 佐藤満夫が意志したことばかりでなく、佐藤が意志しえなかったこともすべてぶちこんで、映画を引き継ぐこと。
 書けば簡単だが、じっさいは苦難の末だったと思える。
 ある意味では最も集団的な構想がここに実現したのである。佐藤満夫の『山谷』はやはり、佐藤の個人的な資質以上のものにはならなかっただろう。
 換言すれば、個人的な才能に依存する以上のフィルムにはならなかっただろう。それは全く当り前の帰結だ。佐藤の死の直ぐ後に回されたフィルムもまた、それが集団的な確認のもとにあったにしても、やはり個別の才能なり努力なり頑張りなりに依存したものであらざるをえなかった。
 遺志を継ぐとは、残された者の主体を死者に対峙させることだ、という確認が発生して初めて、映画『山谷』は集団化されたのだと思う。そこに到るまでは長い消耗の時間が要されたといわれている。ここで初めて映画『山谷』はウカマウが主張し続けているような集団制作の質をもつことができたのだろう。
 少なくとも佐藤満夫の映画をのりこえ、かれの主体を一つの部分とすることなしには、『山谷』を引き継ぐことはできなかった。それも当の本人の政治死という犠牲を払ってなお直線的には創出できなかった視点だった。死者への手向けは、同志たちがかれを正当に葬ってやること以外ではないのだ。
 それに気付くためにも生きている人間は赤い血を流さねばならないのかもしれない。


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 映画『山谷』は後半、唐突に筑豊に跳ぶ。佐藤満夫の人民葬後、約半年、試行錯誤の末だったと思える。映像集団〈山谷〉(勝手に名付けたが正式には「山谷」制作上映委員会と呼ぶのだろう)の最初の突出だった。
 ただわたしは現場の雰囲気を全く知らないで見当をつけたのみだから、集団の突出が映画集団という質においては持続性を支えられていたのかどうか、わからない。映画以外の集団として考えるなら一定の戦闘力は信じうるのだけれど、映画に向けての集団として力量を持続しえたのかわからない。
 別の言葉でいえば、映像集団〈山谷〉の創出は同時に、映画監督山岡強一の誕生だったのだろう。そこで集団の局面は個人の局面に解消されてしまったのかもしれない。わたしが推測しうるのはここまでだ。
 政治闘争のまぎれもない指導者が、そのままの位相は変えることなく、ドキュメンタリー映画の監督になりうるという事実は、かなり異様なことだ。それ自体としては異様な過程だが、個別の闘争からみる限り、佐藤の遺志を引き継ぐための具体的なやり方は、他に考えられなかったのだろう。そうして山岡強一は、映画『山谷』という可能性の全体を引き受け、そしてそののりこえを意図して、九州にカメラをもちこんだといえるのである。
 山岡の胸を去来したのが、佐藤のように傑作への夢であったとは考えにくい。かれはただただ当惑していたばかりのようにも思える。

 筑豊。朝鮮海峡。
 あくまで根幹にあるのは寄せ場との往還である。
 思想とイメージはここでは一体だ。朽ち果ててゆく風景がとらえられる。ある村では一つの村落の集合全体が生活保護受給者の集団に化している。そして廃坑と朝鮮人の墓
 見事に取り残された風景だ。資本主義が破産させ、自らも破産しつつある風景、というだけでは充分ではない。
 石炭産業は、高度成長下のエネルギー政策において、根こそぎに切り捨てられたのである。あたかもこの帝国の基幹産業がいつでも最底辺の労働者の献身と犠牲において成り立ってきたのにも相似して。
 産業部門の廃棄とは、労働者のスクラップ化に他ならなかった。エネルギー政策転換による大量の基幹プロレタリアートの流浪化は、充分に語られてきたわけではない。
 『山谷』は寄せ場という視点から、また映画という手段を通して、ここに照明をあてようとした。山岡強一のメッセージは明快である。

つづく


略奪された映画のために ミッドナイトテイク2 [AtBL再録2]

略奪された映画のために ミッドナイトテイク つづき

 《一つの良い映画を、暗い映画館で他の人々と一緒に見るというすばらしい経験は、なにごとにも代えがたいものだ》――ホルヘ・サンヒネス


 視点をかえよう。
 かつてわたしは、プログラム・ピクチュアの終焉に日本映画の黄昏をみる、といったようなことを書いた。じっさいのところ、製作本数の減少と一本あたりの製作経費の増大は作品の質にむしろ逆に反映していることが明瞭であるにしても、それ自体としては粗雑な論証の域を出ないものだったと思える。おまけにプログラム・ピクチュアは終ったのではなかった。


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 別の意味で、現在、日本映画は二つの流れのプログラム・ピクチュアの時代をむかえている、ということはできる。
 一つの潮流はアダルト・ヴィデオ(AV)。レンタル・ショップばかりでなく、書店でもかなり安価に買い入れることができる。断っておくが、ここで若干展開するのはAVに開する一般論でしかない。
 要約すれば、AVの流行とは、性交実写映画の市民化といえるだろう。このものはプライヴェイト・フィルムとアンダーグラウンド・フィルムとの接点あたりにあるのだろう。これを厳密な意味で映画といいうるのかどうかは今はおく。
 ただ誰でもが知っているように性器・性毛及び結合部分はコンピュータ処理によって消去されている。はっきりとは見えない。この作業を経た上ですでに市民化しているということだ。特殊なルートでしか入手できないのではない。だれにでも観る機会があるのだ。

 市民化という点でいくつか確認しておきたい。これを性表現の解放という論点でみることはできない、これが一つ。逆なのだ。進歩とは破局に他ならない。
 AVとは、八○年代に顕著になってきた日本資本主義独得の性的錯乱と性倒錯的無機質化のどうやら極点である、これが一つ。
 もう一つは、相い変わらず、隠すという官権的処理は至上であるため、却って妙な効果をもって、世界に類をみないいやらしい映像だということ。もともと性交にはげむ他人の姿など、あからさまに見るに価するものではない。退屈な上に、全的に露出されていると醜悪な部分ばかり目についてしまうものではないか。
 突きまくる腰のあいだで、そのものとしては全く行為に参加する器官の資格もなくただ徒らにぶらんぶらんと徒労の自己運動を続ける睾丸などというものは、直視するのも哀しい物体なのである。そうした部分も念人りにボカし消してある。そのような視線のありようは、まさに正当な意味での助平さに直立しているのである。

 だからAVが映画であろうと映画でなかろうと、劇場用の性映画――ピンク系、日活ロマンポルノなどの流れとは隔絶したものだといえる。かつて大島渚の『愛のコリーダ』が話題になって以来のいわゆる本番映画とも、ほとんど関連性を考えることができない。
 ただ事実として、AVはプログラム・ピクチュアの代行を現在的に果しているという点を指摘するにとどめる。作家の作品であるよりも先行して女優の作品であるから、表現としては原初的だといえる。
 主役は性交である。ハリウッド映画の主役がSFXだったり特殊効果のメイクだったりするように、香港暗黒映画の主役が銃器だったりするように、ここでの主役は性交である。プロットも起承転結も必要ではない。そのものズバリしかない。
 だが、日本的倒錯の最もたるものであるかのように性器を消された人間たちの結合であるため、異様にいやらしく不透明で抽象的だ。性器自慢が不可能だ。そして主役はあくまで性交。実体が前面に出ることのない抽象の主役。
 この倒錯が全く怪しいばかりにいやらしいのである。

 たぶん平均的な感性のものにとってAVは映画の代用とはなりえないだろう。余程に好意的にいうなら、個人映画の相似物だ。そしてこのものほど個人鑑賞用の密室性を付属機能にもっているものはない。極論すれば、対人セックスの阻害物となりかねない質があるが、こうした病理的側面についてはここでは書かない。
 ヴィデオ密室というジャンルがこうしたプログラム・ピクチュアの時代を現出させているのである。悪夢に近いにしろ、事態の直視は必要だろう。あと戻りのできない途だ。

 もう一つの潮流は、ヴィデオ・オリジナル作品(Vオリ)である。早くいえばヴィデオ用映画。Vシネマ。まだこれは端緒にすぎないのだけれど、路線化してくるだけの人気があるのだという。いくつか作品を並べてみよう。
 大川悛道監督・世良公則主演『クライム・ハンターⅠ、Ⅱ』、
 田中秀夫監督・宮崎萬純主演『ブラック・フリンセス』、
 一倉治雄監督・仲村トオル主演『狙撃Ⅰ、Ⅱ』、
 岡康秀監督・清水宏次朗主演『獣のように』、
 成川裕介監督・又野誠治主演『兇悪の紋章』、
 高橋伴明監督・西岡琢也脚本・哀川翔主演『ネオチンピラ・鉄砲玉ぴゅ~』、
 工藤栄一監督・萩原健一王演『裏切りの明日』(原作は結城昌治)など。

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 これはすべて東映Vシネマ路線、逆に劇場公開までされている。すべてはみだし刑事もののアクションかチンピラやくざの活躍に題材をとっている。かつての日活や東映のB線C線アクションの流れに沿ったものであり、香港製ギャング映画とも同質のタッチをみることができる。
 映画産業の奇怪な構造化は、劇場上映を、ヴィデオ発売のプレミアに化してしまったかのようだ。製作費の回収は二次的に、レンタル開始の日をもって本格化するのらしい。かつての観客人口と現在のレンタル利用者人口を比較してみせ、映画人口が全体として減少していないことを論証したがる者も多い。
 たぶんこれも、映画とは何か、ヴィデオとは何か、という議論から綿密に重ねなければ検討しかねる問題だ。
 こうしてヴィデオ・リリース専用作品が、プログラム・ピクチュアの活況を呈してくるということは、まことに今日的たといわねばなるまい。この時代にあっても、量産映画の路線は性愛と暴力との二つに分岐するらしい。
 暴力映画の質は果してどんなものだろうか。まだ何かを結論付けるのは早尚であるかもしれない。
 今のところ一番面白かったのは『ネオチンピラ』だ。


 明らかに映画環境は変わってしまったのだ。暗闇に横たわって誘惑してくるものとして映画を想像することがむずかしくなりつつある。
 すべてが白々しく、妙に透明感のある明るさの中に……。
 何の五年間だったのか。
 喪われた映画館を求めての時代だったのか。映画を観るための均質空間に首都が変貌していく時代だったのか。名画座、エロ映画館の多くはつぶれ、建て替えられていった。小便くさい小屋、とはもはや死語となりつつある。匂い、尿ではない排泄物の匂いが重くよどみ、糖分であると同時に蛋白質でもあるかのようなネバネバする床の、性的失業者の怨念に思わず心が屈するような、そういう映画小屋は一掃されていった。
 
 カタカナの初めてきく名の劇場を探して着いてみると、これはあの、いつかの三本立て四本立ての小屋の変わり果てた姿なのか、と胸をつかれる。

 かわりに街全体が小便くさいのだが。
 すべてを押し流してしまう水洗下水システムの破れ目から匂う小便くささであるにしても、この首都はくさいのだ。いくら小ぎれいな映画小ホールが数多く建てられたとしても、このくささに解決策はないかのように。
 もともと資本主義が映画を生産し、同じものの野蛮さが今、映画を解体しているのだ。

 解体、そうである。スクラップ化。
 私的空間のヴィデオ受信機は、どんな意味においても映画館を代行することはできない。
 そこでは略奪された映画フィルムが、むすうのヴィデオの切片に解体されていくのだ。それは端末化された映画空間の墓場であるのかもしれない。
 奪われたものは何なのか、わたしは充分に対象化できなかったもどかしさを感じる。
 われわれはこの局面で必ず、端末化された情報プロレタリアートであると宣することができる。そして情報プロレタリアートとは何か、情報帝国主義とは何か、わたしは充分に理論化することができない。
 事柄は単一の映画状況を超えているから、ここではもう展開しないが、情報帝国主義決戦下において映画はどう生き延びるか、という視点の必要性は強調されねばならない。そしてわたしにはわからないのだ。
 映画は映画であり映画でしかない。
 そうしたものをなぜ、映画ではないかのように論じねばならないのか。どうして哀しみにみちて映画と相対せねばならないのか。結局のところ理不尽な問いとしてわたしのうちに降りてくるしかないのだ。

 われわれはよりソフトに絶え間なく打ち倒される日常なのだ。
 映画は略奪されつつある。
 ここには被害者の顔も加害者の顔もない。端末だけがある。
 ヴィデオをもち帰って再生機にセットする。そして画面があらわれるのを待つ数十秒、そこに映画館の間に包まれたあの戦慄があるだろうか。
 あなたは知らぬうちに端末化されているのだ。情報を追いかける、情報に規定される。そして都市を漂泊するのではない。
 うすら明るいレンタル・ショップの飾り窓から一本、二本と選んで家路につくだけなのだ。
 情報エントロピーはすでに限界を超えてしまって久しい。個人は低度の意味で端末化される他ない。幻想をもつことは快くても、現実には端末があるのみなのだ。
 端末だけが現実なのだ。
 映画ではなくヴィデオという。
 こうした状況について語りうることは、あまりにも多く、同時にあまりにも少ない。
 略奪された映画のために語り出すことは、すでにもう遅いのかもしれない。
 映画は映画であり……。

1990.10 『アクロス・ザ・ボーダーライン』書き下ろし


略奪された映画のために ミッドナイトテイク1 [AtBL再録2]


 《一つの良い映画を、暗い映画館で他の人々と一緒に見るというすばらしい経験は、なにごとにも代えがたいものだ》――ホルヘ・サンヒネス

 映画は映画であり、これは限りなく単純なことだ。と書いてから五年たった。
 五年たって、これを訂正しなければならない。そのことは個人的に苦痛であるばかりでなく,狼狽に価する事柄である。ある意味では、と限定をつけるにしろ、このわずか五年の間に、映画はすでに映画でなくなりつつある。

 映画は、週末の(別に週末でなくてもよいのだが)ある日、レンタル・ショップで借りて来て、プライヴェイトな空間にいったん置いた上で、娯しむことのできるジャンルヘと変貌しつつある。映像体験は、こうした私的空間において享受することを可能にして、いわば読書に近い私的恣意の時空間に属する経験に変わりつつあるのかもしれない。
 ヴィデオ環境は映画を一変させた。映画産業を回生させたことは事実の一面であるだろう。しかし、この変容に関して本質的な議論がなされているとはいいがたいのである。

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 映像体験の変質とは大まか、次の二点に集約されるだろう。
 映画を教養とみなす土台が更に決定的に環境化したことが一つ。
 二つに、レンタルというシステムによって、作品そのものをいったん私有できるという形が現前化したこと。
 このことに帰されて、映画は、今日、映画でなくなりつつある。
 だれもが本を読むようにも映画を「読み」始めているのだ。むしろ、そうしないことが困難なほどに、システムが一変してしまったのだ。映画館の暗闇という共同体的な環境は、過去のものになりつつあるとまではいえないにしても、映画にとって本質的な背景ではなくなってしまっている。
 映画はかつて、多情な女のように暗闇に大きく身を投げ出して誘惑するものだった。今も、少しばかりはそうである。どこまでも淫猥に貪欲に身を投げ出してくる映画を、われわれは、理解するすべもなくそのまま荒々しく犯されるようにも観てきたし、また逆に激しく犯しつくすようにも観てきたし、またいくらかは手練手管を学び取って口説きおとすようにも観てきた。

 ズルリーニの『激しい季節』は映画という青春のさなかに産された作品であるばかりでなく、ファシズム戦争下のブルジョア青年のパーティ場面に流れる「テンプテイション」の旋律によっても、最も映画へのノスタルジックな追憶にふさわしいようにも思える。
 "You came I was alone"

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 まさしくその通り、映画とは暗闇の中にそのように身を投げ出していたものである。

 あるいは映画とは、自堕落な娼婦のように、退屈な変哲のない日常と共にあった。もしそうであるとしたら、それは、まだしも買うという行為に規定されたものだといえるのである。映画館に入る切符を買うこと。娼婦を買う(フェミニズムが怒髪天をつく表現をあえて選ぶが)ということは、少なくともその肉体がある場所へその主体が行くことを前提に成り立つ行為であるだろう。
 映画を観に行くという主体的な行為は多少ともそうした類推に属しているようだった。先ず自身の肉体を映画があるところ(つまり映画館だ)に運ぶ。そのために自分の時間をあてることを厭わない。映画を観ることは、どちらにしても、こうした浪費に属する行為であった。そうする以外に映画を観る方法はなかった。

 映画は退屈きわまりない営みのように、暗闇に身を投げ出していたが、それをもてあそぶすべはなかった。もてあそばれるために出かけてゆく他ないのだった。買うという行為は、自己の金銭の浪費であるだけでなく、自己の時間の蕩尽でもあるわけだった。払い戻しのきかない非合理性がそこには付随しているのだった。映画は、どんなに想像を絶する怪異な娼婦であってすら、対面したとたんに脱兎の如く逃げ出そうとも、そのための金銭と時間とを供出させていた。そのことなしに映画を観ることはできなかった。

 状況は全く変わってしまったのである。
 娼婦は借りられるものになった。レンタルの女。
 こうしたイメージには慣れることができない。慣れることはできないが、所詮、買うといっても時間決めの契約であった以上、その契約をレンタルと解釈し直すことが資本側の合理にかなっているということだろう。わたしは状況が一変する局面を見逃したように覚えている。わたしに関しては、浦島太郎的に、ちょうどレコード店にいったらCDしかなかったので仰天したようにも、時代は変わったのだったが、それを五年単位とは認めたくない気持ちが確かにあった。

 レンタルでもち帰ることが可能になることによって、映画が絶対的にもっていた観客への専制は、解除されてしまった。
 この点を考えてみよう。
 フィルムはヴィデオ・テープという形でプライヴェイトな時間空間を往還するものとなった。この私的空間に映画作品をもちこむことが可能になったという局面、それ自体において、映画は映画でなくなりつつある。更にいえば、私的な時空間とは映画の時間への不可逆的な支配だという点で、映画作品はその特権的なヘゲモニーを喪う、ということである。
 作品の構成時間が、ヴィデオという形でなら、私的な操作によって改変させうるからである。
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 映画館で、映写途上で用足しにいくことはできても、フィルムは回ったままだ。止めることはできない。席をあけていた時間も映画は進行しているのだ。
 ヴィデオは違う。自分の恣意によって作品を中途で止めることができる。その中断時間に私的な日常生活が、食事なり、入浴なり、散歩なりが、勝手気ままに営まれうる。
 結局は、ヴィデオに関してよくいわれる、映画の大画面を家庭用受信機に縮少して鑑賞することの差異は、全く本質的な問題ではないと思える。その点の議論はわかれるだろうが、ここでは展開できない。
 本質的なことは、私的な恣意によって作品を中断することができるという点だ。
 鑑賞者によって作品の特権的時間のヘゲモニーが手をつけられるという点だ。ヴィデオは作品の自律性をバラバラに解体するのである。それがいつでも可能な形式なのだといえよう。これはヴィデオ観客のだれしもが体験的に識っていることだ。映画館では、こうした作品の特権的時間に外から手を加えることは、どんな意味でも不可能だ。想像もつかないことだった。
 老巧化したフィルムがきれたり、とんだりしてブーイングが起る場末の映画館の想い出は郷愁にみちた体験であるばかりなのだろう。
 ヴィデオ機器に付いている、巻き戻し、早送り、ストップ・モーション、コマ送り、スロー・モーションなどの機能を、一度でも作品に対して行使しなかった者がいるだろうか。
 それらのものがフィルムのつくり手においては重要な文体の要素だったとしても。
 つまり、それらの勝手な行使が作品への侵犯であり、映画作家への侮辱ですらあったとしても。
 ヴィデオ鑑賞者の淫靡な特権は手放すことができない。リモコンのボタン操作のみで一つの作品の構成時間を好きなように配列し直せるのだから。
 作品の自律的な構成は全くのところつくり手の専制から離れるのである。
 ある者は好きな場面だけを繰り返し繰り返し繰り返し観ることができる。レーザーディスクなら場面から場面への飛躍はもっと簡単だし、自然の用法となるだろう。ある者は感動の場面だけを永遠にストップ・モーションで観ていることができるし、それをコピー印刷することも可能になってきているのだ。ある者はコマ落しやリールバックで作品の影に隠れていた意外な部分を覗き込むことができるという発見にすっかり魅せられてしまうかもしれない。

 要するにこういうことだ。
 作品の自律性はヴィデオという形態をとる限り、作家の側には保証されない。と認めるだけでは充分ではない。のみならず一人の不特定な私的な観客によって作品が外側からつくり変えられる事態が普通となる。
 作品とはこの場合、最低の局面において、鑑賞者に与えられた構成のための素材でしかないともいいうる。作品の自律的時間は受け手によって解体され再構成される。
 ヴィデオを観ながら別の音楽を聴くことはいつでも可能だ。つまり映画作品用の音楽を自分なりに私的にアレンジすることができるということだ。これはすでに、作品の私的なコーディネイト、要するに一つの作品を素材にしてそれを解体し、別の、全く別の、個人用の、プライヴェイト・フィルムを再構成しているという局面にあるとも想えるのだ。
 鑑賞がこうしてある種の〈創造性〉を帯びるということは結構なことなのだろうか。

 いずれにしてもこうした局面は、新らたな資本戦略のターゲットにはなるだろう。ダイナミックで個性的なCD・ヴィデオの臨場体験、とかいって……。それを予測することは暗澹とした気持ちにさせる。
 わたしはこうした局面の積極性など何ら想像することもできない。全く逆である。少なくとも観るとはその作品との格闘である以上、それを受け手の恣意で解除できるとは、単に観客が作品の時間と交感する根気を最初からもたないで済むということである。創造性や再構成の意志とほど遠いからこそ、ヴィデオ鑑賞者は、作品をバラバラにしてしまう自由を行使することがままあるのである。
 映画館であればそこからとび出せばいいのだが、観るに耐えない作品を前にしたヴィデオ観客は、停止ボタンを押すだけでは飽き足らない。それを早送りにし、また巻き戻し、と気ままに遊び始める。そしてやがては、観るに耐えない作品は、どのようにしても観るに耐えない作品だと気付くのかもしれない。
 こうした遊びは習慣化する。好みに合わない作品は遊びの素材と化すだろう。作品と付き合うのは鑑賞者の主体の緊張なのだが、ヴィデオという形式は、容易にそれを弛緩させてしまうのである。

 娼婦を買いに出かけるという行為は、今では、レンタルのダッチワイフをもち帰ってきて弄ぶ自由に変質したのかもしれない。

 映画は映画でなくなりつつある。
 ある映画を劇場で観ることとヴィデオで観ることとは、本質的に別の体験なのだろうか。
 然り、全く別の体験なのだ。と断言しうる。
 だが証明はむずかしい。逆に、ある映画を劇場で観てもヴィデオで観ても、大ざっぱにいえば、あまり変わらないことは体験的にしばしば起りうるのである。例えば、ロング・ショットの鮮明さなどを最初からあきらめてかかるとするなら、であるが。
 証明はむずかしい。
 それにまた、別の例もある。ニコラス・ローグの『錆びた黄金』のように未公開作がヴィデオでリリースされるケース。こうしたものは選択の余地はない。
 ある映画をヴィデオで観ることによって、しかし、劇場の臨場感を想像力的に再構成することはできない。こうした体験の落差は歴然としたものがある。
 だがそれだけでは、映画とヴィデオが明らかに別のジャンルに属するものだと証明するに充分ではない。こうした議論は長々しくやればやるほど不毛なのかもしれない。

つづく


鈴木志郎康『映画素志 自主ドキュメンタリー映画私見』 [afterAtBL]

鈴木志郎康『映画素志 自主ドキュメンタリー映画私見』 現代書館 4635円
 志の本だ。ついつい野田真吉の『日本ドキュメンタリー映画全史』と較べてみたくなるが、こちらは体系的なものではなく、あくまで私見でつなげられた系譜だ。
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 私見といっても、並べられたドキュメンタリ・フィルムの内容を辿るだけでも、否応なく立ち現れてくる風景は、ある。それは戦後の、壊死していく無念の、無念の戦後の風景だ。
 きわめて雑然と戦後ドキュメンタリ映画を見ていくだけの作業によっても、このものは追認できる。それを結果として浮かび上がらせたのは、この本の功績だと思う。

 わたしはここに取り上げられた作品はほとんど見ているし(取り上げられるべきだった作品リストも即座に順に浮かぶが)、いくつかは自主上映に関わった思い出と不可分になっているものもある。だからまた、別の映画史が語られるべきだという欲求を重ね合わせないでは、本文を読み進むことが出来なかった。
 しかし、なにより著者の志を貫いているものは、そしてこの本の基調となって
いるのは、一つの作品をあたう限り丁寧に読みこんでいく姿勢だろう。
 作品論・作家論としては手ごたえがあるが、状況論からの要請には慎ましいアプローチしかない。

 この点は著者の資質を超えるのかもしれないが、一本にまとめるにあたっての、一貫した構想を望みたかった。貴重な、だれにもなしえない作業だと思えるので、それがなんとも残念だという気がする。著者は自主製作ドキュメンタリ映画を、市民生活の日常に埋没した怠惰な精神を痛撃するイメージである、と捉えて
いる。
 この姿勢そのものには、講壇の上の教師からいわれるようで、異論のあるわけはないにしても、これでは全く不充分のようにも思える。

 戦後50年にして、すでに戦後を他の日本近代史の流れから隔絶させていた社会要素は、ことごとく圧殺され均質化され尽くしてきている。
 ドキュメンタリ映画の作品史がそうし
た圧殺された側の抵抗を記録した映像的証言であることは、ここで強調するまでもあるまい。
 証言であると同時に映像である。
 この具体性はやはり、かけがえのない〈戦後という時代〉の遺産であるに違いない。そうした作品の諸相を言葉によって置換し解析しようとした本書の試みは、類を見ないものだ。これもまた別様の証言として評価されるべきだろう。  

『ミュージックマガジン』1994.12

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石井聰亙『エンジェル・ダスト』 [afterAtBL]


  臨死体験の暗闇のトンネルをくぐっていくような物憂い映像だ。流れるのではない。あちらこちら漂っていくような。トンネルをぬけるとそこはもちろんトンネルなのだ。疑いもなくそうなのだ。
 山手線の満員電車を降りると山奥の森の奥の死体の埋まった穴のある山道に出るのだ。この映画はそんなふうにつくってある。
 生きているのか死んでいるのかわからないようなシティ浮遊感覚にはぴったりくるんだろうな。深夜のコンビニエンス・ストアで雑誌などをめくっていて、ふとオモテを見ると、ふっと漂ってくるようなゾッとする風景。
 この映画の多くの部分はそういうシーンで成り立っている。といっては褒めすぎか。いずれにせよこんな風景は、もうすでにそれと気付かないくらいに見慣れた月並みなランドスケープなので、わざわざ映像にしてもらわないと置き忘れていってしまうようなものなのだ。
 現実のほうがウルトラ・スピードでぶっとんでいく時代、人びとは、これをとらえそこなうことに、もうなんの反省心ももちあわせていないだろう。


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  石井聰亙で覚えているのはその疾走感だ。まさかあの若さがそのまま持続してはいまいかと心配しながら観はじめた。しかし映画が始まって、物憂い夜の都市の死んで死にきれない表情が移動でゆっくりときりとられてくる映像を観てその心配は晴れた。
 ここにあるのはまぎれもなく現在のわれわれの姿だ。『爆裂都市』のスピード感はきっちりと拭い去られている。オープニングをつい比較したくなったが、替わりにあるのはだるいようなシーンのゆったりとした移動だ。
 身をまかせて観ていると陶酔感に包まれてねむたくなってくる。

  注文をいわせてもらえば、サイコ・サスペンスとメロドラマの部分、少し面倒だった。映像が物語を消化しようとするところで、どうしても説明的かつ冗長になってしまう。シーンの飛躍でつなぐ手法で一貫してもよかったのではないか。
 どちらにしても、のみこみにくいお話で、説明があれば了解できるという質でもないようなのだから。
 ラブ・ロマンスはもう一人のイシイにまかせておいてもよかったのではないか。死体の埋まった穴のイメージが後半に途切れてしまうのが惜しい。

  しかしラストのタイトル・バックにゾンビーズの「タイム・オブ・ザ・シーズン」が流れたのにはまいったな。
            
『ミュージックマガジン』1994.10
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スピルバーグ『シンドラーのリスト』  [afterAtBL]


  ユダヤ人入植者の街ヘブロンで多くのパレスチナ人が殺傷されたというニュースもなまなましいとき、満員の映画館でスピルバーグ工房の大評判ヒューマニズム反戦映画『シンドラーのリスト』を観ることは、なんとも居心地の悪い体験だ。
 何も言葉が浮かんでこない。
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  またしてもハリウッド映画の勝利か。涙のカタルシスを劇場スクリーンいっぱいから発信する職人芸だ。
 半世紀は微妙な差異だ。現代史として遠ざけるにはまだ鮮烈すぎるが、記録としてとどめられるにはずいぶん薄ぼけた〈歴史〉がここにある。
 なかば光りをさえぎられたモノトーンの抑制された画面。そこに、ホロコーストの恐怖とそれへの絶望的な身ぶりとが、計算しつくされた効果をもって次第に高まってくる。静かに、だがみなぎる力で。
 銃声は最初に一発、乾いたエコー。押さえに押さえられていた画面に一発の銃声が不吉に衝撃的に響くと、あとはもうとめどなくばらばらと乱射が続いていく。
 これはユダヤの民衆を襲う集団的受難だ。と作者は訴える。そう、かれらは一貫して集団として描かれる。カメラ・アイは客観性のおごそかな高みにすえられている。
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  もちろんスピルバーグは、いつものかれの陽気なスタイル〈映画=戦争〉を周到にひっこめている。
 もちろん虐殺は、シンドラーが丘の上からユダヤ人街区の掃討をながめるシーンその他のように、ロング・ショットで一望にとらえられもする。
 単調な技法と声高な主張で観客を怒鳴りつける作法はこの作家のよくするところではない。変化はある。にもかかわらず映画を規定しているのは静的な構図だ。
 これは戦争ではない、作者は明言する。戦争ではなく、戦争が人間を最高に醜悪にするという意味での異様な過ぎ去った時代の悪夢の出来事だ、と。
 『スター・ウォーズ』や『ジョーズ』が戦争であるようには、この映画は戦争そのものではない。というだけでは充分ではない。
 戦争を描くことを回避すらしている。狂気にとりつかれた兵士と無力に蹂躙される民族の集団、その対比に感動の質が限定される。そしてこれが〈歴史〉なのだ、と。

  主人公は矛盾にみちた男だ。ナチ党員の砲弾製作業者。戦争で大儲けし、ユダヤ人を安い賃金で使ってまたしても成功した。その蓄積こそがかれの「ユダヤ人救済」の資金だった。
 千人のユダヤ人を刑死から救った戦争商人。
 かれのヒロイズムの物語がこれだ。

『ミュージックマガジン』1994.4 

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トルコ映画『鉄の大地 銅の空』 [afterAtBL]

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  制作ヴィム・ヴェンダース、撮影ユルゲン・ユルゲスとドイツ人の協力を得てつくられたトルコ映画。
 ズルフュ・リヴァネリの第1作である。ユルゲスはモロッコ人移民労働者と初老のドイツ女とのデスペレートな純愛を描いたライナー・ファスビンダー作品『不安と魂』のカメラマン。
 リヴァネリはユルマズ・ギュネイの『群れ』『路』などの音楽で知られていた。
 ギュネイ作品を紹介しながら獄中にあったギュネイに取材したドイツ映画『獄中のギュネイ』を観た限りでは、ドイツとトルコの映画的交流は冷たいものだった。しかし本作にこめられた協同にはその先入観を打ち破るものがある。これもギュネイという稀有の蒼ざめた才能がまいた系譜の一つなのだろうか。
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  豪雪に閉ざされたトルコの寒村。酷薄な自然の中にも〈中枢-従属〉の搾取構造は顕である。貧困は更に過酷な収奪をもたらすというサイクルに組み込まれている。
 ドラマはすべて、この白一色の雪におおわれたせ界で進行する。夜の闇でさえ白くほの明るいにしても、一切の希望はない。その中でしばしばともされる火が恩寵の証しのようにも強烈なイメージとして焼きついてくる。
 繰り返し繰り返し現われるかがり火、そして破局の後の静謐なラスト・シーンを彩どる松明の火。

  残酷な自然とは人間に与えられた永遠の美の風景でもある。
  物語はこの脱出できない環境に置かれた人間の普遍的寓話に近付く。寓話であっても20世紀終末近くの歴史の一駒に他ならない。

  翼さえあったなら。
 雪一色の世界を疾駆する白馬の群れ。
 息をのむばかりに美しいシーンである。
 別の村をめざして逃げた男女は、狼に襲われることを恐れながらも吹雪の高原の只中に力尽きて、白く凍りついた姿に果てていく。
 村人たちはこの酷薄な従属システムにあっていつしか救世主を求めるようになる。村のアウトサイダーがその役割に祭り上げられる。そして村の権力者がそのことに脅威をおぼえる。こうした不合理な人間精神のメカニズムについてはすでに手垢のついた寓話だ。
 外部からの収奪者、メシア、内部の裏切り者。図式はすでに明快だ。村人の〈共同幻想〉がつくった救世主は村長の密告によって捕えられる。殉教によってドラマは終わる。
 そのあと雪の村の全景にともっていく灯りの美しさ。これが覚醒へのメッセージであるラスト・シーン。
 美しすぎることに届く言葉がない。

『ミュージックマガジン』1993.12
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ジミー・クリフ『ボンゴ・マン』 [afterAtBL]


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 ドイツ人がつくったジャマイカ映画。
 自ら出演した『ハーダー・ゼイ・カム』のポスターを背に、こちらをにらんでいるジミー・クリフがいる。
             
  《もし、ジャマイカへ来たら――人の家や身なりをみただけで――人を判断しないでくれ
    みんなの 心をみてほしい レゲエは心だ わかるかい?
    ジャマイカ 太陽の島 1980年 秋 島全体が熱く燃えている
    レゲエは現実だ 銃声は いたるところで鳴り響き 人々を すべてを 熱くする》

  オーライ、わかった。レゲエは現実だ。だった

  燃えさかる油田。1100万ドル分の石油が爆発し蕩尽されていく。クリフの「ウォンテッド・マン」の唄声が重なってくる。そう、レゲエはそこに立っている。
  いた。それを観ねばならない10年後の落差、この日本で。
 この10年ごとの浪費。例えば、このところわたしは、毎朝、マルコムXのスピーチをCDで聴いて目覚めることにしている。こんなゼイタク(他の言葉でどういっていいかわからない)を何というべきだろうか。
 歴史のとてつもない復讐がエレクトロニクスの革命グッズとして与えられてくる。

  映画はジミー・クリフの生まれ故郷サマートンでのフリー・コンサートの記録から始まる。
  そしてレゲエは転戦する。執拗に追われるこの転戦の模様は、単なるコンサート・フィルムで、この映画がないこと、を主張してあまりある。

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 南アフリカ、ソウェトでの7万人のコンサート。レゲエは黒人の「ワンネス&ギャザーネス」を訴える。

  かつてのマルコムXのアフロ・アメリカンのメッセージのように。
  しかしこれは、「アイ・アム・ザ・リヴィング」「ヴェトナム」「ノー・ウーマン・ノー・クライ」「ハーダー・ゼイ・カム」などを含むライヴ・フィルムとしても充分にたのしめてしまう作品だ。
 すでにそのようにしか観ることができないかもしれない。メッセージは明らかだが、すでに「時は準宝石の螺旋のように」互いに他から隔たりすぎているように思える。
 『ハーダー・ゼイ・カム』のラスト・シーンが挿入され、死んだ映画の主人公の代りにその役を演じたクリフが立ち上がる。わたしが観るのは幻影なのか。激しく来る奴こそ激しく倒れるさ(ハーダー・ゼイ・カム、ハーダー・ゼイ・フォール)。
 10年単位だな、そうじゃないか? そうでもないのか?
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『ミュージックマガジン』1993.1 

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石井隆『死んでもいい』 [afterAtBL]

  ラスト・シーンがすべてだ。
 いや、これはシーンですらない。一つのポートレート、静止画だ。映画の最終出口だ。
 煙草をくゆらせながら一筋涙を流す女、大竹しのぶのストップ・モーション。これで映画は終る。このワンカットを追いつめてくるために映画のすべてはあった。

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 ああ、これで充分だと納得した。
 ここに至るまでの映画の全時間は要するにおまけだった。だがまさしくここまで追いあげてくる映像の運動は運動としてあったのだろう。
 このカットだけでも石井隆、健在ナリといってやりたい気がした。まさしくこれは映画的感動なのだろう。

  西村望原作による石井脚本監督映画ときては、観る前からさぞかし薄暗いネトネトした執念深い話だろうなと、うっとうしかった。
 大竹しのぶが土屋名美という名の女を演じるのはミス・キャストではないか、と観ながらもずっと思っていた。雨、出会い、強姦…。と、一応、石井ドラマの定石はそろってくる。だけどどうやってこの人妻が「土屋名美」になりおおせるのか、合点がいかなかった。
 話はどういじくっても三角関係、不倫ドラマでしかない。若い間男(永瀬正敏)は石井劇画の強姦男のイメージには少し可愛すぎるし、夫役の室田日出男はやはり芸達者すぎて、不倫ドラマの被害者役をいかにもうまく四畳半ドラマの枠組みで演じきってしまうのだった。

  大してこんなものは、わたしは観たくないのだ、と思いつつ、芸達者によって仕方なく観せられるという進行。最初の関係は、モデル・ハウスの屋内。一度やってみたいな、という市民的欲望をくすぐるようにも、この強姦シーンはほとんど合意的和姦。
 暴力的局面なんてものではない。逃げようとして開けた窓のそばに押し倒されて、吹きこんでくる雨に濡れる床面が、唯一のそれらしい書き割り。
 起き上がると髪の毛からびちゃーと水がたれて、もう一発は二階でしっぽりやろうと女がさそうところでドラマはもう「火曜サスペンス劇場」不倫篇に移行してしまうみたいだ。
 女性主導の第二ラウンド、週刊誌が書きたてるほど激しくはないベッド・シーン、さて終わって一服していると亭主が早速「現場」にふみこんでくるという展開。要するにどうしようもなく日常的なのだ。

  大方こういう、とくに観たくもない進行で、――ラスト・シーンになってやっと救われた。

『ミュージックマガジン』 1992.11
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