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李長鎬〈イ・チャンホ〉『寡婦の舞』 [AtBL再録1]

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 『寡婦の舞』「Widow Dancing」は、ワイド・スクリーンいっぱいに赤いマニキュアをした女の指がアップになる場面から始まります。若い女が語る身の上話が重なってきて、これは、一昔前のわがピンク映画のブルーに屈折したイントロ部分に似かよっているようでもありました。

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 李長鎬監督の最近作であるこの映画、あまりに内容が暗いので公開後すぐにネクラ入り(おっと違った)オクラ入りしてしまった曰くつきですが、今回、瓜生良介と発見の会のプロデュースにより日本公開の運びとなり、ぴあ・フィルム・フェスティバルのプレミア上映を経て、各地で公開の後、九月に東京上映となります。昨年も同じ主催によって自主上映された同監督の『風吹く良き日』が、大方の好評にむかえられ、おまけにNHKでテレビ放映までされたことは、記憶に新しいでしょう。

 とまあ、予備知識はほどほどにしまして、実のところ女性映画なんてしろものは、本欄の対象にいれたいものも色々あって、目ぼしい作品をならべてみても、何かもうひとつ、どれもが相変わらずの「自由な女」「翔んでる女」「自立した女」の映画ばっかりで、新味がないなどと評定すると怒られそうですが、フム、どうしたものかとためらってしまうのですね。女性の置かれた社会状況は(女性は、ではありません)まだまだクライし、そのクラサを直視しなければいけない、というのがこの映画の一つの立脚点であるようです。
 その意味で得がたい傾向をもった作品であることがわかると思います。これは本当に、この国でやろうとすると半分ポルノになってしまうような題材なんです。イントロなんかはまさしくそのようで、何かいまにも、安っぽい色調にとらえられたその室内で、アヘアヘ・ムレムレが始まってきそうなフンイキ。どういうふうに展開されてくるのかというと、エロではなくて、やはり李監督独特の重心の重い画面に、沢山の話がぎゅうぎゅうと詰めこまれてきます。
 重たさをやわらげ、画面をコミカルに仕立てあげようとして、コマ落としや誇張たっぷりにデフォルメされた反復が多用されていますが、これはどちらかといえば、作り手の思いだけが先行するような、努力賞に終る要素のように思えます。

 主演女優は、同監督の戦争映画『日松亭の青い松は』のあの李甫姫〈イ・ボヒ〉あの方であります。
 全体は三話にわかれて、オムニバス風にもできているし、連続して一本の大筋になっているというふうにもつくられています。最初、赤いマニキュアをした若い女が男(ニッポン人です)にだまされて子供だけ残ったなんて話をしていまして、きいているのが海千山千の顔をしたオバサン(朴正子 パク・ジョンジャ)。このオバサンが結婚仲介業の元締め、やり手婆すれすれの方法でアホな男をだまして紹介料を取る一方、薄幸の女たちをひきとっては家族的に面倒を見ているという「イエスの箱舟」女版みたいな人。
 これだけだと昔の森崎東の『女生きてます』シリーズに近い人情喜劇を想い出すけれど、こっちはどんどん下降してゆくカンジ。目には目をで、この人、ヒロインを日本人男にだまされた在日朝鮮人(つまり日本語しか話せない)の役に仕立てあげ、成金をだまそうと画策します。それが裏目、警察のオトリにはめられて仲介業は一網打尽、二人は牢屋行きで、これがまず第一語です。

 次に第二話がぎっしりと密度が濃くて、話がいりくんで、少し苦しくなります。ヒロインの兄夫婦というのが子供を引き取ってくれますが、職業道路掃除、子供二人の一家が長屋の一間暮しに、声をおしころしての夫婦生活もあれば、親子ゲンカの絶えない隣家の息子が赤ん坊に添寝する母親を犯そうと忍び込んでくる屈辱的な欲情もある、というにぎやかさ。
 加えて旦那が交通事故で死亡、寡婦はビルの掃除婦に働きに出る……要するに、徹
底した貧乏の話なのです、ここに詰め込まれているのは。貧困が一番に本質的な題材だとする李監督の姿勢とそういう姿勢を社会秩序にとって好ましくないものと規定する(韓国の)政府側の方針との緊張が明らかになってきます。

 第三話はまた飛躍、刑期を終えて出所したヒロイン、なぜか子持ちの男と再婚しているのだけれど、某新興宗数団体の狂信者になっていて、家族など、全く顧みないのです。カミガカリになっている彼女の傍らには、また元締めのオバサンがいるわけです。
 男は子を連れて去るし、教会も札束だけをフトコロに逃げてしまうという常識的な破局になって、まただまされたという話。ここから映画ははっきりしたメッセージを前面に出してくるように思えました。
 だまされた女が歴史を作るというような迫真性です。
 教会の集会はほとんどものすごいフィーバーで踊り狂っている信者たちの姿を捉えることで終始していたから、ダンシング・ウィドウの意味がそこから突き抜けてくることが容易にわかるでしょう。
 弱者の敗北というパターンではなくて、開き直って、どんなことがあっても引き退がるもんか、と誓い合う二人が残るのです。ここにまた作者の生な訴えをききとるべきなのでしょう。

「ディアダブリュ」1985年8月号


一九八四年度ベストテン&ワーストテン [AtBL再録2]

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不幸は〈日韓連帯〉
〈外国映画ベストテン〉
①~⑤まで欲望のあいまいな対象(ルイス・ブニュエル) 
ストリート・オブ・ファイヤー(ウォルター・ヒル) 
ランブル・フィッシュ(フランシス・F・コッポラ) 
風吹く良き日(李長鎬) 
スカーフェイス(ブライアン・デ・パーマ)
バイオレント・サタデー(サム・ペキンパー)

 ブニュエル抜きには、アメリカ映画ばかり並ぶベストテンになってしまったことだろう。他の各国映画に関しては、自慢できるほどの勤勉さで見てまわったわけでないが、あまり感動しなかった。『風吹く良き日』がゆいつの例外である。シネマテークの形式上からいっても、この映画のように官製の「日韓連帯」から切れたところでの供給が望ましくある。と、こんなことを強調せねばならぬほどにも、とりわけ日韓の「文化交流」は相い変わらずに不幸なのである。テンノーの「謝罪」という政治効果一つで成算しきれるくらいの単純さでない不幸なのである。
 ただ韓国映画が、スピルバーグ=ルーカス帝国やジャッキー・チェン・プロジェクトほどの規模ではないにしても、この国の商業映画市場をささやかに制圧してしまうことは、充分に予測できる。

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 ペキンパーの新作は、期待したほどではない小味なものではあったが、ビデオ・ゲームによるスパイ戦争のすさまじさを見せてくれた興味で十位にした。ジョン・ハートの陰湿に執念深いスパイの存在だけでも大したものだった。かれはフリーマントルのチャーリー・マフィンを演じうる唯一人の俳優だと思った。あと『ランブル・フィッシュ』のミッキー・ロークに期待したい。そして今年も空しく、ヴィム・ヴェンダースの『ハメット』を待った。


順位なしの選外と同情票

〈日本映画ベストテン〉
①~⑤なし 
海盗り(土本典昭) 
伽耶子のために(小栗康平) 
スキャンティドール・脱ぎたての香り(水谷俊之)
アゲイン(矢作俊彦) 
修羅の群れ(山下耕作)

 ほとんど残ってくる作品がなかった。『海盗り』一作をあげて、あとは順位なしの選外とするほうが、意にかなっていた。しかし『海盗り』を、このような作品の列に置くことは、不謹慎の感がありながらも、何とか表を作ってみるとこのようになった。
 上位をしめるべき何の作もないわけだが、昨年と同じレベルを引くなら一作も残らないだろう。土本の映画は危機感の表明を色濃くしているわけだが、その側面への共感はあるにしても、作家の主張が直接に前面に出てしまう取り急ぎぶりには辛さが増してくる。
 『水俣の甘夏』や『無辜なる海』も記憶に残しておきたいが、同様の意味で、運動の観点からこれらの作品を救い出すことはできないだろう。上映方法すらもますます手作りになってゆかざるをえないだろうこれらの映画が、作品のブルジョア性からも孤立してゆくさまを確認するのは、全く暗い気持ちにおちいることである。

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 『アゲイン』と『修羅の群れ』については、ほとんど同情票である。回顧趣味を満足させてくれたことに関しての一票、それ以外ではない。『日本任侠道・激突篇』以来十年ぶりの山下耕作着流しやくざ映画路線は、反時代的形式主義美学の記憶を徒らに想い出させてくれた。この種の映画を主役で張れるスタアはもはやいないことを証明してしまったかのような『修羅の群れ』によって、ただ回顧の発動がうながされただけなのである。

「映画芸術」350号 1985年2月


Gone is the Romance that was so Divine [AtBL再録2]

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 映画はどこへ行くのか。

 《どこの国の人間だということを問題にするなら、自分は、映画国の市民だ》と、ジャン・ルノワールは言ったという。問題にするまでもなく日本国の人間であるわたしは、映画国などという存在を信じられないし、ましてや市民でもない。
 しかし日本に(というより首都東京に、と限定した上で)生息して、外国映画(に限定しなくてもよいが)を観るといった体験が、ますます、ルノワール的な状況になってきていることは、市民でない者にも充分に理解できる。
 早い話が、六本本のさる劇場――あのゴダールを目玉商品にこけら落としにして出現したデパート資本によるあれではないほう――で、『危険な年』を観ていると、ジントニックに入れる氷の個数をゲンミツに指定するイギリス人が出てきたところで、まわりに四割はいた〈毛唐共〉が爆笑するから、一体、何のギャグかわからずに面妖な気分になったり、また、歌舞伎町の中のハンバーガーを席で喰おうとすると従業員がとんできて取り上げてゆく劇場で、『ダイナー』を観ていると、ミッキー・ロークが映画館――なつかしの『サマープレイス』を上映していたね――でデイトした女の子にポップコーンのカップに突き入れた自分のチンポを握らせようとするところで、数人の〈毛唐の女共〉が「ミッキー!」と喚声をあげるから、一体なに者かこの人種は、と考えこんでしまったり……と、そんな遭遇がかなり増えてきているのだ。

 わたしはこうした環境において精一杯、「排外主我者」であろうと思う。ジョージ・オーウェルの「ニュースピーク」の一九八四年、やたらカタカナばかりの外国映画タイトルがオールド・タイマーたちを嘆かわせたわけだが、一方では、『女高生日記・乙女の祈り』などのタイトルが『女○生日記――』に改変されているという、風俗営業法改悪の余波を、誰が本気で取り上げただろうか。
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 映画国のブールヴァールには、一大消費ネットワーク資本と大新聞資本が結託した「有楽町マリオン」などという多目的ビルの屹立する風景が良く似合う。そんな年だった。そして同じマルチ情報操作資本が、「映画界の良心を消すな的名作」を「採算を度外視」して上映し続ける(アリバイのための)拠点小劇場を点在させて、この大通りを守備する陣型をつくるであろう。もちろんこうした拠点小劇場には、近郊ベッドタウン・ターミナルの市場を主導するスーパーをも多目的文化システムエ場に組み込んでゆこうとする戦略の実験場たる性格が、第二に付与されている。
 ここに、変貌する都市空間の中の映画環境の問題だけをみ、日本資本主義の必死の延命――第三次産業の未開拓領域に猛烈なイマジネーションの触手を伸ばしてゆくエネルギー備蓄の総力――をみない者は、たんに映画を観すぎたエポケーのポケーッとした恍惚状態にはまってしまっただけである。つまり――。

 資本は交通路を引き、そのあとに家を建てる。「家」は、内装はともかく、骨格的には、電気製品並みの耐久年数が確定的に算定されるようでは、商品たりえない。新らしい「商品」が、多少とも消費者の需要に応じたかのような幻想を付加された上で、たえまなく与え続けられねばならない。どうしても国内に少しばかりでも市場が開拓される必要があるのだから。――それが資本の側から要請された「映画環境の変容」の内実でなければならない。
 当然の結果として、いわゆる名画座、自前のシネマテークの存命が困難になってくる。ごく最近も、韓国映画『風吹く良き日』、台湾映画『坊やの人形』などを最後に、鈴なり壱番館が閉館されたように――。
 名画座は、テレヴィやヴィデオによって、最終的には灯りを消されることだろう。これは時代の流れなんかではなくて、くどいようだが、文化戦略の転換によって引き起こされた当然すぎる末路なのである。これに強いられて、観ることが変容させられてゆく、と捉えるだけでは充分ではない。
 映画体験の諸側面――批評する回路から作り手による製作過程までも含めて――が、変容させられてきているのだ。
 要するに、西武資本による作品プロデュースがすでに実現(その作家なり作品なりに具体的な論難を向けているのではない)していることに、製作―配給-宣伝-上映、という一貫したシステムが環境を規定するだろう未来の形を、はっきりと見ることができるわけである。ここでは、シネマテークと映画を作ることは一致していたというヌーヴェル・ヴァーグ派の見事なかまえは、ネガティブに簒奪されるのだ。こうした環境に生きる作家の困難性はかつてない不可視なレヴェルにあるだろう。

 このような「映画国」がやはり企業国家ジャパン・アズ・ナンバー・ワンのしみったれたアニマル面をしていることは否定できない。風営法改悪に呼応した一人の在日トルコ人――そう言えば、『ハッカリの季節』というトルコ映画日本初公開だかの作品が本年はあった――が、決起して、「トルコ」の通称を撤廃させる。何というミエミエの手口だろうか。新名称は、浮世風呂になるのか、泡雪サロンになるのか、個室浴場になるのか、知らないがどうせなら、「女○生」や「女子○生」と同じに、看板に伏せ字――ト○コ――を使ったほうがよい。それが一九八四年ではないか。
 こんな場処では、わたしは、不退転の「排外主義者」である他ない。

 映画という、かつてあまりにも神々しかったロマンスは去ってしまったのか

 だから、わたしにとっては、トリュフォーの死も、タルコフスキイの亡命も、さして興味をひく事件ではなかった。今になって『ノスタルジア』のいいわけがましさが納得できもする次第だが、一体、タルコフスキイ映画は祖国との緊張を失ってどこへ行くのか、やはりヨーロッパ映画になりおおせてゆくか。
 なるほど、映画国・目抜き通りの国際市場には、今年も、韓国・アフリカ・イタリア・スペイン・フランス・ポーランドなどなどの、多少まとまった映画祭形式のものが盛況だったし、なかでも「ブニュエル全集」のような特異なものから、「ソビエト映画の全貌パート2」や「ドイツ映画大回顧展」のような長期の規模のものまで、映画を選択し観歩くことの市民的自由はこの上もなく満喫できたようなのだ。
 そこで、ブニュエルの遺作『欲望のあいまいな対象』には心底まいった、何回見てもすごい――なんてことをおちょぼ口で喋りまくる市民的自由も、もし望むなら、可能でないこともないだろう。

 むろん、映画国大通りのソフトな管理社会化におびえる一非市民のペシミズムなどは、このように簡単に、一個の具体的な作品に相対することによって吹き飛ばされてしまうものである。これほどに映画国の市民(非市民ではあっても)とは、善良なのである。これ以上の善良さは考えつかないほど善良なのである。
 いっておくが、ブニュエルの遺作は、かれという得体のしれない途方もない天才が半世紀の作品活動の末期に作りえた稀有の傑作である。すごいのが当り前だから、ふつうの作品を見続けている限りでは、ペシミズムの歯止めはどこにもない。

 右記の外国映画フェスティバル実行の点でも少なからぬ役割りを果した情報誌が、デパート資本と結託し、情報消費をコンピューター・システムに囲い込む戦略を打ち出してくる。読者が、情報誌の情報を選別し解体構築するのではなく、より露骨に、読者が情報誌の情報網によって選別され、ディコンストラクションされるという事態が、加速的に進行してくるだろう。
 これをニュー・メディアとただ名付けることで充分なのかどうかわからない。
 ME革命が消費の現場をもシステマティックな管理状態に糾合してゆこうとする。こうなれば映画批評は無用化する。「情報」であればよいのだ。
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 例えば四方田犬彦は書いている。
  《今日の韓国映画を支えているのは、ソウルという都市をいくえにも包みこんでいる昂揚とした雰囲気である。八○年代にいたって文教部による検閲統制が緩和されたことも、なるほど第三の黄金時代の一因であるかもしれない。ともかく韓国という国は活火山がプツプツと噴火を続けているような様子で、ヤたらめっぽう元気がいいのだ。
 一本の作品が評判になるや、ただちに劇場の周囲に行列が生じ、上映中にフィルムが途切れると声が飛ぶ。本篇上映に先立って、観客全員が起立して、スクリーンに流れる国歌に耳を傾ける。街角という街角は古いのや新しいのや、映画のポスターでいっぱいだ。韓国映画の興隆がこのまま続けば、それはメランコリックな選良意識に満ちたニュー・ジャーマン・シネマではなく、陽気で奇想天外な多様性を特徴とするイタリア映画に似たジャンルとして発展することだろう。
 韓国の大学生に告ぐ。早い者勝ちだ。君たちはただちにソウルにタウン誌を作りたまえ!》

(「韓国映画のヌーヴェル・ヴァーグ」、『シティロード』一九八四年六月号・二十一ページ)

 これは典型的な情報のニュー言語であり、そして、なおかつ、どぎつく政治的な言葉である、といえる。最終行のはしゃぎぶりは中上健次にじつに相似である。
 四方田も参加していたスタジオ200主催(協力――大韓民国大使館、韓国映画人協会、韓国文化院)の現代韓国映画特集の、第三回が、全斗煥来日、首都戒厳令化体制のあおりで二カ月延期になる前の発言であるから、かれが、韓国の学生たちが全-中曾根による「日韓新次元」への抗議行動を英雄的に闘っていた事実(この国には報道されなかったのだが)を知らなかったことを糾弾することはできないかもしれない。しかしなんというカマトトぶりだ。こ
うした人物に対しては、韓国映画上映に韓国大使館が協力している事態と、ドイツ映画上映にルフトハンザ航空やドイツ外務省が協力している事態は、全くレベルの道うことなのだという、ごく初歩的な説明からかからねばならないのだろうか。わたしは暗澹としてくる。

 ソウルに留学し、おそらく日本人として、最も多く最近の韓国映画を見ているこの蓮見教授門下の優等生に対して、それはあまりにも失礼ないいがかりではないだろうか。それに、国内的な消費市場開拓への狂奔に正確に呼応したところの、日韓新次元の高度な政治劇が果たすだろう文化侵略のヌーヴェル・ヴァーグについて、わたしごときがかれに向って指摘するまでもないことかと思う。
 従って、わたしは前記引用部分について、四方田の自主的な修正、もしくは自己批判を善意に待つことにしたい。
 三ヵ月くらいは待ってやってもよろしい。四方田クン、キミは『映画芸術』誌上で《オレはこう見えてもスカーフェイスだ。どっからでもかかってきやがれ》と酔っぱらって怒鳴っておったが、わたしも、寛容な人間である。三ヵ月待って、反省の色がない場合は、改めて、キミに、韓日文化ロビーイストの称号を贈ろう。キミの役割りは中上の映画版であるのみだ。わたしのテキは中上以外ではなく、四方田ていどの秀才面(スカーフェイス)を相手にする気などないから、あとはどうか心安らかでいたまえ。
 一九四〇年前後の朝鮮ブームが皇民化政策の前景であったことはよく識られている。また再びの「韓国」ブームに、歴史の過酷な茶番を見ない者は、その存在自体が茶番なのだ、というべきである。
 一九八四年外国映画総括は、帝国帝都戒厳令下の歴史的和解――忘却――の一事を捨象しては成立しないし、それが国内的には帝国都市改造の劇場再編成に如実に象徴されてきたということを見逃がすことはできない。
 かくて映画は去りぬ。
 かくて……。

「日本読書新聞」1984年12月24日号


【後記】
 この小文を第十二面に載せた『日本読書新聞』はこの号をもって歴史を閉じた。
 そのことを予測してつけたタイトルではない。内容にしてもそうであり、一九八
四年の映画状況の一局面に関するものでしかない。
 にもかかわらず歴史文書の形を呈してしまったことによって、ずいぶん以降の書き物の姿勢を規定されたように思う。

李長鎬〈イ・チャンホ〉『風吹く良き日』 [AtBL再録1]

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 李長鎬脚本監督(崔一男〈チェ・イルナム〉原作)『風吹く良き日』
 この映画のシネマテークの方法論について――‐要するに韓国映画の在日における上映の困難性の突破の仕方について――先に述べなければならないかと思うが、それは略する。
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 『風吹く良き日』は首都ソウルにうごめく青春に投影された現代韓国の階級対立の問題を鮮やかな鋭角で描ききった傑作である。ソウル・グラフィティーの副題(これはだれが付加したのかしらない)どうり、地方出身の三人の青年――中華料理屋の出前持ちトッペ、理髪店の見習いチュンシク、ポン引きで小金を貯めるホテル従業員キルナム――の友情と恋と訣れ、といったものが乾いた叙情で処理されてくる。
 かれらは何れも、非熟練の半ば慢性失業的な未組織労働者として日々移ろうように暮らしている。ソウルでの生活がとりわけ素晴らしいのではない、都市化政策のひずみをモロに喰らって田舎では暮らせなくなったから、ソウルヘの道を選んで、かろうじて第三次産業下層の仕事にありついただけなのだ。かれらのうち将来に夢らしいものがあるのはホテル王への立身を夢見るキルナムのみなのだ。

 かれらの淡い愛は、いつも、首都がグロテスクに「開発」されてゆく風景に囲饒されてある。キルナムか美容師のチンノクに自分の夢を語り、チュンシクが理容マッサージ帥のミス柳に想いを告白するとき、いつもそれは丘の上であり、立ち並ぶ高層ビルと間を貫く高速道路に変わり果てた都市の貌が、かれらの向こうに見えてこざるをえないのだ。かれらの逢引きの揚所は、いつも裸の鉄骨がむき出しになった建設途上のビルの下であったり、ブルドーザーに蹂躙され露出された地面の上であったりする。
 トッペがチュンシクの妹チュンスンに出会うのはまだ舗装されていない埃っぼい道の途上であり、道をたずねるチュンスンに「ああ、また馬鹿な田舎娘がソウルにやってきた」とトッペは呟くのだった。
 そしてもし、かれらが夢を語ったり、愛をはじらったりしても、話題はいつも貧困に流れ着き――弟に学校を続けさせてやりたい、病身の父親を養わねばならない――そこに絶対的に沈澱してしまうのである。そうしたかれらを空虚な、奇怪な、建設工事の音がうち、そして見下ろされる都市は無機的な残酷なたたずまいを拡げているのである。
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 とくに秀逸に痛快なシーンを選ぶなら、それは、トッペがブルジョア娘の気まぐれな誘惑にのせられてディスコで赤恥をかかされかけるが、故郷での祭りの踊りを想って陶酔的になり、一場を完璧に制圧してしまうほどのフィーバーで踊り狂う場面だろう。
 ここでようやく階級対立ヘの視角が動的になるのである。トッペ役の安聖基〈アン・ソンギ〉がこの武田鉄矢ふうのキャラクター設定で一躍スターになったこともうなずける次第だ。

 貧困が規定する愛のかたち、地方と都市の根源的な異相――これらで構成されるメロドラマは、日本の商業映画が七〇年代前半に(後期やくざ映画と初期ロマンポルノを最後にして)ほとんど使い果してしまったテーマである。
 今、李長鎬の映画に、それらが力として復活していることを見るのは、複雑な感慨をもたらせる。
 『風吹く良き日』には、もちろん、エピソードを欲ばって詰め込みすぎた点、後半の図式タイプのメロドラマで冗長に流れてしまう点など、欠点は少なくない。だが今は、更なる作品――かれのデビュー作『星達の故郷』や河吉鐘〈ハ・キルチョン〉によるその続篇――などを待望することで筆をおこう。

「詩と思想」29号 1984年12月

怨恨の明確な対象――ブニュエル試論3 [AtBL再録2]

つづき


 男が翻弄されるという局面が肝要であり、二人の女優が一人の女を演じるという実験の効果もここに関わっているだろう。観客としては、男に貞淑に訴えるコンチータ、男に無償の愛を捧げようとするコンチータ、男を淫乱にまどわすコンチータ、男を小気味よく拒絶するコンチータ、各々のゆらめくような変容に従って、キャロル・ブーケがふりむけばアンヘラ・モリーナになり、アンヘラ・モリーナが別室に入るとしばらくしてキャロル・ブーケがそこから出てくるという輪舞のような転換に酔わされるのである。

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 振り返る女の像が戦慄的だとは、この映画が、観客に対して力づくで納得させようとすることでもある。
 一人の女が同時に乱反射するように多数の女であるということが、映像的にこれほどまでに図々しく、あたかも不変の真理のように、定着された例をわたしは知らない。一人の女が一瞬たりとも一つの人格に統一された個体ではありえないという、多分、恋こがれる男に課せられる受容のマクシムが、まことにブニュエルの面目躍如たる堂々のあつかましさで定着されるとき、わたしもとりあえず、この初老のブルジョアジーの無様な得恋に一体化してしまう他ないのである。
 これこそオールド・シュールレアリストの遺作たるにふさわしい大胆不敵の完成ではないか。征服の対象となった女がどこまでも敵階級(もしくは敵対党派)に属する一種の不可触存在であるとは、ゴダールの好んだテーマでもあったが、ブニュエルの主人公は徹底して作者からは乾いた視点で処理されている。

 さて、ブルジョアジーは語り終った。どれくらい汽車は走ったのだろうか、客室のコンパートメントは好奇心を満たされた人々で華やいでいる。――と、そこへ現われるのは勿論コンチータである、バケツー杯の水をもって。
 ずぶ濡れの返礼に加えて、またしても、和解があったのだろう、パリに着いた列車から降りてくるのは、仲良く腕を組んだ二人である。

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 そして前述の、血だらけの白い下着を縫い合せるシーンになる。ショーウインドの
中で一人の女が、麻の頭陀袋から次々と白い下着を取り出してくると、やがて血に汚れた裂けた下着が出てくる。この袋は幾度、観客の目の前をよぎったことだろう。
 最初は全く行きずりの通行人にかつがれて、主人公たちの傍らを横切ってゆく。あげくは、主人公の男によって何の関連もなく肩にかつがれたりするのである
(かれがベンチに置いてあった袋をかついでコンチータと散策する後ろ姿のシーンは、全くの思いつきで付け加えられたのだ、と作者は明らかにしている。ブニュエルはかついでいるのとかついでいないのと二種類を撮影して、前者を採ったという。無関連の挿入という方法論は全くのシュールレアリスムの自由の獲得の成功シーンとしてのみ、分析家よクソ喰らえと毒付くブニュエルの欲求通りに、来讃されるべきではない)。

 その意味が疑いようもなく明らかになるのはこのラストに至ってである。爆弾と想像するにしては軽々しそうだったこの袋の中味からは、テロリストの未必の闘争と闘志の証しであるような血染めに裂けた白い衣類が出て来たのであるから。この頭陀袋もまたヨーロッパを横断したのだ。

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 革命と戦争の世紀を、蓮実重彦流に言えば《人並みの越境者として越境するのだが、閾を跨ぎ異質な環境へと移行することによって、いかなる意味での眩暈も、快楽も、痛みも体験したりはせず、スペインではスペイン映画を、フランスではフランス映画を、メキシコではメキシコ映画を、ごく当然のこととして撮り続け》、いわば軽々とブニュエルは越境してのけた。
 かれは、フランス、スペイン、メキシコ、スペイン、フランスと(もしそういいたいのならヨーロッパから第三世界をまたにかけて)数多の作家たちが才能を遮断されまたは生身の生命を奪われて、飛び越え得なかった境界〈ボーダー〉を、自在に作品へと従属させてしまった。
 かれにして、あの眼の中を刃物が両断するシーンを相補するように、あるいは一層豊富に修正するように、忘れ難い衝撃的なシーンを作ったのである。
 かれはただ作品を作ることによってのみ、自分を追放した祖国に帰還できたのであり、復権できたのであるだろうが、依然としてヨーロッパは変わりなく呪詛の対象であり、パリの五月もかれにとってはかつての青春の回顧に向かわせる程度のものでしかなかったからして、依然として、やはり、そうだ、多少ともエレンブルクの『トラストDE』のようにも、アンビヴァレンツなヨーロッパヘの愛惜を語る他なかったようである。
 断じてヨーロッパ人であり、そのように自己を最終的に閉じていったのである。かかる越境者に「眩暈も、快楽も、痛みも」余計なものかもしれないが、恐怖と怨恨は確実に身近かにある。それを頭陀袋をかつぐかれの主人公のように背負って、ブニュエルの亡命の二十世紀はあったのだ。

 ショーウインドから離れてゆく二人、コンチータは――あるいはキャロル・ブーケであるいはアンヘラ・モリーナでめまぐるしく――男の手を邪剣に振り払う。そこにまたしても爆弾。

 映画は夢幻に無限の追跡物語(女を追いかけるが所有できず、テロに追いかけられるが仕止められもせず)が、かれにとっては悪夢さながら終らないことを暗示して、いったんは幕を閉じる。

「同時代批評」12号、1984年11月


怨恨の明確な対象――ブニュエル試論2 [AtBL再録2]

つづき

 とにもかくにも『欲望のあいまいな対象』は、或るブルジョアジーの愛の物語であり、同時に、かれのテロリズムヘのおびえという形を借りたそれへの距離の測定だった。
 開巻、車に乗り込んで行先を命じた銀行家が、その自動車ごと爆破されるシーンである。これは実に理路整然とした必然的に用意されたオープニングである。単にラストにも爆発のシーンがあるからという構成的な問題ではなく、この銀行家に扮するのが、ブニュエル映画のヨーロッパ凱旋を決定付けたフランス人プロデューサー、セルジュ・シルベルマンであったという意味で、こうある他ない幕間けなのである。何故なら、これはテロリズムにおびえるブルジョアジーがいつも間一髪のところでその難から逃れる(と同時並行にいつも性欲の昇華からも逃げられているのであるが)逆ピカレスクの映画なのであるから。
 たえず主人公の身辺ではかれを追いたてるように爆弾テロがあり、かれでないかれの同類が犠牲に供されてゆく。具体的にはこれは、七〇年代の街頭闘争の一つの形が、作者の意識に投げかけた一つの影であり、表出としてはあくまで折り目正しくアンドレ・ブルトンにのっとったシュールレアリスティックなテロリズム行為なのである。
 無差別に標的とされるのはあくまで折り目正しくブルジョアジーであってブルジョアジーのみでなくてはならない。このテーゼこそが二〇年代という薄命の青春においてシュールレアリストのモラルを支えていたのであり、それは群衆に向って無差別に引き金を引く自由でも、群衆の真只中において自分の頭蓋に一発打ち込む自由でもない、やはり限定された目的化された錯乱でなければならなかった。

 ――爆発から逃がれた主人公は、一人の女からも逃がれるために、セビリアでの生活を清算して、パリ行きの列車に乗り込むのである。かれを追ってくる一人の女がいる。痣だらけの顔に絆創膏、このまま去ってしまうなんてひどいとかなんとかいう間もあらばこそ、男はバケツー杯の水を女の頭から浴びせかける。彼女が恋物語の相手コンチータ(ブニュエルの妹と一緒の名である)。
 すでに、一人の女を二人の女優(キャロル・ブーケアンヘラ・モリーナ)が演じ、それを別の一人の女優の声で統一して吹き替える、という話題性がこの映画に関しては常に語られる。彼女の性格は、月並みに言えば夜は処女のように昼は淫婦のようにといった類いで、十七歳の女によって初老のブルジョア男が魂と金を吸い上げられるのだ。単純化すれば二重人格の女を外的な印象もはなはだしく違う二人の女優が演じるわけで、この多面性が何より滑稽で、翻弄される面白さなのである。

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 さて、バケツー杯の水の別れ方は、列車の物見高い乗客たちの好奇心を著しくくすぐるところとなったので、かれは破恋の物語を、ヨーロッパを逃亡的なベクトルで横断する列車の中で、語らされる破目になる。破恋とは、男の一方の側だけのものであることを、映画の観客は、水だらけになったコンチータが列車に乗り込んだ場面を見たあとなので、知らされている。映画の語り口の進行はこうしてオーソドックスなのであるが、この一つの逃亡行でもあるような列車の進行という二重構造は看過されてはならない。

 コンチータはいつも偶然の作用のように男の前に現われ、突然何の予告もなく消えてゆく、本当に消えるのではなく、再び偶然の直撃のように出現するために――。最初はパリ。母親と同居するアパートにせっせと通い詰めて金を貢ぐ。金を出すと母親は遣り手婆のように席を外すので、意を果そうとするが、いつもいつも欲望を待機させられる。
 邸にむかえようとするが、大金を積んで先に母親と話をつけた手順に幻滅した、自分は金で買われる女ではない、とコンチータは消えてしまうのである。次に現われた時、男はやっと彼女を別荘――その近辺ではテロリストの銃撃戦が頻発している――に招くまでに進む。ようやく二人は寝台に横たわるのであるが、男の焦燥の指は、彼女の革の貞操帯の上を空しくすべるのみだった。
 別荘の、こうした夜が幾晩か続き、女は傍らに寝るという以上の欲望の充足を許さないのだが、一方では、自室にギター弾きの青年を連れ込みさえしている。怒りに燃えた男は二人を叩き出し、この恋路をもはやこれまでと絶望するのである。
 空ろな胸の男が旅路に傷心を癒そうとし、コンチータが国外退去(理由は明確にされないのだが『ブルジョアジーの秘かな愉しみ』の主人公をつけねらうテロリストの女が当然に連想されてくる)となっていて、再び外国で、出会うことは当然の展開である。
 フラメンコ・ダンサーとして生活している彼女が、一途な愛に「忘れ難い君の面影」的せりふと貞淑な一面を見せると、それだけでもう男はすべてを許してしまう。睦まじく語らう二人に、時間を告げる声がかけられ、コンチータはダンスの合い間に仮眠する時間をとっておかなければならないのだ、と説明して階上へのぼってゆく。
 幸福の余韻にひたって彼女を待っている旅行者の紳士に、どんな仮眠なのか一度確かめてきたらいい、という半ば嘲弄の耳うちがされ、男はそのキャバレーの怪しげな階上にのぼってゆく。――と、そこは別にしつらえたストリップの舞台で、今の今、貞操を誓ったばかりの女が真っ裸のフラメンコを観光客(ほとんど日本人だったね!)の前で踊っているところを、男は発見せねばならなかったのだ。
 再び失意と幻滅と裏切られた傷があり、再び、女の手練手管の弁舌が重ねられ、いつのまにか男は、コンチータのために家を買い与えているのである。それも権利書付きで。長い道のりを、ようやく自分のものになったと、女を征服しようとすると、彼女は明日の真夜中に訪ねてくれるなら全部あなたの女になると予告する。
 またしても予告。

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 その時刻に男を待っていたのは、鍵のかかった戸口で、また現われたギター男と痴態を見せつけて、さんざんにかれを罵倒するコンチータなのだった。それでいて次の朝、わざわざ釈明をきかせ、真の愛があることを訴えるのもコンチータだった。男の反応がもうゲバルトにしかなかったことは致し方なく、女の顔を傷だらけにしたあげく神の呪いをぶちまけて、セビリア発パリ行の列車にとびのってゆくのであった。
 ――以上が、かれが列車の中で同乗の客に向って語る話の大要である。

つづく


怨恨の明確な対象――ブニュエル試論 1 [AtBL再録2]

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 ランボオの《眼の中を太陽が彷徨う》とはヨーロッパ共同体の世紀末につきつけられた呪詛であったかもしれない。
 『アンダルシアの犬』(1928年)の映画史上あまりにも有名な、満月を鋭利な薄雲が横切るように「眼の中をかみそりが両断する」シーンは、今世紀の年若い希望にみちたシュールレアリストであったルイス・ブニュエルを捉えた同様の呪詛であったように思える。
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 それほどまでにブニュエルの遺作『欲望のあいまいな対象』(1977年)の例の、きわめつきの血だらけのレースの白い下着が縫いつくろわれるシーンの、この映画自体に対してもつばかりでなく、「処女作に向って出発する」的なブニュエル全作品に対してもつ強烈な完結的説得性の衝撃と感動は、あまりに震撼的なものだった。
 ほとんど身ぶるいするようにわたしはこのシーンにうたれねばならなかった。作者自身が次のように強調するほどである。
 《最後のシーン――血にまみれたレースの白い下着の破れ目を、女の手がそうっと取りつくろう(それがわたしの撮影した最後のショットとなった)――には、なぜだか自分ではいえないが、感動した。結末の爆発に先立って、そのシーンは永遠に謎めいたままなのだろうから。

 しかし本当に謎めいたままなのだろうか。ブニュエルには必要以上に自作を謎めかせて神秘化する悪癖があるので、ここでも同じ語り口があるにすぎない。このシーンに対して明確な説明を回避することは許されない。

 『欲望のあいまいな対象』は一人の初老のブルジョアジーを捉えた過酷な愛の物語(対象との性行為を成就できない)という滑稽なピカレスクを基調にしながら、かのブルジョアジーがテロルの影におびえてヨーロッパを転々する一種の〈亡命〉物語という隠されたテーマを持っている。
 なるほど前作『ブルジョアジーの秘かな愉しみ』(1972年)は、有閑階級の一グループが共に食事することを成就できないという一層滑稽な話だったが、二作に共通した主役を演じたブニュエル映画の看板役者フェルナンド・レイの某国大使が、常にテロにおびえて食欲のかたまりだったことも思い出されるだろう。
 今度は性欲のかたまりであって、『欲望のあいまいな対象』は、この背中にはりついたかのような恐怖感が更に頻繁に強調されてきたのである。ある一つの行為を禁じられることと、それに付随する恐怖や混乱とは、多くの場合、ブニュエル映画の共通テーマであると、一般的には通有しているようだ。
 例えば、もう少し先立った作品『皆殺しの天使』(1962年)の有閑集団が、夜会の広間から外へ出ることができなくなってしまうように。
 ここから、ブルジョアジーはその欲望から疎外されてあるべきだ、という無遠慮な批判的テーゼを取り出してくることは至極簡単である。しかしそれでは一体なにも批判することになりはしない。

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 たしかに『欲望のあいまいな対象』の欲望にうちふるえて、挑むたびに拒まれ、そしていやが上にも燃えて更に挑むが、もっと手ひどく拒まれ、遂にはなりふりまわず啜り泣いてしまう男の姿に、快哉を叫ぶことも自由である。これほどまでに性欲の昇華作用について困窮するブルジョアジーを見ることは胸のすくことかもしれないからである。
 しかしそうした単純構造のブルジョア批判ならば、例えば向井寛の『東京ディープスロート夫人』(1975年)あたりで、充分に代行できるのである。そうであるかぎり、ブニュエルのいくつかのシーンは謎めいているし、謎めいたままに放置して「素晴らしい」とかの評価に輝かせる他はないのである。

 この批判され嘲笑されるべき対象が、常に同時に何者かの影におびえているという二重性の規定のうちに現われてくるとしたら、自ずと評価は変わる筈ではないか。追われおびえるというイメージは何なのか。
 ここで、スペイン・ファシスト政権から壮絶なスキャンダルと共に追われ、十数年を無為に浪費したあと、とりあえずメキシコ映画市場に亡命の拠点を降ろさざるをえなかった作家自身の軌跡について連関付けてくるべきなのか。それもまた単純にすぎる解釈であるだろう。第一、作者の視点が全く主人公のそれに一致しているわけでもない。主人公の視点に関していえば、ただおびえ怖れる他の反応の幅を持たないのである。

 ここに読み取るべきものは、七〇年代の革命的暴力主義に対するオールド・シュールレアリスト(今だオールド・マルキストとの牧歌的結合を可能にしていたような二〇年代の遺物)からの、幾分、弱々しいそして的外れの反対論であるだろう。1968年『銀河』の撮影途上、ブニュエルは、パリで、あの五月革命に遭遇する。
 薄命に終った「五月」に、ブニュエルが、かつての運動を重ね合わせて、今現在起りつつある運動への評価軸をもつことは、致し方あるまい。じっさいに五月は街頭に突如シュールレアリスムの実験が現出した側面ももっていたからである。だがその側面のみで「五月革命」が片付けられるわけもないだろう。
 学生たちの敗北に向って、スキャンダルも行動も不能な時代になってきたと嘆くブニュエルは、ただのノスタル輩に過ぎない。
 ――《真摯な精神と饒舌があり、同時に、大混乱の到来だった。だれもがてんでに小さなカンテラをさげて、自分の革命をさがしていた。わたしは胸にこう言い続けていた。「これがメキシコでの出来事なら、二時間で万事終りだぞ。死者が二、三百人は出るはずだ!」》。
 可能性はテロリズムしかないだろうとかれは続ける。それも、《かれらの青春の言葉》と注釈をつけた上で、ブルトンの『シュールレアリズム第一宣言』の復権を求める、といった発想である。例の、最高のシュールレアリスト的行為の単純さとは、拳銃を手に街頭に出て無差別に群衆に向ってぶっぱなすことだというテーゼを、である。

 わたしがいいたいのは、つまり、ブニュエルは、若い世代の革命的行動に柔軟な理解を示すよりも、かつての自分の青春の絶対性を尺度にして気むずかしい裁定をした、ということなのである。同情はあったかもしれないが、しかしそれ以上に、異物として対したのである。そして七〇年代の街頭闘争は、またしても、ブニュエルが望ましいと思ったふうには決して展開されなかった。政治闘争としてのテロリズムを、かれは理解しなかったか、あるいは理解することを拒んだ。
 何よりもテロリズムは政治闘争の一手段であることから遠く離れているべきだとかれは要求したのである。かれの映画の主人公が、あまり大した根拠もなく、テロルの影におびえるのは、以上のような過程から理由付けられるだろう。
 そうしたテーマは多分、『銀河』の撮影中に、それの進行を妨げられるふうに、五月革命に出会ったことから直接には出てきたと思われるのである。『ブルジョアジーの秘かな愉しみ』の、何度か挿入される、どこまでも食べることを邪魔されるグループが何の連関もなく道路を歩いているシーンは、多分に『銀河』からの借用である。

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 『銀河』は信仰にも無神論にも辿り着けない現代の巡礼物語(ブニュエル的宇宙の猥雑と哄笑であることはいうまでもない)だったはずだが、そこに異物としての(少しは思い入れる余地もあった)「五月」が介入してきたのである。
 『銀河』自体は、作者自身のスペインにおける中世修道院的少年時代への限りない愛惜によって際立つ作品にとどまっているのだが、五月の痕跡は、『ブルジョアジーの秘かな愉しみ』を経て『欲望のあいまいな対象』に痛烈な達成を残すことになったようだ。

つづく


ブニュエル『皆殺しの天使』 [AtBL再録1]

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 ブニュエルの猛烈な悪意と狂気。仮借なく襲いかかってくる悪意と狂気……。

 『皆殺しの天使』は、そこにある種の象徴意図やブニュエルの宗教(あるいはイデオロギー)やシュールレアリズムの方法論を読み取れるような単純構造の作品ではない。
 限りなく闊達で猛烈な悪意にみちた作者の気狂いじみた嘲笑に身をゆだねることが最もふさわしい。そしてこれは端的に、堂々と、B級オカルト娯楽作品である。
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 あるブルジョアの豪邸。何者かにおびえて次々と逃げてゆく執事やコックたち。それに関わりなく二十数名の夜会が開かれる。かれらは夜明けになっても帰らない、全く不可解にも、広間に幽閉されてしまう。これが基本的な設定である。
 幽閉された人々のドラマは、これが中幹をなすにしても、それほど卓抜としてはいない。
 この設定を観客に納得させるまでの前奏が何ともいえずおかしい。ブニュエルのくすぐり(といえるほどの生やさしさてはないが)が、哄笑にまで高まって、突如、カフカ的不条理が現出してくるわけである。
 女主人が、今夜はマルタ島風にシチューの前菜をお楽しみ下さい、と宣言する。これだけでもかなりおかしいワッハョハなのだが、このシチューの火皿をしずしずとかかげ運んできた給仕が、いきなりバッタリ転んでしまう。血のめぐりの早いことを誇りたい男が、転んでぶちまけるのを見物させることが前菜の意味だったか、と笑いとばすと皆も従って笑い出すのだ。
 女主人は屈辱に身をふるわせて、厨房に駆け込む。――そこには熊が歩き回っていて、追いはらうと、何匹かの羊が入ってくる。その間にも、シチューをぶちまけた給仕やそれを作った料理人たちが、屋敷から逃げ出してゆく。使用人は一人を除いて誰も残らないのである。
 この閉じ込められるという状況は、急激にではなく、徐々に、しかしいかにも無慈悲に納得されてくる。作者は、この幽閉された人々を観客に与えてやると同時に、これら幽閉された人々の屋敷を取り巻いてながめている見物人たちをも、観客に与えてやる。
 あるいは観客は、これはブニュエル映画の中でしか絶対に起こり得ないことだと、タカをくくって鑑賞するのかもしれない。そういう層に対しての作家の反応はその数倍もの悪意侮辱であるばかりだろう。観光地さながらにその屋敷を取り巻く見物人たち。かれらに対してもブニュエルの悪意が行き亙っていることはラスト・シーンでかなり明らかになる。
 ――結局のところ幽閉者たちは再び不可解な理由によって解放される。広間を脱出し、屋敷からとび出してゆくブルジョアたちの後姿に、全く単細胞のわたしとしては、機銃掃射のカタルシスを期待したものだ。しかしブニュエルの悪意はもっとすさまじく、そして念入りである。それほどラストの二転三転するスリリングな反転はいっそう気狂いじみているのである。
 ブニュエルは少しも難解でもシュールでもない。
 ただ猛烈なだけである。
 ――脱出したメンバーが教会のミサに出席している場面が続く。ミサが終ると、するとまた――そうである、教会に(今度はもっと沢山の人数なのだが)閉じ込められてしまうのである。再び、今度は教会が、もの珍しい観光地に変ずる。そして今度は、見物人たちは警官隊の機銃掃射に蹴散らかされてしまうのだ、
 間違いなく。ブニュエルがここで、幽閉された人々、掃射する治安者、物見高く四散する群衆、それらのどこに自己の視点を置いているのか、つまびらかにする必要もない。
 次に、教会に走り込んでゆく羊の群れというブニュエルの宗教的イメージのシーンが入ってくる。
 どうしようもない混沌である。そのまま受け入れる他ないのだ。


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 自由と禁忌とが、ブニュエルの終生のテーマだといえるかもしれない。それをこうしたB級オカルト映画から感受してくることも観客としての至福であろう。
 無理に、ここからブニュエルの欲望のあいまいな指示を明快にしたいのなら、それはプロパガンダに他ならない。
 ブニュエルの屈折した憎悪は読み違えようもなく、対ブルジョアジー宣戦布告という方向を指示しであまりあるのだ。

「ミュージック・マガジン」1984年10月号


レオーネ『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』 [AtBL再録1]

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 何か残ったか、というと、ロバート・デニーロの老残の姿。禁酒法の終り、FDRのニューディール時代の始まり。ギャング映画ではくさるほど見た時代説明だけれど、この作品では、この年号に特別の意味をもたせすぎた。三十五年間、ずっと眠りは浅かった、なんてリリアン・ヘルマンみたいな言い草で、この男は冬眠から覚めた様子で街に戻ってくるというわけです。
 デニーロはミス・キャストだと思いますね。老残のメイキャップならともかく、素顔のデニーロの現在は、少なくとも、ユダ公のチンピラのコワモテの科白なんて似合いませんや。それに年をとって出てくるジェイムス・ウッズなんてのは、ロバート・デュヴァルを使うべきだったと思いますね。それに女優ときたひには、入場料返えせ、ですよ全く。すっかりデブになってしまったエリザベス・マクガバンはまだしも、ああ、見るかげもないチューズディ・ウェルド、再会の悦びもなく……。大体、クレジット・タイトルが出るまで気が付かんかったです。映画の中の時間進行の話ではありません。ああ、二十年前のあのチュウチュウは何処にいったのでしょうかね。

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 ちょうどニクソン時代になってから、デニーロは再び現われるのですね。FDRからニクソン、この時間の落差はそんなに意味深く提出できるものでしょうかね。アメリカ共産党(CPUSA)の「輝ける」半世紀ではありませんが、少し作為の無理が目立ちます。
 そんなものは全員ミスキャストの全滅に比べたら何でもありませんね。殺人で十何年服役して出所してくるとムショの入口で、キョウダイ、ご苦労はんやったなあ、の東映やくざ映画調。ここで少年時代から青年に場面転換してくるわけですな。ここから出てくるデニーロが最悪です。大体、チンピラの顔をしていません、もう。

 終身犯が恩赦で出てきた半世紀後、という設定にしたほうが良かったですかね。
 デニーロはちょっと類のないカメレオン俳優だと思いますが、この役は青春の盛りでなければなりません。『ミーン・ストリート』のかれなら最高です。でももう戻ることはできないのです。大体、ベルトリッチのアホ映画に出て以来、この人は間伸びしすぎてしまったのではないでしょうかね。
 少しわかりにくいので整理しましょう。この映画の基本的な時間は三つあるわけですな。一つは一九一〇年代後半――これを大過去としましょう。もう一つは一九三三年――これが過去です。最後に一九六八年――現在です。このうちで、大過去の話が抜群にいいのですね。ここが良すぎるのです。ユダヤ人ゲットーの十代のハツラツとしたチンピラの暴れっぷりですね。風景もいい。ひとむかし前のアメリカン・リアリズムの絵画です。
 少年時代は、当然、別の俳優がやってましたからね。これにはミス・キャストがありません。

 相棒の一人が、敵対するボスを殺して(警官も刺して)、刑務所に入るところで、この大過去の話は一段落します。この訣れのシーン――護送車で送られてゆく仲間と見送る三人――が忘れ難いものです。
 なんだ、あれは。トリュフオーの盗作ではありませんか。『大人は判ってくれない』ですよ。そういえばこれは、大人になってはいけない映画なのではありませんか。何か『アメリカの夜』のジャン=ピエール・レオーを想い出しますね。情ないです。トリュフォー映画の永遠の子役は、成人して出てきて(そういえばベルトリッチの『ラスト・タンゴ・イン・パリ』にも出てましたな)全世界を失望させます。この映画の過去の時制に出てくる、間伸びしたデニーロもデブのマクガバンも見るかげもないチュウチュウも、同じデンです。
 ユダヤチンピラのYA映画調とデニーロの老残、とこれだけですかね、見所は? もう少し何とかなりませんか。三つの時制の転換の仕方なんかは、一つのシーンが頁をめくられるようにタイム・ラグを作って次のシーンに変わってゆくところなんかは、なかなかの職人芸ではありませんか。二人のギャングの友情と裏切りと末路ですね、それをシンプルな経過で追うのではなくて、現在過去が入れ替えにされるような交差の仕方をして、何か時間なんかは少しも経っていないようなノスタルジックな世界に静止させてみせた映像処理については何か一言あってしかるべきではないですか。

 歴史意識がなってないのに画面処理がなんだっていうんです。『1900年』じゃあるまいし……。そうか、そうですね。後半の現在の時制の、真相は暴かれる式の展開で二人のギャングの友情が確かめられるシーンのモトダネは『1900年』でしたか。大体、あの程度の結末のつけ方を、サプライズ・エンディングと早合点してしまう観方も問題ですが……。
 いや、ラストの二人の再会はですね、完璧にチャンドラー亜流を試みたものです。村上春樹なら大喜びするんだが……。
 なるほどね。いや、まあ、なんでもいいですけどね。セルジオ・レオーネの勿体ぶった超スローテンポの演出もあそこにきわまりました。あんなにゆっくりやったら、そりゃ、三時間半も超えます。終りにデニーロが全部をかっさらって一人舞台の晴れ姿を見せますが、あれは老残の扮装の貫禄を示したというよりも、単にテンポがのろい芝居にのったということでしょう。どうですかね。
 いや、あれは、あそこでデニーロが『ロング・グッドバイ』の世界を演じてみせたからです。開幕のあの、電話のベルが執拗に鳴り響いている効果を、思い出して頂きたいですね。あのベルが、友を裏切ったという癒しようのない悔恨となってかれを規定してしまうのです。それがかれの胸にしまいこまれるということです、一生ね。
 そんなもんですかね。あれはやはりバリバリのレオーネ映画ですかね。時間の進行なんか少しもない、ただ映画の現前するシーンにどんどんしまいこまれてくる物語ですかね。だから、ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ、ですか。しかし……。


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 「Once upon a time there was a story that is」という構文を輪にして連結し、その一の文が二をのみこみ三をも複合してのみこむという具合に、次々にそのお話の内容にしまいこまれていって、[昔々、お話がありました]というお話が括弧の中味となり、次々と、そういうお話がありましたと間接話法化されてゆくストーリーをつくったのは、ジョン・バースでした。この映画の仕掛けはそれに似ているのではないかとすら想うわけです。
N 何だかややこしいですね。それは違うでしょう。「the story that was」がこの映画の基調ではないですか。
 老残のデニーロが友人の邸宅を去るとき、アメリカ、アメリカの歌がかぶさってくるところで映画が終っていれば、そうもいえるでしょうけど……。
 終らなくて良かったです。あのデニーロは、たんなる間抜けな人生の敗残者です。
 ワンス・アポン・ア・タイムで、かつ、今・ここだ、というわけです。現在の時制のデニーロが阿片窟に横たわって謎の笑いを笑うところで映画は終るじゃありませんか。あれですよ。
 あれがどうしたというんです。こんどは『大いなる眠り』ですか。またまたチャンドラーの微笑ですか。それともハインラインの人工冬眠してしまう男ですか。それとも、ヴィスコンティが『異邦人』を撮って、例のムルソーの不条理な笑いをマストロヤンニにやらしたら、何か女たらしのニヤニヤ笑いになってしまった、そんな計算違いではないですかね。とにかく過大評価は慎しみましょうや。

「日本読書新聞」1984年11月19日号


54年ぶりの『橋』 [日付のない映画日誌1950s]

 54年ぶりに『橋』を観た。
 わたしにとって「二番目」に観た戦争映画だった。衝撃も恐怖も、それだけ長く忘れられない作品だ。「最初」に観た戦争映画のことは、いずれ稿をあらためたい。
 それ以降、数知れない戦争映画を観て、名作も超大作もあったが、「二番目」という強烈さにおいて『橋』をしのぐ作品はなかった。

 『橋』Die Brucke 1959  1960.02公開
 ベルンハルト・ヴィッキ監督
 マンフレッド・グレゴール原作

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 「いつどこで観た」のか。記憶ははるかに抜けているけれど、公開日から逆算してみると、自由が丘劇場で小学校の友人たちと観たうちの一本だったのだろう。

 話は単純。第二次大戦の末期、ドイツ降伏の直前。招集された7名の少年兵(15歳ぐらい)が、小さな橋の防衛を命じられる。まったく無意味な作戦だったが、予想外に戦車を先頭に立てた連合軍の小隊が通過しかける。
 少年兵は無謀な戦闘を試み、次つぎと倒れていく。

 恐怖は、機関銃、弾薬ベルト、対戦車砲などの武器のメカニカルな煌めきと、それらが肉体を損壊して生命を奪っていく映像によって呼びおこされたものだ。リアルであるかどうかは別だ。
 映像の暴力シーンには慣れが生じる。このような衝撃は、二度、三度とは反復しないだろう。

 再見してみて、気づいたこと。
 無理矢理に徴兵された少年たちの悲劇、という思いこみがあった。
 これは、部分的に訂正しておいたほうがいい。7人の少年たちの多くは、むしろ好戦意欲にあふれていた、というふうに描かれている。「戦争が日常である世界」に育って、年齢は満たずとも、兵士として戦うことを待望していた、と。
 映画の後半、戦闘が始まるにつれ、彼らの「ゲーム感覚」はリアルの戦場において粉々に打ちくだかれていく。銃弾の飛来、爆発音と衝撃、着弾、血の臭い……。憧れていた戦闘が肉体のレベルで原始的な恐怖に置きかえられていく。

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 その累進する恐怖。それが、12歳だったわたしを震撼したのだろう。わたしは、映像の少年兵にほとんど同化していたのだ。そのことが確認できた。

 戦争の無意味さと不条理さを訴える反戦映画。――『橋』の問題性を言葉で取りだすと、やはり一種の紋切り型になってしまう。
 しかし、わたしが54年前に受け取っていたのは、ただ戦場の怖ろしさ、それだけだった。

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 だから、この時期(戦後14年)に、ドイツでこうした傾向の作品がつくられたことの意味を継続して考えることもなく過ごした。
 それ以降に観た戦争映画の大半が連合軍勝利者の観点のものばかりだったので、ドイツ人悪役というドラマ構造に慣れ親しんでしまった。ドイツでも戦争映画はつくられていたという事実に注意をはらわない習慣ができてしまった。
 子供の頃に限定すれば、ドイツの戦争映画は、もう一本観ている。

 『撃墜王アフリカの星』 1957 1960.10公開
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 「いつどこで観た」のか、忘れているが、封切り日から逆算すると、京都時代になっているはずだ。これは、タイトルからもわかるとおり、戦争ヒーローものだ。「好戦性」のあるドイツ映画も、この時期、輸入することが出来たという証拠になるだろうか。

 『橋』再見の機会に、50年後のリメイク版も併せて観た。

 『1945戦場への橋 ナチス武装戦線』2008

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 なにか騒々しいタイトルになっているが、DVD版のものだから、仕方ないか。原作は同じ。内容的にも変わっていない。総天然色画面になり、戦闘シーンの比率も増しているが、戦争の虚しさを訴える反戦映画という基本線は同一だ。
 わたしが観たのは、ドイツ語版で、sub は、スウェーデン、フィンランド、ノルウェイ、デンマーク語だった。

 08年版では、戦車を攻撃された連合軍兵が全身炎につつまれて絶命するさまを、スローモーションで念入りにとらえる場面があった。この黒焦げになった死骸は、後のシーンで短く登場する。リメイク版に追加されたシーンとして最も印象に残るものだ。

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 カラー映画になって、いやおうなく気づくのは、彼らの護る橋のランドスケープが「絵」になっていることだ。案外これは本質的なことかもしれない。
 59年版『橋』では、彼らの護る橋はみすぼらしい。一画面におさまってしまう、ただの橋だ。どういうアングルから捉えようと「絵」にならない橋だ。これは、年端のいかない子供まで兵員に狩りたて無意味な殺戮を強いた戦争への抗議、というテーマによくつりあった舞台装置だ。「たかがこんな粗末な橋を護る」ために、あたら若い生命を犠牲にしたのか? そうしたメッセージのために映像の橋は「ただの橋」である必要があった。
 タイトルも、そっけなく『橋』。
 ところが、これでは、「絵」にならないのだ。

 橋は、戦争において、大きな要路をつくる。進撃するか、阻止するか。『遠すぎた橋』とか『レマゲン鉄橋』などを思い出すまでもなく、橋をめぐる攻防は、戦争超大作の源になっている。そこでは橋が主役だ。配役には多くのビッグ・スターが連なるけれど、彼らはみな「橋」の引き立て役かもしれない。橋をめぐる戦闘は、戦争映画のひとつの支流といえるだろう。
 『橋』はその支流にありながら、貧相な橋を主役に立てることによって戦争スペクタクルであることを拒否したのだろうか。

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 54年経って再見すると。
 彼らの射撃の腕が確かなことに感心していた。
 まったく余計なことだが、彼らは戦闘能力に優れた勇士としての側面も描かれている。銃撃の狙いは確かだし、対戦車砲も一発で命中させている。こうした高度な戦闘能力は、彼らが徴兵され訓練も受けずに戦場に追いやられたという設定とは、明らかに矛盾してしまうのだが……。

 ドイツ人は学校でも射撃訓練などを義務化していたのだろうか?
 老人のくだらない詮索心でオチ(?)になった。


ランブリング・コッポラ [AtBL再録1]

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 『ランブル・フィッシュ』
 光と影の映画……。
 雲と風と闇と霧の映画……。117a.jpg
 『アウトサイダー』でかつてのセルズニック風のトワイライト・シルエットを多用したコッポラが更に弛緩した映像に後退してくるのかという暗澹とした予想で見に行った。実際に、最初の雲が高層で流れてゆくモンタージュ・シーンに出会って、今度はゴッドフリー・レジオか、とあまりの臆面のなさに恐縮してしまった次第だ。
 コッポラの提供プロデュースで現代アメリカの病根をえぐるとかの評判になった『コヤニスカッティ』がいやでも想起されてきたのだ。少なくとも十回は、『コヤニスカッティ』――モニュメントバレーを静止したように捉える自然風景から都市の高層ビルに反映する光や雲を対照してくるドキュメンタリ――の借用シーンに、観客は遭遇することになる。
 次に、モノトーンの映像である。どうもコッポラは、自分がプロデュースした作家たちの方法論に大変ナイーブな影響を被る、ということなのらしい。かれは、かれにまねかれてハリウッドで(というよりもかれのゾエトロープ・スタジオで)『ハメット』を作ったドイツ人ヴィム・ヴェンダースに正直いかれてしまったのだろう。ヴェンダースは後に「ことの次第」を作って、コッポラと自分の芸術論の相違を丁寧に作品化してみせたし、のみならず、コッポラヘの芸術的軽蔑を友情の形で提出するふうの繊細さを見せてくれた。多分、コッポラはこの年少の映画フリークスに対して、全面的に影響されてしまって、色彩のない映画を撮ったのだろう。

 コッポラとは、映像方法論に関してはおそらく幼児のように無垢で、何事につけ発見の驚きを感じ取れる感受性の持ち主なのだろう。もう少しはっきりいい直せば、映画学校初級の学生タイプであり、実作はしばしば試験の答案のようなものだ。こうした人物が「映画マフィア」の頂点にあってアメリカ映画を代表する一人の作家たりえていることに対しては、尽きない興味がある。ここにもアメリカ映画という恐るべき深遠、恐るべき振幅が見つけられるのである。

 正直なところわたしはこの映画に感動してしまったのだ。
 それは何故か。簡単にいって、再び、かれが血縁の、兄弟と父親の――要するに自伝映画を、作ったからに他ならない。コッポラにとって、それが絶えず立ち戻ってゆく固有の原点であるのだろう。この映画がモノクロである理由を、色彩をよく判別しえなかった兄へのレクイエムだからなのだ――と解釈することもできる。
 マット・ディロン、ダイアン・レインといったアイドル・スターをでくのぼうよろしくドラマの中軸に突っ立たせておいて、兄のモーターサイクル・ボーイ(ミッキー・ローク)とアル中の父親(デニス・ホッパー)に、いっぱいの真情を捧げる。
 母親はいない(『エデンの東』のようにといってもよい)、父親は敗残者、兄は弟がそうなりたいと思うもののいっさいだ。けれども崇拝の的であるかれは二十一歳ですでに信じられないほど老い込んでいる。

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 兄弟は夜の街路を彷徨い、父親が酔いどれている酒場の前までくる。この果てのない彷徨! そしてその舞台である霧にけぶるゾエトロープ・スタジオのモノトーンの奇怪さ! (わたしは『ワン・フロム・ザ・ハート』のあの安物のイルミネイションにピカピカする同スタジオのおぞましさを想い出し、この隔絶に一層の感激をもつ)。
 ここで父親役のデニス・ホッパーにまた再会するのである。およそ三十年前の『ジャイアンツ』でのかれは、やはりマット・ディロンのようなバカ面をしていただろうか、あの『イージー・ライダー』のアメリカン・ドリームに敗れ去った反逆者役から数えてももう十五年か。
 父親は語る――兄は何をやらしても大した男なのだが、しかし肝心の何をしたいのかがわからないのだ、と。それをきいても、弟は兄のようになりたいのだという考えを変えない。
 兄弟は再び街に(ゾエトロープ・スタジオに)出、果てのない彷徨につく。この街は何なのか。どこなのか。風と霧と……。わたしはこれほど手きびしいグロテスクに夢幻的な街路の彷徨シーンを他のアメリカ映画に知らない。
 コッポラはヴェンダースを通してフリッツ・ラングを、ドイツ表現主義映画を、摂取したのだ。とりあえず――そう了解することでこの場面については相対することもできる。
 そして兄が自己破滅の途にすすみ、弟がそれをなすすべもなく見守る他ないという結末についても、すでに予想がつくことである。
 
 最初の、モノクロ場面にそれだけ着色されたランブル・フィッシュが念入りに最後にも登場してくる。こうした画面処理は鮮やかというよりもグロテスクであり、より適切にいうなら、初級の学生レベルである。しかしもっとあからさまなことには、兄のミッキー・ロークの役柄――コッポラはこの作品を自分の兄に捧げていた――を通して、コッポラのランブリング・アラウンドが、ここに定着されているのである。
 画面のグロテスクさはコッポラの自己意識のグロテスクさに他ならない。流れ去る雲が鏡に映るショットもあまりにも多用されていたが、作者自身の影がそこに映されるためにはもっとすさまじい饒舌がコッポラには宿命付けられているようだ。
 白人帝国主義者の存在的な深遠と振幅については『地獄の黙示録」――あれは戦争映画ではなく戦争それ自体ではなかったのか――に納得させられたはずだったが、所詮は紋切り型の居直りに収束していくようだった。
 わたしは、『ワン・フロム・ザ・ハート』『アウトサイダー』と経て、コッポラのアポカリプスは前世紀のコンラッドの煩悶のレベルに終ったか、と幻滅するばかりだった。それをこの映画によって訂正せねばなるまい。
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 以降、コッポラの製作活動がどうあろうと(次なるコッポラ映画は推測するに小津映画へのオマージュになるはずであるが)、入門コースの学生タイプの方法論的遍歴〈ランブル〉は変わることもないだろうが、それとはあまりにもアンバランスに過剰な自己釈明欲の容量は跳躍〈ランブル〉を止めることはあるまい。

「詩と思想」27号、1984年10月


小栗と崔のために [AtBL再録1]

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 在日朝鮮人作家による原作を純日本的感性と図柄において捉えた自主製作映画とベストセラー商法に乗った原作を素材にして在日朝鮮人作家によって作られた角川青春映画と……。
 この対照的な成立の構図が、小栗康平の第二作『伽耶子のために』崔洋一の第三作『いつか誰かが殺される』とを、さしあたって規定しているように思う。一方は作りたいものだけを作るという作家的誠実性に賭けて懸案の李恢成原作に取り組んだのであり、もう一方はプログラム・ピクチュアの世界に身を沈め、日活ロマンポルノからテレビのサスペス・ドラマまで、むしろ作りたくないものを発注されるという姿勢で現在に至っている。

 むろん、こうしたことは作品自体への評価とは別物であるとするのが「批評」の礼節であるのだろうが、あの屈辱の九月六日、天皇・全斗煥会談によって歴史の汚点として切り開かれてしまった憎むべき[日韓新次元]の不可視の抑圧の出発点にあって、偶然にも並んだ小栗と崔の新作を、わたしが特別の感慨をもって見ざるをえなかったこともまた確かなのである。
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 先ず、小栗のケース。この映画は徹頭徹尾、小栗の世界なのだと断言するところから始めねばならないようだ。原作と原作付き映画の比較の問題はまさに宿命的な俗論の拠点ともなって正当な映画批評を汚しつくすわけだし、小栗の映画はシナリオがかなり原作に忠実な抜粋的構成を取っているために、細かい点での説明不足という原作依存の傾向をかなりもっているのだが、一応、原作と映画は別物だというごく当り前の論の前提を明確にしておく必要があると思える。
 少し前に、他ならぬ崔が、小栗が李を映画化することは極く自然だ、と発言しており(本書所収「ひとコマのメッセージ」)、その意味は充分了解できるのだが、まだやはり、言葉を補う必要はあるようだ。
 伽耶子の使う独特の方言、たいていは「――だから」で終る会話について、小説では、主人公の受感として《発音は語尾が感情をあずけるよう下ってきて格別な優しさがある》ないしは《この終助詞で括られる言葉はいつも物問いたげであでやかな余韻がこもっていた》という印象を与えている。

 思うに、この「あでやかな余韻」という一点に刺激されて小栗はかれの『伽耶子のために』の創作にかりたてられたのではないか。それほどまでにかれの描く伽耶子は輝くほどに魅力的なのであり、そうしたものとしての作品は小栗個有の世界を貫徹させて、またふたたびの丹念な手作りの小品なのである。
 判断抜きに、小栗の世界は美しい。しかしそれはあまりにも脆弱で静謐にすぎる美しさだ。そういう映画もあってもいい、とは思うが、まるでスライド・フィルムが一枚ずつさしかえられてゆくような短いカットの積み重ねの進行に、次第に、わたしは居心地悪くなってしまったのだ。
 伽耶子は光り輝く聖少女であり、故にかれらの恋愛は未成年のゴールのない睦言にすぎない。そんな「伽耶子のために」棒げられた青春のレクイエムで、小栗の作品はあるようだ。
 そうした意味で主人公の男女は演技以前の現前性にあるだけでよかった。これは『泥の河』から変わることのない小栗の方法論なのだろう。そして小栗の世界にあっては、自明性の哀歌に流されてゆく庶民の像が演技される身ぶりを要求して、底に重くよどんでくるのも、前作同様で、今回はその庶民が在日の一世であり、かれらがほとんど(説明不足から)青春への抑圧者――一つ具体的には主人公たちの愛を引き裂く当事者――として現われてきてしまう構図によって、普通の意味でのリアリティからは昇天してしまったのだ。
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 作品はそして破綻してしまうべきなのだ。
 べつだんわたしは、小栗が社会意識の欠落した作家だとも、日韓関係の認識レベルにおいて特に低度の人物だとも思わない。逆に、戦時下の植民地朝鮮において受胎されたという個人史を持つ小栗が、植民地人の犠牲によって成立した近代化によって盲目にならされている日本人一般に対する痛みに正当に反応できる作家だという一定の信頼もある。
 ただわたしが感じるのは、小栗は方法的に社会意識が欠落した作家だ、ということだ。そしてそれは『泥の河』の作家にとっては不名誉ではないが、『伽耶子のために』の作家にとっては充分に不名誉なのである。
 二人が結ばれる場面に語られる「戦争があちこち引きずりまわしてくれたおかげで、ぼくたちは会えた」という言葉は、画面自体からも、またその意味内容からも疎外されて白々しい。
 二人を別れさせようとする親たちに対して伽耶子が口走る「いつか一緒に――朝鮮さ行くんだから」の言葉も同様なのだ。理想化された女性「伽耶子のために」捧げられた場面のつくりとして、これは美しいし、それ以上に崇高ですらある。
 しかし問題は、映画自体の特権的な美しさという地平にとどまるのではなく、どうしてこの朝鮮人の父と日本人の母に育てられた日本人の少女が主人公の全く精彩なく優柔不断な在日朝鮮人青年に恋してかれと離れたくないためにこの言葉を吐くのかという社会性に開かれてゆかなければならない。原作ではいくつか書き込まれている、この言葉への伏線的背景は、すべてシナリオで省略されているために、この場面は例の「原作を読んでいないとわからない」式の唐突な説明不足をもってしまった。だが唐突さはこの場面において最良の効果をはたしたと思える。
 わたしたちは少なからぬ体験として、在日もしくは「在韓」の朝鮮人と添い遂げまた添い遂げるだろう日本人を知っているはずだし、そうした個人史にとって一時的な唐突さはあっても、経験としての普遍性は必ず根拠をもつはずなのである。しかしこうした認識はとても日本人一般のものではないし、また小栗がそうした特殊性をあてこんであえてこの場面を作為したとも思わない。
 全くフツーの日本人に向って小栗はこの場面をあえて説明省略のままぶつけてきたし、その異化効果は充分にはたしたと思えるのだ。惚れて添い遂げたいと思った朝鮮人が祖国への帰還を熱望しているのなら、一緒にそこへ行きたいと思うのは当然であるだろう。それを伽耶子という一個の具体性を通して表現しようとするのが小栗の世界の方法論である。これは成功している。そしてわたしはこの成功にこそ強い疑義を持つのである。
 いつか一緒に朝鮮に行きたい、帰りたい祖国へという恋情は、語尾が格別な優しさでもって感情をあずけるように下ってきて、あでやかな余韻のこもる「朝鮮さ行くんだから」という独特の話し言葉で表明される。
 この美しさの完成する場面にわたしは疑義を持つのだ。この美しさが、異国人との恋愛を通しての日本人意識の拡大という方向に聞かれているのか、それとも個別の新人女優(南果歩)の輝きに吸収されているのか、確定は慎しむにしても、ただ小栗にとっては随分と冒険を強いられただろうこの作品が、最終的にはヒロインの魅力に依拠してしまったことに対して非常な「遺憾の意」をあらわさずにはおれない。
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 ところで、わたしの李恢成の『伽耶子のために』に対する評価は、これが典型的なパッシング・ノヴェルであるということに尽きる。パッシング・ノヴェルとは、アメリカの黒人文学史における被差別の領域に通有してゆこうとする黒人のアイデンティティ意識をテーマとした一時期の傾向を指示しているのだが、五〇年代末(母国では四・一九革命前夜ということである)の在日朝鮮人学生と日本人女性の苦い成就しないラヴストーリーという基本的な骨格に、一世と二世の世代的相剋と帰国運動高揚の中での個別の選択の幅とを肉付けしようとした李の作品は、すでに黒人やユダヤ系アメリカ人の文学が使いきったパターンの踏襲にいくらか日本人好みの陰翳を与えただけのように思える。
 その限りで李の文学の本質が、一地方文学としての日本文学におもねったものとはいえないにしても、わたしらの文学の決定的な狭さをぶちこわすものとしてはそこに認知されなかったことを李のためにいたましいと思う。

 その限りで、李の作品が小栗のような日本人作家に簒奪されてゆくことに対して(崔が小栗の『伽耶子のために』は自然であり、見る前からわかっている、といったように)、痛憤を感じる在日朝鮮人の意識の予想に、わたしの心は痛む。
 わたしは在日日本人の一人としてどうにもかれらには答えられない。李の『伽耶子のために』はとこまでも恋愛小説である。ここで描かれている民族問題の苦渋はあえて強調するのなら付録であり、省略することも可能である。それは小栗の映画という形でこの上もなく明確に指示されてしまった。
 李の小説は、最終的には伽耶子が自分の淫蕩な血を強調し、それを受け入れることのできない主人公の未成熟が二人を切り離すという結末によって、かれは自己正当化的に救われ、もって作者も救われる、そういう仕舞い方になっている。
 性的に男よりもずっと経験豊かな女性を受け入れることができない未成熟において自己のアイデンティティの始末をつけた主人公(作者)の視点に、わたしは、李の日本人に対する恨の代行を見る。
 しかしもっと徹底して、日本人女の淫蕩さにふりまわされた純情な在日朝鮮入青年の恨みつらみを表現する方法もまたあったし、かれがただ観念的に自己の民族性の注入に努めたとして、その結果として日本女の口から出てきた「いつか一緒に――朝鮮さ行くんだから」へのその浅薄さへの心の底からの抗議(それが個人的な愛と紙一重であることはあまりに自明ではないか)を言葉いっぱいに充満させる方法もまたあった。

 『伽耶子のために』を読み返してみて、あらためて、李の分担させられている在日朝鮮人文学の貧しさとそして、それを癒着的に包括する「日本文学」の貧しさに思い到って、思い屈した。
 李はヒロインの性格付けとして秘かに自分でも意識していないかもしれない日本女への恨みを定着したのだが、小栗は彼女を聖処女のようにたてまつることにおいて、原作にはかろうじてあったパッシング・ノヴェルの陰翳すらけずりとってしまった。
 小栗の作品は日本人の映画である。日本人しか登場しない。だから原作では作者自身の投影であるような主人公の優柔不断が作者自身にも帰せられたように、映画での主人公も小栗そのままに何か中間的な調停的な位置にいて、女の存在を受け止めることができないのだ。
 『伽耶子のために』を、掌の上で転すだけでも壊れてしまいそうな繊細な美しさに構築した小栗に対して讃辞をつらねることはたやすいが、それはすべてこの作品の社会性を捨象せねば成り立たないだろう。原作をもっと破壊し開示するような方向で、かれらの愛の結末を考えさせる展開において、原作をのりこえた映画が望まれてあった。

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 次に、崔のケース。『いつか誰かが殺される』については何もいいたくない。何もいいたくないのである。強いて言葉を絞れば、崔は自分の『地下鉄のザジ』を作ったつもりなのだろうが、こちらの受け取ったものはだれが作ろうと一緒な角川映画に他ならないのだった。
 大林宣彦の『時をかける少女』根岸吉太郎の『探偵物語』森田芳光の『メイン・テーマ』も崔の今回の作品も、そして角川御大自らの監督による何本かも、みんな一緒なのだ。
 何かが根本的に間違っているのではないか。わたしは最高の善意をもって、今日の映画状況をかつてのハリウッド黄金時代の小アナロジーとして見なし、かつての映画のタイクーンを思い、角川にアーヴィング・タルバーグを重ね合わせてみたりする。だがそのつど、思い当るのはすでに、フリッツ・ラングもシュトロハイムもスタンバーグもビリー・ワイルダーもいない、ということである。

 わたしにはあのアイマイな相米慎二の名しか上がってこない。一人が突破口になるのではなく、一人が一人の屍の上に積み重なってゆくというのが、従来の角川メニューのパターンだった。それもわずかな作品歴の作家たちが、あたかも赤川次郎の世界のような一躍の成功という吸い上げられ方にさらされるのである。ムーヴィ・モガールの大満足、作り手たちの一定自負、大動員される観客、となるとまるで三題噺で、もはや、映画批評がつけこむスキはなく、奇怪な駄作が残ってくるのみである。
 NHKによる趙容弼〈チョー・ヨンピル〉かいとりに象徴されるように、資本の文化簒奪の形は急角度を描いてこの在日の足元に癒着構造の触手をはりめぐらせてゆく。
 [韓日新次元]の、映像レベルにおいてもの深い混迷と不可視は、大まか以上の考察を、わたしをして、小栗と崔のために、強いることとなった。

「詩と思想」28号、1984年11月


西新宿のシミュレーション・ハードボイルド [AtBL再録1]

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 『凌辱・制服処女』福岡芳穂監督脚本、小水ガイラ共同脚本、長田勇市撮影。
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 凌辱も制服も処女も、例によって、どこにも出てこないが、『凌辱・制服処女』は、少しさえぎられた陽光と、少し明るすぎる夜の闇とて輪郭付けられたハードボイルド・シミュレーション映画の傑作である。
 丸山昇一脚本の『横浜BJブルース』ほどくさくなく、うまくいったときの村上春樹や矢作俊彦ぐらいのスマートさに出来上ったのは、作り手の適当な力の抜きようを別にすれば、ひとつに主演の下元史郎の存在感によっている。

 想い出してみれば、下元は、『人妻拷問・赤い靴のレクイエム』の哀しいばかりに暗鬱な復讐者から、最近の『虐待奴隷少女』の仁義にあつい渡世人や『愛欲の日々・エクスタシー』のモラトリアム中年男まで、常にピンク映画の第一線スターとして十年選手の途を歩んできたといえる。かれに並ぶスターは大杉漣しかみつからないが、これに山路和弘中根徹を加えた男優ばかり精彩をはなっているのが、昨今のピンク映画の水準だといえる。若松-幻児-伴明の流れにあるピンクの若い作家たちが、その遺産でもあるようなこれらの男優たちに支えられていることは興味深い。
 ことほどさように、多少大げさないい方になるが、『凌辱・制服処女』は女優さえまともにそろっていれば(ここで観るに値したのは水月円の脂がぎとぎとのり始めた肉体だけだった)、なかなかの名作になっただろう作品なのである。

 いってみれば、米田彰の『虐待奴隷少女』が虐待奴隷中年の映画であったように、『凌辱・制服処女』も凌辱制服中年の映画であり、男が一人哀しむための素材なのかもしれない。
 ヴェネシアン・ブラインド(これはハードボイルドの基本的な小道具ではないか)からもれる陽光を背中に負った探偵、青銅色に輝く夜の闇に立ち尽くし拳銃を乱射する探偵……。これらを黒眼鏡で演じきった下元は、正確にいえば、井上陽水のシミュレーションとして立ち現われていたのだといえる。あるいは似すぎてしまったことが、下元の演技の誤算だったかもしれないが。
 じっさいのところ、女優がもう少し(うん、もう少しばかりでいいのだ)充実し、下元が、陽水が中森明菜のためにつくった歌の一節――飾りじゃないのよ涙は、ウォホッホー――でも口ずさんでみせれば、この映画は絶讃に近い出来映えだったはずだ。

 筋立ては、西新宿に事務所をもつ私立探偵の借金取りに追われる日常を基底にして始まる。かれには、マイク・ハマーにおけるヴェルダのような有能で愛すべき助手がいる。彼女は、かれが借金取りに追いつめられたときは救助し、また、事務所の維持費のために、そこでファッション・マッサージ(ひとこすり百円)を営業するといった働きぶりで、かれを助ける。ハードボイルド気質はマザ・コンであるから是非とも庇護しなければならない、というのが彼女の持論である。
 これをしも、今日の三十代のモラトリアム青年の自己意識の一つの投影だとするのは早計であろうか。
 ともかくも、探偵は、彼女の『私の部屋』的インテリア趣味の悪さに我慢ならないという形で、この母親もどきに違和感を表明するぐらいはしている。それは、とらばーゆギャルが訪ねてきて就職を求めたときに、現行の助手をクビにしてまで、彼女(制服処女的オマージュがでてくるのはこのへんであるが、それにしてももう少しマシな女優はおらんかったか?)をやとう、という展開ではっきりしてくる。新しい助手をむかえた初仕事に、謎の女が現われて、かれに殺しの依頼をすることになる。
 このビジネスによって探偵はある地下組織に敵対することになるらしい。この件によって新しい助手は殺されてしまう。事態に直面して、かれは、ぜんぶ冗談なのにさー、どうして殺されてしまうんだ、と嘆くことしかできない。
 これでは、川島透の『チ・ン・ピ・ラ』に似てあまりにも嫌味であるし、本当は、元助手が仕掛けた罠がうまく成功したと考えるのが順当なところである。そういうわけで一場の事件は夢のように落着し、かれは相い変わらずの助手との、元通りの日常に戻る。

 坂道をかれがズッコケながら歩いて昇ってゆくと、ハダシで自転車に乗った少女が通り過ぎて、かれのかかえたフランスパンを奪い取って行く。むかしはアメ車に乗って足変わりにしていたけれど、すっかり体がなまってしまって、今では歩いて世界を感じ取るようにしている、というナレーションが重ねられて、それが映画の開始だった。
 エンディングも同様の場面で、移行の仕方だけがそれほど唐突でもなく、最近は自転車を使っています、とずらされてくる。
 坂道。降りてゆくそれに、相米慎二の『翔んだカップル』の自転車に乗ったカップルの見事な場面からの引用をみるべきなのか。登ってゆくそれに、長崎俊一の『九月の冗談クラブバンド』の自転車を押し上げていく主人公が「ラッキー・破滅、ラッキー・破滅」の二拍子で懸命になっているイロニーの場面からの引用をみるべきなのか。
 かれは、西新宿の事務所からグロテスクな高層ビル街を見上げては、風速ゼロメートルについて想いをはせている。あの首都の新都心は、不自然にそびえたつ何本かのビルに仕切られた地形的にいって、風が止まることはないのだが。
 エンディングのかれは、自転車に乗って、このほうが風を感じられる気がしますと独白している。風ははげしくないのか。ここでこそ、陽水がいかにもふさわしく徹底的に挿入されるべきだったと思う。
 そして、下元はたとえば[真珠じゃないのよ涙は、ハッハー]と、唄い踊るべきだったのではないか。
 シミュレーションは、ハードボイルドなんて野暮で嫌い、といった角度で、逆にそれへの捕われ方が表明されるつくりになっている。それはあまりにも優しすぎる。
 西新宿のビル街で風に追われて無風地帯を捜すような優しさだ。
 わたしは、これを観ながら、大和屋竺『荒野のダッチワイフ』が想い出されてならなかったが、模造が四畳半的に収束してゆく推移を時代に帰することは耐えられない気持ちだった。
 ムード・アクションヘとハードボイルド解釈を解消する傾向にとっては、やはり陽水がお似合いだというのが、この映画への最終的なこだわりとなって残った。

未発表、1984年10月

復員兵士の詩 [AtBL再録2]

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 『スカーフェイス』『キング・オブ・コメディ』『ストリート・オブ・ファイヤー』ブライアン・デ・パーママーチン・スコセッシウォルター・ヒル、登場して十年ほどになる四十代のアメリカ人作家たちの新作は、何れも、かれらが育った映画環境への狂的なノスタルジアに支えられつつ、暴力的なほどに現代の問題に関わってきている。

 『スカーフェイス』は隠れもなく『暗黒街の顔役』の半世紀ぶりのリメイクとして、ペン・ヘクトハワード・ホークスに捧げられている。しかし、キューバ・カストロ政権に放逐されてアメリカに流人してくるアウトロウをスナップ・ショットするタイトル・バック(ジョルジオ・モロダーの音楽も素晴しい)からして、これはまぎれもなく現在進行中のギャング映画であることを強烈に伝達してくる。これはデ・パーマの最高傑作だろう。

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 犯罪分子を流入させることによって隣接する帝国主義アメリカを擾乱するという、戦略的には正しいのだろうが、戦術的には若干どうかと思われるカストロ政策によって、棄民にされる新型移民の群れが主人公である。
 かれらの頭目であるアル・パチーノは会話のキイワードをおおかたファックで代用するタフガイなのだが、「俺は政治亡命者なんだ」と自己規定は正確なのである。

 パチーノのいつもながらのくさいオーバー・アクトにはこれくらいの役柄がよく似合ったものだ。かれは強制移住された社会にあって、そこでの成功というアメリカン・ドリームに支配されるアメリカ人なのである。
 かれはかれを放逐した政権が望んだようには帝国主義者を憎まず、その替りに、正当にもかれを放逐したコミュニスト政権を全身をもって憎んだ。他に見るべき傍役もおらず、三時間近いこの映画は、ひたすらパチーノの映画だった。かれの憎悪と成功への夢とファック・ユーの連発。そしてデ・パーマ主義の悪趣味〈ファック〉な色彩とモロダーの暗鬱きわまりない音楽(挿入されるディスコ・ミュージックではなく『エルビラとジーナのテーマ』)。

 ボスを倒し同時にボスの女を奪い、第一歩の夢の実現を果したパチーノが、World is your own.の気球(パン・アメリカン航空の広告である)を見上げるシーンは、この映画のすべてを凝縮したようでもあった。ガラス窓越しに見える邸内の一階には、自らも傷ついたパチーノが満足した表情で立っている、二階には身仕度している女の後ろ姿、空の上には気球、という遠景の構図である。

 わたしはこれまで、デ・パーマ主義のイマデルゾイマデルゾ式のサスペンス趣味にはかなり白らけていた口だったが、そして観る前にも、このヒッチコック・フリークが一体何ができるのだと期待半ばであったが、――とにかくこれは最高のデ・パーマ映画だ。これこそアメリカ映画(何ならアメリカ帝国――ファック――主義映画といおうか)だ。

 同じことをもっと興奮していいたいのが『ストリート・オブ・ファイヤー』だ。これははっきり、――『スカーフェイス』がディスコ時代のギャング映画であるのと同じく――ロックンロール時代の西部劇なのだ。
 冒頭、ロックンロール・クィーンのステージに乱入したストリート・ギャングが彼女をさらってゆく。現代のアウトロウはバイクにまたがって悪役ぶりを競演する。そして、一人のソルジャー・ボーイが街にふらりと戻ってきて、彼女の救出のために命を張るのは当然のことだ。男はいつも惚れた女のための気狂いピエロだ。
 ほとんど定石通りのプロットが用意されているから次の展開にとまどうことはない。むろん、かれは、アウトロウの拠点を襲撃し、神々しいまでのヒロインを救け出すのだ。……いつもどこかで見たことかあり、夢見たことがあるような情感であり、なつかしいようなシーンである。これは映画が観客に与えることのできる悦楽の一形態への一つの贅沢な見本であるのだろう。

 そして続いて、雨の中のラヴシーンや、夜明けの決闘や、身を引き裂かれるような訣れが、用意されていることも当然であるだろう。
 同じダイアン・レインが出ていたことで『アウトサイダー』、同じスタジオ撮影ということで『ワン・フロム・ザ・ハート』を、想起せずにはおれなかった。二つともコッポラ映画であるが、前者は要するにディヴィド・O・セルズニック映画『風と共に去りぬ』『白昼の決闘』もそうだったかな)で繰り返される夕陽けの彩りにふちどられて立ち尽す人物のシルエットで何かこうものすごく興奮してしまうパターン――ヘの、それだけへの、ノスタルジアなのだ。いやはや。
 まあ、互い、そういう映画環境に育ったのだから、とやかくいえないか。けれども、だから、ミリアスの『デリンジャー』やボグダノヴィチの『ラスト・ショー』でのホークス礼讃のナイーヴさを想い出して、『スカーフェイス』には感心してしまった次第なのだとでも、再度いっておこう。それにしても何というコッポラのノスタルジア垂れ流しだ。『ワン・フロム・ザ・ハート』というスタジオ撮影の人工的な、ロボット同志のとしかいえないような(主演がデブとブスだったので唯一救いの人間らしさがあったが)恋物語には、ほとほとあきれかえってしまった。

 フランシス・フォード・コッポラとはとてつもなく映画に関して無垢な人物なのだろう。『アポカリプス・ナウ』によって性格破産してしまった作家としては、幼児退行してゆく他ないのだろうか。巨匠の名による退行映画とは興味ある素材であるにしても、すすんで見たくないものである。『ワン・フロム・ザ・ハート』は、 ヴィデオ・テクノロジーとスタジオ・アートに無限の信頼を置いた(要するにヨダレクリになっちまったのだ)作家の実験意欲作であったことだった。
 コッポラおやじの「心の贈り物」などにはヘキエキしていたところが、あの『アウトサイダー』というセルズニック・シルエット映画なのだから。いやはや。
 どうやら私としては、コッポラの映画については、自伝的大作『ゴッドファーザー』を別にすれば、あの衝撃的デビュー作『グラマー西部を荒らす』“Tonight for sure !"だけを記憶に残しておけばよさそうだ。
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 『ストリート・オブ・ファイヤー』のスタジオ撮影が優れているのは、その夜の素晴しさである。いや、あの表現主義映画『ウォリアーズ』からのコンビ、アンドルー・ラズロのカメラが捉える夜の素晴しさである。かれらの映像は、青春を、決して明けることがない真夜中の物語として謳い上げる。夜は決して明けることがない特権的な時間であるからこそ夜なのだ。
 ウォルター・ヒルは、どこかでいつか見かけた場面からのみ構成して、どこでもないいつでもない場処での、ロック・オペラをつくってみせた。夜がこんなふうな夜であるとはこの映画(あるいは『ウォリアーズ』)を見るまで知らなかったことを告白せざるをえない。

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 映画の主人公が(マイケル・バレ――眼がいい)決闘にさいして云った言葉“Sorry,too Late.”は、こうした「アメリカ映画」をやっと作りえた監督のあいさつの言葉としても受け取れるわけだ。

 デ・パーマ、一九四〇年。ヒル、スコセッシ、一九四二年の生れである。
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 さて、それで、マーチン・スコセッシ、ロバート・デニーロの世にいう「パラノイア・コンビ」による『キング・オブ・コメディ』である。
 これは疑いもなくあの夢幻的なテロリストの物語『タクシー・ドライバー』のちょうど八年後の後日譚である。そしてそれ故、再び疑いもなくヴェトナム復員兵士の八年後の後日譚なのである。トラヴィス=デニーロ、二十六歳。あの不眠症のエロ映画マニア、大統領狙撃未遂犯人のモヒカン刈り、十五歳の娼婦を救助するために命を賭けた夢幻的ヒーロー。かれは八年後によみがえったのである。このように――。
 ルーパート・パプキン=デニーロ、三十四歳。一夜のコメディ王を、せめてそれだけを、夢見る男。

 かれ(トラヴィス=ルーパート)の夢は、すでに、コメディ王になりたいという夢だけに、一元化もしくは矮小化している。かれの夢は八年間の間にどんなにか擦り切れてしまったろうか。八年間の間にどんなにか磨滅してしまったろうか。復員兵士の詩はどんなにかその間に疲弊してしまったろうか。けんかの相手に対して本能的にマーシャル・アーツの型を身構えてしまうトラヴィスだったが。訓練された肉体も弛緩してしまった。
 名前も変わっ――ルーパート・パプキン(パチーノのファックと同じ位の回数、デニーロはその名を自己紹介として名乗った)――カボチャ男か? これがこのシンデレラ・ボーイの名前だ。こうしたヒーローを提出したスコセッシの屈折をこそ先ず受け止めねばなるまい。

 人はあるいは、デニーロのコメディヘの狂疾をもろに観て取ろうとするだろうか。そういえば、かれの最初期のロジャー・コーマン作品『血まみれ〈ブラディ〉ママ』の四人兄弟末弟のジャンキー役で、デニーロは、チャップリン・ウォークを数歩、歩いてそのまま倒れるという死に様を演じていたことではあった。
 だが今は、スコセッシの作品軌跡を辿ることにするほうがよかろう。
 例えば、デニーロにライザ・ミネリを配した『ニューヨーク・ニューヨーク』のような作品があるのだ。これには了解を絶するといういい方で対しておくほうがよいだろうか。かれのノスタルジアを許すまい、とはいうまい。――何だかややこしいか。
 スコセッシはそのようなナイーヴな作り手であることをも示したのである。その延長には『ラスト・ワルツ』がある。これは単なるコンサート映画であり、「ザ・バンド」とかれらの解散コンサートに集った人々を主人公とする映画であるともいえる。それは『ウッドストック』の助監督・編集を経験したかれにとって待望の音楽映画であるかもしれない。必ずしも作家の映画ではない、ともいえる。だが、これは明確に、スコセッシによる退役兵士の詩なのだ。それは明確なことである。

 ザ・バンド――ボブ・ディランのバック・バンドとして出発し、いつしかその通名よりも「ザ・バンド」と呼び慣わされる名誉を待ったグループ。かれらのリーダー、ロビー・ロバートソンは五十歳になってもロックを続けられるか? という疑問を解散理由に語っていた。そして、ツァーは人々を消耗させると強調して、オーティス・レディング、ジャニス・ジョプリン、ジミ・ヘンドリックスなどの名を例示した。その言葉をもってかれらは解散の自己弁護とする。これは明確に、退役兵士の詩であり、それ以外の何物でもないのだ。かれらはロックという戦場から退役してゆくだけなのである。

 『タクシー・ドライバー』から『キング・オブ・コメディ』まで、この二本――『ニューヨーク・ニューヨーク』『ラスト・ワルツ』――に加えて、あの『レイジング・ブル』がはさまっている。
 『タクシー・ドライバー』のラストの謎めいたニヤニヤ笑いと、『レイジング・ブル』のシャドウ・ボクシング(画面には室内のみが映り、フンフンという息と空気を切る音だけが残ってくる)とは、同様の終り方だった。
 たとえていえば、ロジャー・コーマン作品『ビッグ・ボス』で、ペン・キャザラのアル・カポネがシルベスター・スタローンの子分にのしあがられながらも、まだまだ自分は退役はしないぞと、目だけを光らせていたラスト・シーンにも酷似していたこともある。

 そして復員兵士は帰ってくるのである。『キング・オブ・コメディ』に。
 ルーパート・パプキンという名前で。
 この男の存り様はすこぶる滑稽であるが、コメディアンとしての才能に関しては全くのところ心もとないようである。映画会社の営業を生業とする(多分)が、自分はコメディアンの天分があると思い込み、憧れの大スター(これがジェリー・ルイスである)に熱狂的な売り込み作戦を展開する。妄想狂のかれの部屋には、等身大のライザ・ミネリ、ジェリー・ルイス及び沢山の観客たちのパネルが置いてある。かれの日課は、そこにくつろいで、パネルのかれらと対等の会話を楽しむことである。
 そこではかれは王様なのだ。芸人としての尊敬に恵まれた王様なのだ。しかしこれが客観的にはかれの一人言に過ぎないから、そこに母親の叱り声――ルーパート、いいかげんになさい! と。これが大変なマザー・コンプレックスの男。そのたびに、かれは哀願の表情になって、一声「マーム!」と叫び返す。俺の芸術をどうして理解しないのか、と。――これがかれのコメディ修行であり、日常の様態である。

 八年前のタクシー・ドライバーにはまがりなりにも孤独な肉体の修練があった。今、このカボチャ男には何かあるのか。夢、夢、である。かれの妄想は、喜劇王ジェリー・ルイスを誘拐して、その持ち番組を乗っ取る計画にまで拡ってゆく。
 そしてまんまと成功までしてしまうのである。「一夜だけのキングでもいい!」はこの映画の謳い文句でもあった。しかしこれにとどまらず、一夜だけのキングというアメリカ的成功は、かれが誘拐犯として何年かの服役を経ても、変わらぬ恒久的な成功に結果する。刑務所では自伝を執筆し、それがベストセラーを続けている間に出獄してきて、そのまま人気芸人の晴れ舞台にすべりこんでゆく。かれは妄想の中の人物と一体化することができたのである。

 これは果してハッピイ・エンドといえるものだろうか。
 あまりにもいじましい夢にとらわれた復員兵士が、あまりにもいじましい成功を得たにすぎないのではないか。かれに成功を与えるほうが、そのほうが、より苛酷な解答といえるのではないか。いやかれがその夢を獲ち得るか、それとも転落してしまうのかは、どうでもよいことではないか、すでに。
 ただ八年後の復員兵士の「夢と現実」がことほどさように救いようのないものであることを確認すれば充分である。そのようにスコセッシは、五〇年代の往年のスラップスティック・コメディアン、ジェリー・ルイスを起用することによって、ノスタルジアに傾きつつも、現在の課題の先鋭な水位に突き出てきた。

 それを見届け得たところで、アメリカ映画の最前線が大まか一望のもとに了解されることであろう。わたしに関していえば――。
 ルイスが一人ホテルの部屋に帰ってテレビを付けると、いきなりギャング役のリチャード・ウイドマークが現われる。ほんの一瞬だったので、あれが、『ノックは無用』の場面だったか、『拾った女』の場面だったか、いまだわたしは想い出せないでいる。それが心残りである。

 

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 心残りといえば、サム・ペキンパー『コンボイ』以来、八年ぶりに作った『バイオレント・サタデイ』を(原作も読んでいないし)見そこねている。『コンボイ』のあまりのくだらなさに、わたしはペキンパーとエンを切ったが、他ならぬ作者自身が実作とエンを切っていたとは、うかつにも知らなかったのだ。心残りがたまって、またの機会としよう。

「映画芸術」349号、1984年8月


一九八四年の情事OL [AtBL再録2]

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 ジョージ・オーウェルのアンチ・ユートピアにおける新語法ではないが、一九八四年、エロ映画の看板から「女高生」「女子大生」「OL」「団地妻」とうの女性職業名が消えた。だから、社会主義者オーウェルを論じることは人様にまかせて、わたしは、是非とも、情事OLの下半身地獄〈アンチ・ユートピア〉についてだけ、少なくとも一九八四年は、語って通過したいと考えるのだ。

 この国のエロ映画が自主規制の権力上位の一貫性において観客を抑圧し続けてきたことは自明なのだが、こうした環境(これはハスミ的用語法であろうか)においてすら、映画内自己表現を追い求める人たちの試行錯誤はあるし、それによってかろうじて今日のエロ映画の水準が支えられていることも、また自明なのだ。これは全く逆説的な、インテリゲンチャ好みに言えばジョージ・オーウェル的な、わたし好みに言えば情事OL的な事態なのである。
 今日、どんなに阿呆な観客でもエロ映画館に行けば女性の局部が見られるなどとは思わないわけだし、実際(その倍の金を出せば「実物」をおがめるばかりでなくジャンケンに勝ては「本番〈ソノモノ〉」まで出来るのだが)そこでは、当局が局部と指定する局部は見ることが出来ず、故にしたがって当局が指定しないところの「局部」ばかり目について、例えば朝吹ケイトがパンティを脱いだ(脱がされた)時のゴムのくいこんだ跡とか虫刺されの点々とか肌のぶつぶつとか、そーゆーものばかり見えて、哀しくも虚しく怒りに燃えてしまうようなエロ映画体験も、それすらも、風俗営業法改悪によるオールナイト興行廃止という方向で危機に瀕していたことは周知の事実だ。それが自主規制によって切り抜けられたこともまた周知の事実だ。
 そして、女高生だの女子大生だの情事OLだの、その語感だけにおいても発情勃起するエクリチュール(筆者が興奮しているわけではないが)が、差別用語ふうのやかましさで生賛の祭壇にのせられたことも、また周知の事実だ。

 じつに一九八四年だ。

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 たまたま、本年度、最も面白い映画を見せるだろうエロの作り手は二十台の人たちである。わたしがじつに乏しく見た限りでは、『虐待奴隷少女』の米田彰『神田川淫乱戦争』の黒沢清『女子大生・教師の前で』の水谷俊之などに代表される人々だ。
 わたしはほとんど舌をまきながらかれらの映像に向い合い、そしてほとんど複雑な感情にとらわれざるをえなかった。何故ならかれらの「イデオロギー」を確定することはできるだろうし、それはアカデミシャンのA某や作家のS某と何の違いもないのだ。自明に否定されるべき後続世代の世界がわたしの前に突き付けられてあり、しかし、……いや、つまりは、わたしは納得してしまったのである。
 かれらを、ポスト・モラトリアムの世代、と呼ぶこともできるだろう。
 水谷の『スキャンティドール・脱ぎたての香り』は、森田芳光の『ピンクカット・深く愛して太く愛して』程度の作品(つまり埋もれた秀作とも言うべきもの)であり、故にだから、かれが次に『家族ゲーム』の・よーな作品を作り、そして『ときめきに死す』タイプの一種信じ難い駄作(因みに水谷はこの映画の助監督でもあるのだ)で流行監督宣言などをぶちあげて、更に角川映画にでも進出するだろう位のことは瞬時に予想できるほどに納得してしまったのである。
 全くの映像主義者であるかれの迷宮は、『スキャンティドール・脱ぎたての香り』におびただしく登場する下着同様に極めて不安定にかれの映像と関わっている。それがもっと明快な方向を見い出すためには、あの映画の中の巨大なスキャンティ・アドバルーンさながら、ふわふわと浮薄に、ひたすら上昇志向にとらわれるしかないのかもしれない。

 かれらがどこにいるのか、どういう存在なのか。これ以上、わたしは、つまびらかにはすまい。ただ今日の青春の不条理な宙吊りのうめき声を、もっといえば、一九八四年の情事OLという不条理なセックスのアンチ・ユートピアの現認報告を、かれらには少しばかり期待できるだろうとは思っている。

 だめを押すようだが、水谷にことさらひかれるのは、これらの人々の中で、かれが最も駄目だからである。覗き部屋アルバイトの女子大生が、その仕事熱心がこうじて、遂にはその覗き部屋に住み込むようになるという強烈にシンボリックな逆説的物語(磯村一路脚本)が、『女子大生・教師の前で』の内容だった。
 裸を見られるという日常的性労働の一様態が、日常生活をまるごとそこに投企してしまう形で絶対化されるとき、それを追うエロ映画としての主要な表出は、映画表現の原点に勃起してくるような迷宮を観客に向って現前化させてくるのかもしれない。覗き部屋の覗かれる女の裸像に重ね合わされて、覗き部屋全体の透視がモンタージュされてくるシーンにおいてその表出は過激である。
 覗かれ女のセックスの虚しさ(性労働に限っての部分的なものではなくセックスそのものの存在感の稀薄さ)が、その透視画において、決定的に暴露されるのである。その過激さは観客の覗き見志向をも射呈するだろう。映画のもつまなざしの根底的な二律背反に水谷は行き当った。
 『女子大生・教師の前で』は、このように一種陶酔的な映像を突き付けてくる映画であり、それを語るにはあの痴呆的に嫉妬深い「ハス見的ロマネスク」の語法以外にふさわしいものはあるまいと思えるのだが、さしあたってそれを支持することは今日のA・A〈アサダ〉現象の一変奏に他ならないし、それ自体、エロ映画から上昇し、不条理な虚白から外れて流行に便乗することに結果するだろう。
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 ポスト・モラトリアムとは何か。この世代は何を用意してくるのか。
 わたしはかつて、ヒロヒト在位五十年に『批評の蹉跌――エロ映画にとって天皇制とは何か』を書いて、個別の闘い方とした。そして、エックス・デイ近付く一九八四年、やはり情事OLについて(また、エロ映画にとってユートピアとは何か、という形で再び天皇制とは何かについて)、語ることが、また個別の選択であるように思える。

「同時代批評」11号、1984年8月


情事OL1984 [AtBL再録2]

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 ジョージ・オーウェルの一九八四年でありますが、ジャーナリズムのオーウェル祭りよりも、権力が先手を取って、風俗営業法改悪に乗り出してきたような気がします。アンソニー・バージェスの『一九八五年』やG・K・チェスタトンの『新ナポレオン奇譚』などの、ユートピア小説の便乗については、べつだんどういうこともありませんが、管理統制の便乗はいかがなものでしょうか。オーウェルのアンチ・ユートピアの言語統制が他ならぬ本年度に実現されて、ポルノ映画界の自主規制から「女子大生」や「OL」などの言葉が消えてゆくとは想像だにしなかったです。おかげでニッカツなどはずいぷんと不入りになっておるそうじゃありませんか。
 『ブルータス』89号で岡留安則君が、フーエー法改悪反対のゲキをとばして、《断固として悦楽的都市生活の自由を守るゾ!》と呼びかけておりますが。

 ポルノ映画界に関しては自主規制してしまったのだから何とも致し方ございませんね。守るべき何物があるのか。大体がポルノポルノといいながら、オメコもオメコの毛も、見ない・見せない・見せられないの三段変態活用の世界なのですから、そういう局部同様にいくつかの用語が「発禁」になったからといって騒ぐほうが間違っているのかもしれませんな。
 どうも小生も、それかあらぬか、ずいぶん映画を見なくなりました。裏ビデオの世界に通じているはうが何かと人付き合いにも便利な様子なので……。
 エンツェンスベルガーの『意識産業』ではありませんが、そこらのいかがわしいニュージャーナリストなんかじゃなくて、本気に「射精産業」の多角的考察が必要とされているのではないですか。それどころか、オーウェルについてのおしゃべりで、すでに今がそのアンチ・ユートピアの一九八四年だと現認するものがありましたか。
 問題はフーエー法改悪という問題だけではないようです。局部および局部の毛ならびに局部的用語、というものがタブーになりました。ポルノ映画とは、現代において、全くそれらしからぬ題名ならびにそれらしからぬポスター・宣伝を使って、客を誘い込み、それらしからぬ隠し方を見せる、というそういう領域になったようです。つまり、情事OLなどという語を使わずして、情事OLの濡れたビラビラやふるえて口を開ける局部〈あそこ〉を妄想させねばならないのです。

 まさにジョージ・オーウェル的状況ですな。
 情事OL的状況です。

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 『週刊宝石』が「ピンク色のゲリラたち」として取り上げたように、しかし日本映画の新しい才能たちは、この領域からしか出てこないような気がしますが。
 『話の特集』(エーツ・何号か忘れてしまったな)では、蓮実重彦先生が、周防正行脚本監督『変態家族・兄貴の姉さん』を、例によって例の調子で激賞していましたな。この映画を見ずして人は本年度の映画に関して語る資格はいっさいない、ということでした。いや、映画全般について、だったかな。
 先生は何をいいたいのですか。エロ映画とローアングルの連関とか、日本的家屋の構図とはだかの肉体の共存とか、そういう瑣末なことなのですかね。

 これこれ不謹慎ですね。先生は、ロバート・ロッセンの『オール・ザ・キングス・メン』を何十年ぶりかで見るために、わざわざ下高井戸京王まで足を運ぶお方ですぞ。大体が、松田政男先生も加えて、この方たちの年間鑑賞本数におそれいりなさい。とても及びもつかないくせに偉そうなことを申すのは考えものです。
 そういえば、紅顔無知・厚顔無恥の者は、すべからく周防の映画を観る前に、先生御自身による小津安二郎論の御著書を読みかつ詳細に研究するべきだとも書いておられました。仲々謙虚な御提言であると拝受致しました。ところで低予算のピンク映画にこれだけの宣伝資金があったとは意外や意外です。
 これこれ……。この場合は、先生御自身が製作資金をお出しになったのではないかと考えるほうが適当なのではありませんか。
 いえ、クレジットを見落しましたが、まるきりあの方がお作りになったのでは……。
 余計に不謹慎ですよ。それにしても、あれは、あの脚本は、『オヅの記憶装置』でしたっけ、それとも『オヅの魔法使い』でしたっけ……。失礼、いや、忘れました。
 そういうことではあなたも先生から《地獄に堕ちろ》と罵しられるのがオチですな。しかし、別にあのような労作を読まぬでも、周防の作品が、小津映画のシミュレーション・ポルノだということは瞭然ではありませんか。麻生うさぎがパンツの上からフェラチオするところとか、大杉漣の笠智衆ものまねは面白かったですが、それ以外に何かありますか。
 大杉=笠が息子の嫁(風かほる=原節子、いや大分落ちますな)に向って、あんた今幸せかい?とたずねる川岸の場面とか……後景を電車がゆっくりと通り過ぎていきますな……、息子が家出してしまったあと、あんた遠慮することは何もないんだよ、と同じく父親が息子の嫁に語りかける屋内のシーンとか、まだまだいっぱいありますな。
R 何ですか。要するに小津名場面集のリメイクであるだけでしょう。少し猫背ぎみに放心の表情をつくれば、日本の父親の原像=笠が、ハイ、一丁上りになるだけじゃありませんか。映画的教養の問題なのですかね。もっとましなものはありませんか。

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 米田彰脚本監督『虐待奴隷少女』はいかがですか。
 まことに結構、蓮実先生ほどの筆力には恵まれませんが、恥かしながら推薦の辞に駄文を費してもよろしい。
 有楽町駅前の雑踏で主人公が、勤め人生活からポカンとドロップ・アウトしてしまう冒頭から、同じ場処に恋人を捨て去って逃亡してしまう終末まで、見事な青春映画であります。珍らしくも男優がそろっています。山路和弘、下元史郎、中根徹。三人ともよろしいのは、この種の映画としてはまさに出色です。要するに、シャブボケでセックス人形になってしまった少女(美野真琴)への「愛」をどういうふうに始末をつけるかという三人の男の選択の話だったと思うので、余計にそうです。女優に関しては、『セックスハンター・濡れた標的』で米兵に輪姦されて気の狂った後の伊佐山ひろ子を引き合いに出すのも酷かもしれませんが、もう一つという感想です。一等真剣だった男は、親友に彼女を押し付けて蒸発する。託された男は、何か責任を引き受けるように女と暮すけれど、最後は引き受けきれずに、雑踏の中に女を捨てて逃げる。彼女は一体だれに拾われるのかというところで幕引きになります。鮮烈です。

 倒立した春琴抄物語とでも申しましょうか。設定は彼女を弱い存在と捉えることによって状況の典型化をめざしているようでもあります。しかし女は捨てられても存外したたかに生きてゆくかもしれないという視点を捨象しているので、やはり、浦山桐郎の『私が・棄てた・女』的な男の側の映画にまとまってしまったようです。しかしそうであるなりに今日のピーターパン的青春の苦い閉塞に深く突き剌さっていると思えました。こうした状況映画としては、中村幻児が朝吹ケイトを使った二作『下半身症候群』『トルコの48時間』で、ソツない出来映えを示しています。これらをまとめてピーターパン青春ポルノ映画と呼べるでしょう。

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 『下半身症候群』は中根徹がよかったです。中根とかれの同棲相手朝吹、そしてかれのホモの愛人大杉漣の各々のからみがよかったです。かれは女相手には反応しない身体、しかし一人寝が淋しい女が裸で肌を合わせて側に寄り添ってくれないと安心して眠れないというので、仕方なく添い寝してやる。覗き部屋のアルバイトでいつもさらされている彼女の無色透明のような肉体が、かれの不能にふさわしいとでもいうように――。かれの夢は、居もしないニューヨークの愛人のもとに行って、一緒に暮すことです。折りにふれてかれが語る夢は、ぶらぶらと下半身産業で日々を過している日常の耐え難さに関わっているだけなのに、そこにこだわったかれは、現在の愛人に叩き殺されるのです。

 久方振りの幻児調青春映画であるようです。『トルコの48時間』も中根・朝吹のコンビで見せますね。ところで、今さら幻児でもあるまいというムキには……。

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 磯村一路脚本監督の『愛欲の日々・エクスタシー』など。見ず知らずの男女の行きずりの愛欲と別離、というかなり廃品回収的な設定を臆面もなく使って、美学だけを突き出そうとしていますな。たいへんに古風で、しかも、愛の不毛という紋切り型がどうも鼻につきますが、場面のつくりにだけは見るべきいくつかを記憶します。それと、磯村脚本、水谷俊之監督の『女子大生・教師の前で』は――。

 全くこれほど典型的なピーターパン映画はありますまい。覗き部屋で裸を見せるアルバイトの女子大生が、その労働の延長からついには、その覗き部屋に住み込むようになるという話です。裸を見られるという賃労働が自分の肉体を性欲対象から疎外してしまうところまで行くだろうという余断が、この前提にはあります。その意味でシンボリックに逆説的な話であるようですな。
 これも一種の倒立した春琴物語です。現代の佐助たちは、目をつぶすかわりに〈見る〉こと――視姦、見ることだけで欲望の昇華であるような――を選びますが、すでに物語の枠からは排除されて、ただ観客の中に像を結ぶしかないようです。もともと、「覗く-覗かれる」というセックス産業の一つの形が、そのまま、春琴抄の倒立なのではありませんか。ここにはセックスはあっても、オメコはありませぬ。
 ……いえ、水谷の映画の話でした。彼女の裸体は実体をなくしてしまうのです。アルバイトの時間の切り売りで虚ろに裸体をさらしている時だけ実体をなくすのではなく、もっと積極的に生活まるごと実体をなくしてしまうことが志向されるのです。
 下半身産業への従事がそのように疎外であるという現認以上に、その疎外こそが楽しいという逆説すら映画は語っているようなのです。彼女の裸体がレンズとなって、覗き部屋の全景が透視されるようなモンタージュを観るとき、そうした主張をききとらざるをえません。「虚ろに裸体をさらす」などという視点自体が、これはもうクラシックであるようですな。虚ろが楽しいのですよGS……ピース、ピース。
 ここまでくると何かこう、わたしのごとき虐待奴隷中年の了解範囲を越えます。……ところで浅田彰先生の御著書などには、こうしたスキゾ・ギャル生態論が、さぞかし鋭く分析されておるのでしょうな。

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 悲観することはありません。周防脚本水谷監督『スキャンティドール・脱ぎたての香り』の下着フェティシストおじさん上田耕一(間違っても「郎」をつけてはいけません、『赤旗』コワイゾ)の頑張り方をごらんなさい。一昨年の『キャバレー日記』から今年の『スチュワーデス・スキャンダル・獣のように抱きしめて』まで、あの彼のぐわんぶわり方を――。
 スキゾ・ギャル生態論はさておき、あの、それはそうと『神田川淫乱戦争』に、何やらおぞましい秀才マザコン受験生の役で出演したのは、あれはかのA・A〈アサダ〉先生ではなかったですか。
 どうもあなたは眼力まで鈍りましたか。浅田先生とは、だれあろう、あの永遠の映画少年、あのサヨナラオジサン淀川長治先生の生まれ変わりなのではありませんか。

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 『スキャンティドール・脱ぎたての香り』は頑固一徹の下着職人をやった大杉漣がよかったです。どうも今回は、作家の映画という切り込み方で、男優の話に終始してしまうのですかね。ことほどさように、只今、女優が枯渇している事態のようで……。これはスキゾ・ギャルの肉体の透明感(肉体をおおう布切れの透明感ではないですよ)に関係してくるのでしょうか。ビ二本ギャルのあの無機的にすきとおったオメコを一体どう考えるべきでしょうか。これは今日の『逃走論』の権威に是非とも御示唆願いたいことですな。

 止めておきなさい。サイナラ、サイナラといわれるのがオチです。
 どうも困りましたな。これでは映画批評にもなりません。蓮実先生ではありませんが、わたしも自分の著書の宣伝でもしたくなりました。
 ずばり、見せましょうよ、オメコを。いや……、でなかった、つまり、このテーマですな。ピーターパン・シンドローム下にあるポルノ映画の新しい才能だちと、情事OLの一九八四年の問題を、です。まとめましょう。

 ずばり、アンチ・ユートピアですよ。逃げるところなんかありません。逃げようとする意識の自由が確保されていること、これほどの統制はありますか。かつてありましたか。下半身地獄です。サオひとつ、アナひとつの……。えっ? 何の話かって? 勿論、情事OLの話です。一九八四年ですからね。不条理なのです。だから不条理から逃れようとする安心立命のイデオロギーの瀰漫が現状を制圧し、それが不愉快なのです。出口はありません。
 そうしたところに収まってしまうような映画がすでに不愉快なのです。水谷の作品は嫌いですが、『女子大生・教師の前で』がすでにその題名(それだけの)故に、再度の一般公開が無理だろうことには怒りを感じます。
 八つ当りをするわけではありませんが「『パルチザン伝説』出版弾圧事件」パンフレットを作製したグループ、わたしはあなたがたの誠意を疑いはしないが、目に見えた弾圧だけに反応するあなたがたの「誠意」に対しては一種の倨傲を感じざるをえない。ポルノ映画における局部および局部の毛ならびに局部用語と同様の目に見えない弾圧が進行しているのですから。

 じつに一九八四年ですね。
 そうです。
 ところで『スキャンティドール・脱ぎたての香り』はずいぷんと森田芳光の『ピンクカット・太く愛して深く愛して』に相似でしたね。細部がどういうことではなく、全体的なトーンが……。
 そういうことです。水谷にとって流行監督宣言まであと一歩なのです。さて来年あたりは、水谷、周防、米川、磯村たち「ユニット・ファイヴ」による角川映画をサカナに愚痴を垂れることになるでしょうかね。

「映画芸術」349号、1984年8月


寺山修司『さらば箱舟』 [AtBL再録1]

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 寺山修司にとって晩年は訪れたのだろうか。
 その死は余程に無念な途上の突然の断ち切られた墜落のようなものだったのではないか。
 遺作として発表された『さらば箱舟』のさしあたっての印象は、どうしてもその問いに私を運ぶ。

 ここには、かつての寺山の映像にみられためくるめく異化作用が変わらずあるであろうか。あるいは土俗的モダニズムの自己顕示が変わらずあるであろうか。
 たぶん晩年とは、こうした過去の栄光ある達成が、あらゆる小さな支流が一つの本流へと流れ込んで一堂に会するかのように、完熟した作品を実人生の終焉と交換に産み落とす、幸福な時期を指示するべきなのだろう。そうした時期を得ることなしに、かれは《不完全な死体》であることを止めた、と思われてならない。

  《売りにゆく柱時計がふいに鳴る横抱きにして枯野ゆくとき》

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 ……一体、この映画の出演者たちは、寺山の世界の何を共有して、映像の中に自己を定着したのか。いや、ことさら責を分散させるふうの断定はとるまい。寺山は、何故、その題名をほのめかすことすら原作者が許さなかった《ある作品》からインスピレーションを得てこの作品に向かったのか。そしてここで自己のエピゴーネンにとどまる他ない衰えに自らをさらしてどんな無念を想ったのか。いや、想わなかっかのか。
 百年の孤独はここでは単彩画である。
 それ自体の出来映えを美でる者のみが『さらば箱舟』に称賛の言葉を贈ることができる。
 早熟な病性でもってこの国の構造的地域差別の「百年」をえぐり出そうとした十代の歌人の多彩な「芸術的生涯」はこのように閉じられたからして、そこに幸福な統一体をみたい者のみが同様のことをできる。

 そうなのであるが、わたしは、この映画が奇妙な一種の沖縄映画であることにも気付かざるをえない。再び何故、かれはかれのインタナショナルな私性の劇の舞台を、具体的に、沖縄という風俗において指定することを選んだのだろうか。その問いは当惑と失望とを誘引する。何か、捏造された晩年という事態への感慨に捉われざるをえない。

  《挽歌たれか書きいん夜ぞレグホンの白が記憶を蹴ちらかすのみ》

 だから、寺山という資質にとってその射呈できる歴史観が、すべて「演劇的」なるものに空間化(記号化)されうるものだったことを、わたしは批判するべきだろうか。それはあまりにも空しい。
 歴史から学ぶことのなかった歴史批判者に対して、そのナルシズムを指摘してみても、うるところは何もあるまい。
 遺作という限定でのみこの映画に対さねばならない無残がわたしのうちに降りてくる。

「ミュージック・マガジン」1984年9月号


ヒル『ストリート・オブ・ファイヤー』 [AtBL再録1]

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 エニタイム、エニプレイス。永遠のロックン・ロール西部劇。
 子供のままでいられる人間は稀だが、青春という特権をすべて忘れ去ってしまえる人間も稀だ。
 これは今もっとも正統的なアメリカ映画である。
 映画の始まりは否応なく、その事を観る者に納得させてしまう。熱狂するロックン・ロール・ショーのステージに乱入した革ジャンとバイクの悪役たちがその女王をさらってゆく。街は蹂躙され、治安の警官たちはほとんど無力である。このかなり長いイントロにタイトルがゆっくり重ねられてくる。
 衆人の前で奪い取られてゆくロック・ヒロインを観せることによって映画は見事に観客と一体化してしまう。――流れ者がふらりと街に戻ってきて、むかし恋した女を救け出し、真情も告げずに去ってゆこうとする……。かれは、ほとんど定石通りのプロットに、身をゆだねていればよろしい。ロック・クィーン、ストリート・ギャング、ソルジャー・ボーイ。現代の西部劇にとってはこれで充分である。

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 気の合った相棒を連れて、かれが暴走族の拠点を襲撃して、あの愛する女を救出するという気高い騎士的ロマンの感情に満たされる場面が前半の山場となる。
 かれの標的がメカニカルな炎に包まれるシーンが、例えばジョン・カーペンターの『ニューヨークー1997』や石井聰亙の『爆烈都市』の、同種のアナーキーな暴力を凌駕していたかどうかは保証の限りではない。ただ、ウォルター・ヒルの作品は夜が素晴らしいのだ。いや、アンドルー・ラズロの撮影が素晴らしいのだ、といい直そうか。かれらの映像は、青春を決っして明けることのない真夜中の物語として謳い上げるのだ。かれらが組んだ『ウォリアーズ』とは、夜明けがくれば終ってしまう兇暴な世界を、「表現主義」とでも呼びたいような強烈さで見せてくれた映画たった。

 そして『ストリート・オブ・ファイヤー』、これは再び、終ることを拒否する夜のロック・オペラである。
 ここに印象される暴力青春は、スタンリー・キューブリックの『時計仕掛けのオレンジ』のような未来へのシニシズムでもないし、F・F・コッポラの『アウトサイダー』のような過去への気の抜けたノスタルジアでもないし、長谷部安春の『野良猫ロック・セックスハンター』のようなひたすらな現在へのこだわりでもない。強いて言えば、ジョージ・ミラーの『マッド・マックス2』に通じるような一種の夢魔の場所に観る者を連れ去る。

 パトカーやバスのクラシックさを始めとして風俗は、一見、五〇年代ふうにしつらえてあるけれど、鉄骨の高架下の道路をとらえる構図は、もっとさかのばったアメリカン・リアリズムの絵画(ジョン・スローンの「三丁目を通る六番街高架鉄道」を思い出す)で見憶えのあるものだ。
 これは、どこでもいい・いつでもいい背景をもった、ロック時代の西部劇なのだ。

「ミュージック・マガジン」1984年8月号


西ドイツ非過激派通信 [AtBL再録1]

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 『秋のドイツ』は一九七七年の西ドイツ(BRD)についての映画である。というよりも映画作家たちによる七七年BRD状況についての切迫したメッセージである。

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 この映画は熱いうちに見ておきたかった。
 七七年は、ニュー・ジャーマン・シネマの第一次紹介があった年であるとも記憶されるが、とりあえずそんなことはどうでもよい。

 七七年。今は遠く離れてしまった。その距離が観る者を無惨に取り残す。或いは距離に安穏として見ることを許容してしまう。

 あの年のクロニクルを提出しなければこのメッセージを受け取ることができない。
 前年五月、バーダー=マインホーフ・グルッペ(西ドイツ赤軍派)のウルリーケ・マインホーフが獄中で「自殺」。
 七七年四月、赤軍派裁判の総指揮者ジークフリート・ブーバック連邦検事総長、射殺される。七月、ドレスデン銀行頭取ユルゲン・ポント、射殺される。
 過激派狩りのキャンペーンが世論を呑み込む中、九月五日、西ドイツ経団連会長ハンス・シュライヤーが誘拐される。獄中赤軍派の釈放及び身代金千五百万ドルの要求。政府の対応は拒否的。
 十月十三日、ルフトハンザ機がハイジャックされ、要求が重ねられる。機はソマリアのモガディシュ空港に強行着陸。十八日未明、特殊部隊GSG9の奇襲によって赤軍派三名射殺一名逮捕、人質は「解放」される。
 事件解決の報道とほぼ重ねて、政府は、アンドレアス・バーダー、グードゥルーン・エンスリン、ヤン=カール・ラスペ、イルムガルド・メラーが獄中で「自殺」を謀り、メラーを除く三名が「死亡」したと発表。
 翌十九日、シュライヤーは遺体となって「発見」される。
 更に十一月、イングリト・シューベルトが獄中で「自殺」。
 同じ年のことで当然つながって想起されるが、日本赤軍日高コマンドが日航機をハイジャック、政府は超法規的措置で対応、獄中六名と身代金六百万ドルを奪還される。

 『西ドイツ「過激派」通信』の共著者は少し図式的にだが、あの国の市民的状況について次のように書いている。――《西ドイツ市民は、かつてユダヤ人や共産主義者を強制収容所へ送り込むことを黙認しつつ、対外的に強硬な姿勢で国民の鬱憤を晴らしてくれるヒトラーに拍手を送ったように、いま過激派と呼ばれる危険分子を法の裁きによらず消すことを黙認しつつ、シュミット首相の強硬姿勢に喝采を送っているのである。》
 それらがすでに冷く遠ざかってしまった。

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 映画はシュライヤーの国葬のドキュメントから始まる。かれが息子にあてた手紙のナレーションが重なってくる。BRDブルジョワジーの覚悟のほどは言葉によって了解される。そして九人の映画作家による「共同制作」オムニバス映画であるその中味をはさんで、結末は、バーダー、ラスペ、エンスリンの埋葬が数多くの拒絶にさらされつつ、やっと人民葬のように実現したそのドキュメントになる。勿論それは正当な意味でのとむらいであるよりも、過激派狩り出しの罠だったという視点によって提出されてくる。
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 こうした映画を作り得た共同性に称賛の念を押さえがたいとはいえ、大体の個別の作り手の状況把握の生まぬるさに苛立ちをおぼえた。名前を挙げれば、ハインリヒ・ベル脚本、フォルカー・シュレンドルフ監督のパート。最もかったるかった。ギリシャ悲劇『アンティゴネー』を素材にして七七年BRD状況を良心的に撃とうとしたテレビ局内労働者の試行錯誤を辿ることを通して、何とか七七年BRD状況を良心的に撃とうとした(人は容易にここでワイダの『大理石の男』を連想する筈だ)意図はわかるのだが。
 これは、シュレンドルフの共同者であるマルガレーテ・フォン・トロッ夕が『秋のドイツ』を創る過程で出会ったエンスリンの姉クリスチアーネのインパクトから『鉛の時代』のような強烈な作品を作ったことを先に見届けてしまっているからだろうか。

 わたしにとってはファスビンダーのパートが最も切実なものとして残ってしまった。「麻薬中毒」のために一昨年さっさと若死にしてしまったファスビンダーの、おおBRD、俺はこの状況をどうにもできない、どうにもできないのだ、のすすり泣きに、この映画すべてを通して、無様に取り残ってしまう。かれは、母親と議論し手痛くこの旧世代のファシズム待望的民主主義者に論破される優柔不断さ、テロリストは狩り出されるべきだしか意見のない同性の愛人をはり倒しつつも別れられない日常の耐え難さ、ジャンキーもまた警察に狩られるという「被害妄想」から抜けられないままコカインの魔力に引き戻されてゆく痛み、などをすべて裸にさらけ出しながら、このBRDを告発しているのだ。そう思った。
 ファスビンダーはこのパートでも、自分の、あの報われることのない愛の唄という得意のレパートリーだけを唄っているにすぎない。それはよくわかるのだけれど。

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 ある評家の言によれば「自殺するかわりの映画」を作り続けた男。三十六年の生涯に四十一本の映画、二本の連続テレビドラマ、二十八本の演劇、八本の主演映画を残した男。かれにとって表現するとは根本的な病弊であり同時に治療でもあったのだと言われる。
 かれを想うとき、わたしはロレンスによるポオの肖像を連想せざるをえない。――かれはどこまでも愛を求めながら死んでいった、愛がかれを殺したのである、と。ファスビンダーは死んだ。かれは愛の過剰あるいは欠如(どちらでも同じか!)に耐えることができずにその死を死んだ。

 すぐれて状況的な映画を、何年かの冷たい距離をおいて、その状況からは浮き上がった位置にあった作家のメロドラマなうめきに最もストレートにうたれるという位相で、しかも状況からは更に更に遠ざかっているかの居直りめいた自己判断において、受け取ってしまうということ。その耐え難さはまさに己れ自身の只今現在の耐え難さなのであるだろうけれども。

「詩と思想」26号、1984年7月


ブラームス『ドイツ・青ざめた母』 [AtBL再録1]

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 ヘルマ・サンダース・ブラームス脚本・監督の『ドイツ・青ざめた母』は、昨年「西ドイツ映画祭」の三日目に上映された。作者自身が来日し、上映のあいさつとして西ドイツの戦後と女性精神史について語り、またヘルツォーク、ヴェンダースを含めたシンポジウムでニュー・ジャーマン・シネマにおける女性作家の位置について注意を向けたことでも記憶される。

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 これは極めて正当的な女性映画である。平均的な一市民が、戦中・戦後を通過してこうむった精神的負債を、女性の立場において、正面から見すえた、という意味で――。

 これに先立って話題になった映画に『鉛の時代』がある。比較してみれば、マルガレーテ・フォン・トロッタの映画は、鉄の母たちによって生み出された子弟の戦後史に関わっていたわけであるが、ブラームスの視点はあくまで、母として戦争を通過した女性に重くすえられている。この正当性がしばしば紋切り型に収まってしまう辛さがあるのだけれど。
 何故そうであるのか。作者の視点が、母であることへの限りない讃歌に一貫すると共に、その母性を翻弄した歴史解釈に関してはある種の客観主義にとどまっているからだろう。
 ――戦争は男を人殺しにまきこむ、しかしそんな状況にあっても女は新しい人に生を与え続けるのだ、と。そうであるから、この作品が「変型母もの映画」として鑑賞されてしまうような事態は充分に危惧される。

 主演のエーファ・マッテスの存在感は畏怖に値した。確かにそうである。戦火のドイツを幼児を背負って彷徨する中盤のいくつかのシーンは忘れ難く見事である。母であること女であることの強さ哀しさがこの上ない自然さで画面に決定されてくる(この部分に、ミゾグチの例えば『雨月物語』からの引用を感知するスノビズムは慎もうではないか)。
 最も侵犯的だったのは、先立って、顔のクローズ・アップのみによってなされる出産シーンである。ただここで、苦痛と神聖を告知する表情に重なって、空襲のフィルムがカットバックされるという全く折り目正しい技法を作者が使っているので、かえって場面(戦火のさなかの出産)の効果は底が浅いものに結果したと惜しまれる。

 作者がこの(自伝的であることを隠さない)作品で、旧世代に対する決着を、もしつけ得たのなら、更なる作品で、自らの戦後史を、紋切り型におちいることなく、切開してくることを期待しよう。

「ミュージック・マガジン」1984年7月号


土本典昭『海盗り』 [AtBL再録1]

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 開巻、下北の小正月。酒宴である。うまそうなおでんが煮込まれている。
 こうした場面から入ってくる映画に、わたしは、久し振りの旧友との再会のように土本典昭の映像世界に出会う、あるなつかしさをおぼえた。だが映画はそんな感慨からはひどく遠いところまで観る者を運んでゆく。見終って数日、おかしな悪夢に捉われた。――日本列島が下北半島に呑み込まれてゆく。肥大した下北半島と壊疸を起こしたようにボロボロに崩れて消失してゆく列島のその他の部分。

 原子力基地へと再編されてゆく下北のドキュメントとしては、これは、まだ序章を形作るのみだろう。これはまだ入り口である。そういう気がした。「日本の中の第三世界」と作者が規定する下北の人々は、まだまだ記録されることを欲して、生き暮しているだろう。かれらと出会わねばならない。そういう予感がした。またしても観客は、土本という作家のまなざしを通して、「下北元年」に立会わされてしまったのではないか。
 かつて水俣三部作(及び医学篇三部作)によって、「水俣元年」を指示されたように――。

 下北は今、「ウラン濃縮、核再処理工場、廃棄物貯蔵という[三点セット]の核燃料サイクル基地」化の危機にさらされている。しかし、必ずしも反対運動がある処に、カメラが持ち込まれたのではなかった。むしろ映画完成が運動の一要素を形成しているような印象ももった。だからこそなお、「下北元年」の主張が響いてくるようである。
 これに先立って、『無辜なる海』『水俣の甘夏』と、非土本作品である「水俣映画」を見る機会があった。そしてそこで、何年間計画かの壮大な水俣叙事詩が予告されたことでもある。
 しかしまた当然に、原発半島化へのこだわりの執着は、次なる「下北もの」を、用意せずにはおかないだろう。水俣の海と下北の海は、その時、どんなふうにつながってくるのか。つきない興味と戦慄ではある。

 映画は、豊漁のシーンで、いったんは終えられる。わたしはここで、鮭が木槌で一匹一匹撲殺(屠殺を連想させるような残酷さだった)される様子を、初めてみた。それへの少なからぬ驚きと一種暗澹たる興奮とに、ひかれるうちに、『海盗り』は終る。

「ミュージック・マガジン」1984年6月号


シャフナザーロフ「ジャズメン」 [AtBL再録1]

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 さらばオデッサ愚連隊、という気分で期待して見に行った。
 ソヴィエト映画の新しい才能によるジャズ映画。監督シャフナザーロフは、わが日本映画界でいえば、森田芳光や水谷俊之や上垣保朗ら、あっというまに脚光を浴びて第一線にのしあがり(あるいはその途上で)、流行監督宣言をぶちあげたり、そのとたんに驚異の低迷を示したり、とにかく話題に事欠かない一群の「シネマ・モラトリアム派」と同年代に属する。いわば映画が絶対であるという環境で育った世代。そして国内的には、官立の映画大学に学ぶ中から傑出してきたという条件をもって、タルコフスキイ、ミハルコフ、故シュクシーン、に続く才能であるわけだ。

 映画は、一九二〇年代後半の「国際都市」オデッサ、一人のジャズ青年が帝国主義の手先として追放されながらも、自己の夢に賭けるところから始まる。すでにレーニン、トロツキーなく、スターリン主導の一国社会主義路線に整理されてきている時期だが、それは、ソヴィエト・ジャズの先駆者たることの栄光と悲惨のドラマにふさわしいものであるかもしれない。そして「革命の辺境」であるオデッサにおいて「辺境の反革命音楽」に捉われてしまった若者のピカレスクな反抗物語の展開が期待された。しかし結果は、ダイナミックな素材をソフトで無難なお話にまとめあげる才能の管見に終ったようである。

 なるほど主人公がグループを結成するまでの前半部には、いくらかの躍動が感じられないではない。しかし後半に移って、かれらクァルテットがモスクワでの成功を追うようになってからは、映画は、整合された一本線のサクセス・ストーリーに収まってゆくようだった。
 障害は様々のタイプの音楽官僚から発せられてくるが、根幹は一国社会主義の「世
界政策」がこの混沌たる表現形態を認知するかどうかである。作者が前半部にみられた反抗にもう少しテーマの力点を与えていたなら、映画はこの歴史的な文化のダイナミズムを引き入れることができていただろう。

 しかしシャフナザーロフの欲求は、全体を軽妙なコミック仕立てにまとめることにあったようだ。軽妙という点では、見終って少し苦しいが、顕わになるべき問題意識が回避されたという点ではうまくいっている。まことに優等生的な作品なのである。
 それは学校を出なければ映画をつくれないという体制の問題であるだろうけれど、それにしてもタルコフスキイもミハルコフも、すでにあんまりにも面白くないのだな。

「ミュージック・マガジン」1984年5月号


じやぱゆきさんはどこに? [AtBL再録2]

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 現在、日帝本国に流入してくる東南アジアからの性産業従事者(女性)は、二万とも六万とも数えられる。その不確定な数量の幅において大きな層を形作っている。ことが告発主義のみで片付かないことは、新宿歌舞伎町あたりを弛緩した表情でうろついていた男が、少なからず「お前は日本人か」の問いに更なるとまどいを経験する事例からも明らかだろう。
 「売春女性」の流入と同時に、「観光売春」団ツアーの流入もすでに経済大国ニッポン副都心の夜の見慣れた光景なのである。誰が流入するファック・フリークスを嘲笑えようか。露骨に、ソウル、マカオ、バンコクに目をぎらつかせて円をきる自分たちの似姿が、この新宿裏通り〈メインストリート〉を徘徊しているのだから、まだしも自国の女たちを流出させていない「幸福」を今一度かみしめてみるほうが良いというものだろう。

 ボードレールの詩句は一世紀の後、このゆがんだ列島の中枢で、更にどぎつくよみがえる必要がある。神秘な未知の女との出会いがもたらす衝撃は、とベンヤミンはいっている、存在全体にわたってエロスに恵まれた人間の至福であるよりも、絶望的に救い難い人間を襲う性的な錯乱である、と。

 メトロプロムナードの雑踏を折れ、サブナードの消費街でナンパした女が、ブランド商品に目を輝かせ、それはあのほうもじつに好きだったにもかかわらず、じつは最もセックスから疎外されてついさっきまでノゾキ喫茶の小部屋でオメコをおっびろげて覗かれていたのであり、カタコトの日本語と英語でしか会話をできないとしたら、これはきみ、一体どういう経験なのだと思いますか。わたしがこのような日常体験をする(可能性をもつ)男であることは、一応この文章の前提事項である。

 山谷哲夫の『じゃぱゆきさん――東南アジアからの出稼ぎ娼婦たち』(一九八三年)はこうした流入女性に焦点をあてた。この短いドキュメント・フィルムは、最初に歌舞伎町、そして沖縄コザヘと飛んで彼女らの実態を捉えようと試みている。ただ捉えきれない、潜入しきれない、そういうところにとどまっているのだが。

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 結論を先にいおう。
 いつかれは自身の脳天気なデバガメ性に気付くのだろう、と苛立ちながらわたしは、山谷の作品の大半を追い続けてきた。『きょむ・ぬっく・あいん――タイ・カンボジア国境から』(一九八〇年)、『バンコク観光売春――買われる側の生活とその意見』(一九八二年)から直接つながり、沢山の女性たちが日本帝国に流出しているようだと知る認識のみちすじは大まかに了解する。
 わたしの評価はここで止まる。止まらざるをえないのだ。作品を通していやほど感得できる山谷という作家のおそろしく鈍感な楽天性に出会って――。

 「じゃぱゆきさん」の実態は、現在、現場的に潜入してフィルムを回すことが可能なほど開放的な情況ではあるまい。そうしたことは極く日常的な常識の範囲で知れることだろう。体験的にはたまさか遭遇することではあっても、それを映画という形態で定着しえるものだろうか。ここにドキュメントという行為の根抵的な設問がある。
 不可能ではあっても、おのれの領域と問題関心とに引き寄せてくることは至上である他ない。この二律背反を完全に生きてみせることなしに優れたドキュメンタリー・フィルムは出て来ることがないだろう。
 わたしが山谷をデバガメと断定するのはこうした観点においてである。
 かれが今追っている「出稼ぎ売春」労働-戦後篇という素材に対して一定の敬意があることは否定しないにしても、である。
 戦後篇に対応する前作『沖縄のハルモニ・証言従軍慰安婦』(一九七九年)も確かにかれの一貫性として捉えられるものである。しかしながら、山谷に決定的に欠けているのは、そうした一貫性を充填しきるだけの自分の視点である。

 ドキュメンタリー過程において、作家は対象とではなく本当は自己自身と向き合わねばならない、という月並みな論点をここでも導入せざるをえないようだ。「捉えようとして求める←→拒絶される」という回路が全く埋まってゆかないままだとすれば、作家の側には次の三つの方法しかない。
 一、求め続けることにおいて作品を断念する。
 二、問題意識を稀薄化するという不徹底な求め方において不徹底な拒絶を受け、それがソフトな受け入れられ方だと誤解しかつ満足する。
 三、求めることを断念して対象との了解可能事項だけで当初のアプローチを代用する。

 これらの方法を通過して作家ははたして変わるのだろうか。
 変わらない、変わりえないのだ、とわたしは思う。一方に、小川伸介、もう一方に、土本典昭という七〇年代を疾走したドキュメンタリー・フィルム作家の達成と変貌を視野に入れ、変わらないとは一体どういうことなのか。
 ここで皮肉にいえば、山谷の稀少価値があるに違いない。山谷という「作家」は本当に変わらないのだ。『バンコク観光売春』における――「日本人はいくらくれる」「日本人何人を相手にした」「家族たちは貴女の仕事を知っているのか」「結婚したいか」「今何になりたい、何をやりたい」――などの愚問が、耐えがたい恥しさと共に想い出される。
 この映画にも「娼婦たち」が美しく距離を喪うといった得がたいシーンがいくつかないわけではない。それは率直に作家と彼女らの関係の具象化なのだ。しかし帝国
主義そのものですらある愚問の位置するところは変わらない。変わりようがない。
 結果的に沈黙を選んでいないから、山谷の作品のほとんどは、先述の項目二に分類できるわけなのだ。
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 しかし更に、わたしは、山谷の最初の作品『生きる――沖縄渡嘉敷島集団自決から25年』(一九七〇年)を問題にして、この男の徹底的な限界を指摘しておきたい。
 テーマをもって沖縄にとんだ作り手は、生き残りの人たちのことごとくの拒絶に出会う。これは全く当然で正当なことなのだが、ここから何を引き出してくるかがドキュメンタリストのしぶとさというべきだろう。
 しかし山谷がこの作品でやったことは次の二点である。
 一点、自己のテーマをいとも簡単に断念した――集団自決という歴史的事件はすでに闇の領域であって踏み込めないとあきらめる、そしてその替わりに、過酷な歴史を生き延びてなおしぶとい大衆の原像を持ち出して、ああなんと〈生きる〉ことは素晴らしいのかという俗呆けの生命讃歌に横すべりした。
 二点、それらのドキュメンタリー作家としての本質的な屈折転向をその重大さの自覚なしに無邪気に一作品の中に定着させた。
 つまり、対象の血ぬられた過去については踏み込むことができない、しかし何はともあれここにこんなに素晴らしく〈生きている〉人々がいるこれはすごいではないか、というテーマ放棄の過程が作品の別側面を作ったのだ、これでは全く私ドキュメンタリーでしかない。

 何故わざわざ戦時中に起した集団自決事件で知られる島まで出かけてまで、生キルッテスバラシイを報告せねばならないのか、この問いは最後まで宙に浮いたままだ。
 いったん人々の過去に土足で踏み込んでしまった人間、踏み込もうとした人間が、こうした安逸な帰着に自足して恥じないことは不思議だった。しかし山谷という作家の方法論は第一作でこのように基本的に決定してしまったのである。
 テーマの追求を稀薄化したりまた断念しつつもフィルムをとる行為は止めずに、表層の反応をかすめ取って対象を捉えることの代用と換える、そうした回路が山谷の作品にはすっかり定着してしまった。
 素材的な局面から言えば、山谷哲夫は稀有であるし、お座なりに更なる持続を要求してゆきたいわけだ。しかしかれの方法論が転換されない限り、かれの「テキスト」が犯罪的にしか結果しないこともまたあまりにも明らかなのだ。

「同時代批評」10号、1984年4月


矢作俊彦『AGAIN』 [AtBL再録1]

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 予想はついていたことだが、矢作(俊彦)節に付き合わされた結果だった。
 もちろん見ることを期待したしそれが的中したところの渡り鳥シリーズや『霧笛が俺を呼んでいる』の別れ波止場のラスト・シーンから、かなりの部分を抜粋されていた舛田利雄作品『泥だらけの純情』や『赤いハンカチ』そしてとりわけ『紅の流れ星』――あの『望郷』と『勝手にしやがれ』を勝手気ままに引用した快作――まで、そして浅丘ルリ子を中心に配されたかつての(大根と呼ぶ他はない)アクション・スターたちの活躍を通して、観客が立ち会わされていたのは、やはり矢作の『死ぬには手頃な日』に代表されるようなノスタルジック・ロマンチシズムの作品世界だったことである。

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 矢作と共通に、日活無国籍アクションを糧として育った年代の者にとっては、また別の忘れ得ないシーンやセリフがまだまだ幾つも湧き出して来る筈だが、ここに提出された矢作版アンソロジーに対してわだかまる不満はいかんともしがたいにしても、それを言い立てることも公平を欠くような気分になる。
 というのも、例えば『オキナワの少年』という一種の告発映画を例にとってみても、そこで一等感動的だった『ギターを持った渡り鳥』を見終った少年時代の主人公が小林旭の身振りで映画館から出て来るシーンに思わず涙を落してしまう体験とか、一昔前にシネマ・フリークの間で流行した予告篇(ばかりの連続上映)大会に病みつきに陶酔してしまった体験とかが、『アゲイン』のモチーフになっていることは疑うべくもないにしても、そこに決定版名場面選集の類いを夢想するのは少しばかり無理なのかもしれない。
 おそらく人の数だけ選択は存在するだろうから。


 人はまた、浅草や新世界や新開地の小屋であの映画たちの現物に出会う機会ももつわけだし、更には追憶の彼方にすでに神格化されてしまっている極く私的な名場面を抱き続けることもできるのである。そして《あの頃は悪夢でさえバラの花の臭いがした》《女たちはとびきり美しく男たちはめっぼう強かった》し、とにもかくにも、映画は映画だったのだ。
 別れ波出場は涙にけぶっても一時代は過ぎ去ってしまったことであるし、一度すでに口にしたさよならの苦しくやるせない味を、もう一度リピートすることが『アゲイン』の意味であるのだろうけれど――。

「ミュージック・マガジン」1984年4月号


はじまりのないおわり・もしくは映画大通り〈ブールヴァール〉からのパッション [AtBL再録1]

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 むかしの愛だった。
 ゴダールの『パッション』はかれ自身による次の数語に要約できる。

 《映画への愛とはユダヤ人たちにとっての約束の大地への愛のような何かだ。それだけだ。ぼくがいいたい唯一のことは、偉大な映画をもてなくなってから、どの国もとてもうまく行ってることだ。エルサルバドルやポーランドのことを考えるとつらくなる。》
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 『パッション』は映画への愛が幾重もの屈折を通して、刹那になお輝いてくるような痕跡である。テキストであるといい直そうか。

 どこまでもゴダールだ。

 愛とは渇望の謂に他ならない。映画への渇望……。
 それはまた格別に観客たちを捉えて放さないネガティヴなパッションでもある。
 どこまでもゴダールなその途は、必ず、「最低だ!」という自嘲に終る他ない途だ。
 涙などは見せない。まさに「最低」なのだから。終り……始まりのない唐突な終り。

 それが一九六〇年代の黄昏時、わたしらが大学内バリケードという名付けようもない空間において選び観て取ったゴダールに見透すことの出来なかったものだ。
 あるいは、もちろん、見透せていたのかもしれない。
 何年か後に、ぶちのめされるような仕方で了解するという形ではあっても……。
 そのようにゴダールは時代の一つのコード・ネームではあった。そこにとらわれていたのだった。

 何がそんなふうに直接の親近性だったのだろうか。
 徹頭徹尾、間接符の中のゴダールの世界。引用符の中に宙吊りになって表出されるゴダールの世界の身悶え。解体意志。
 映画をこわすことによってそれへの愛を誓おうとしたあまりにも誠実なゴダール。どういう熱狂にあの頃は包まれていたのだろうか。

 新作『パッション』を支えるパッションは、やはり、引用符である。ここで観客は近世絵画の巨匠たちに付き合わされるはめになる。
 ゴヤ、ルーベンス、レンブラントたちである。かれらのマスターピースが映画の中で模造されるのであり、おまけにモーツァルトの音楽までが併走させられる。
 これはこれで壮大な夢とも云うべきだろうか。
 これ自体を取り出していえば、ゴダールはハリウッド式の映画内映画――ジョン・シュレジンジャーの『いなごの日』やエリア・カザンの『ラスト・タイクーン』が記憶に新しい、むしろ業界内幕映画――の大仰な空虚さに近付いたと思える。

 だがどこまでもゴダールなこの途は、次のような出自をもっていたことを忘れてはならない。

 《映画への愛が手から足にうつり、映画をつくる前に映画を見たことがヌーヴェル・ヴァーグの唯一の運動だ。世界を見るより、映画を観た。……。ぼくたちの間でシネマテークに行くのと、映画をつくることの間に全くちがいはなかった。》

 ゴダールが属する映画大陸の大通り〈ブールヴァール〉は「世界」そのものなのだ。

 ところで、『パッション』は明瞭な枠組みとしては、映画をつくることについての映画なのである。ゴダールは、映画をつくることに苦闘する同行者たちを、きわめて強引に、そしてきわめて苦渋にみちて、自作の中にひきこんでみせた。ポーランドの「抵抗派」やニュー・ジャーマン・シネマの作家たちは、ゴダールによれば、ヨーロッパ映画共同体の大通りに属する同志だちなのだ。

 『大理石の男』『鉄の男』のヒーロー、イェージー・ラジォヴィッチを通してアンジェイ・ワイダが、『マリア・ブラウンの結婚』のヒロイン、ハンナ・シグラを通してライナー・ファスビンダーが、ゴダール映画の人物となるかのように。
 狡猾に仕組まれたこれは映画という世界の骨格なのである。
 これが解けなくても映画には感応できるが、そこには作家が不在であることも否定できないのだ。
 ゴダール、まだ現役だ。

 その意味で、『パッション』は、同じ映画をつくることについての映画であるヴィム・ヴェンダース『ことの次第』の静謐な内省性とは対照的に、小うるさい。
 小うるさい限りだ。
 「難解・非商業」映画を思い通りつくろうとする作家が資本と衝突する局面をテーマに付随させている二つの映画で、ヴェンダースの指標がアメリカに向けられているのに対して、ゴダールはアメリカには向かず――かれらの映画大陸におけるハリウッド映画という傾向性の歴史と地政を理解する必要がある――どちらかといえば、ポーランドのほうなのか、すでに「連帯」ではなく、半端に思い屈している。
 ポーランドのことを考えるとつらくなる、という想いは伝わってきはするのだが。

 『パッション』におけるアメリカは、次のように扱われるにすぎない。
 緊張にみちた争闘のあげく解雇された監督(ラジォヴィッチ)に、後日、アメリカから買い手がついたとの報が入る。
 友人は叫ぶ、スタンバークの光、ボリス・カーロフの光、と。
 亡命者たちのハリウッド、である。それをポーランド出身の監督は敢然と拒否する。
 『ことの次第』の主人公は、より作者の内面を移入された人物として、最初からアメリカ資本による映画製作を進行中――フリッツ・ラングヘのオマージュの激しさ!――なのだが、ゴダールは自分の映画における監督役をより混沌としたつらさの中に落とし込んでいる。『鉄の男』のヒーロー役者はこの映画においてはまことに精彩を欠くつまらない役柄でしか現われない。
 かれが映画の中で何を選び取るのかあまり明瞭ではなく、ゴダールもそれを突き放してしまっているようでもある。

 かれは相い変わらず映画から遁走することにおいて映画をつくっている。
 遁走? そうではなかったかもしれないが。

 映画の中の映画隊は解散される。かれらがどこへ行くのかゴダールは語ることを韜晦している。
 語らないのではなく、語れないからそのことだけを呈示するという具合に――。

 つらくなるから語れない。
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 映画大通り〈ブールヴァール〉の愛とは惜別のそれに等しい。
 刹那に輝いてくるパッションがそれ故に胸をかきむしるようにせつない。
 これが今なお「最低だ!」と自ら目を閉じる破局でなくて何だろうと思いつつ、またしても……。

  引用は「パロールヘの道――ゴダール・インタビュー」梅本洋一訳『イメージフォーラム』一九八三年十二月号より)

「詩と思想」25号 1984年3月

日本映画の一九八三年をふリ返える [AtBL再録2]

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 一九八三年夏、観客が映画館に戻ってきた。戻ってきた観客たちと映画との距離はわたしには視えない。視えないところでわたしはわたしの映画について語ってきた。

 映画館の暗闇を埋め尽した若い世代の観客たちが観たものをわたしは観ていないだろう。層としてのかれらの片言のメッセージは、闇の中に、あるいはスクリーンの中に(どちらでも同じか?)吸い込まれてゆく他ないのだろうか。確かに、『南極物語』『時をかける少女』『探偵物語』『プリメリアの伝説』などの満員夏休み映画の館内からは、こうした奇妙にスリリングな断絶が感得できた。これは、断るまでもあるまいが、映画作品自体にあるダイナミズムとは別のものだ。
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 同様の興奮は『戦場のメリークリスマス』の会場にもあった。ここで象徴的なことなのだが、大島渚は自作の擁護を、映画をまるごと受け入れて感応した観客である十七歳の少女による作品評で代行しようとした。
 自作への酷評に対置して少女さまは神様ですを展開する実作者の倨傲を、ここは論評する場ではないだろう。意図はどうであれ、大島は、端的にいって、映画批評不毛の現在を撃つことだけはした、のだとわたしは受け止める。
 そうである。不毛の不毛なる不毛のゴミ山なす映画評論は、本年も、観客たちとは無縁の一方通行路に発信し続けている。これらの言説とは一体何であるのか。

 例えば、一九八三年、この首都は、伝統から根こそぎにされた特異な西ドイツ映画作家たち、奇怪に権力意志を密通させた作品の作り手であるヴェルナー・ヘルツォークや折り目正しい映画青年ヴィム・ヴェンダースを迎え、そして帰ってきたゴダールをその新作と共に(本人の来日は中止に終ったが)迎えた。このドイツ映画祭の盛況さもまた記憶に新しい。観客たちはここで、小津安二郎を師とあおぐ永遠の映画青年風ヴェンダースや血に飢えたゲルマン・ファシストの「気狂いヘルツォーク」や「映画中毒」の夭逝者ライナー・ファスビンダーに、唐突に出会うことになる。
 いきなりに、である。

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 このことは輸出振興会作家と成り抜けてしまった大島や今村昌平の映画の通用の仕方とどう関わるのだろうか。ニュー・ジャーマン・シネマの自己規定を要約すれば、外国でより多くの観客をもってしまうことの当惑、ということであった。これが一部の日本映画状況と相関わっていないはずがないのであるが。

 それらを横断的に切り裂く言葉はないのか。依然として映画評論とは低迷と意志薄弱と自己満足との永久時計に閉じ込められた一つの通過儀礼で慎ましくも在り続けるようだ。
 わたしの関心は、映画を見続けると同時に、《すぐれた対立者はいないか……敵になにかをあたえうるすぐれた対立者》はいないかの呪文のように、少しは読むに耐えうる映画批評を捜すことにもあった。例えばヴェンダース論を書いて、《映画であることの甘美な残酷さ》と、かれ自身の仰々しいトートロジーの十枚舌を飾る題目をつくってみせて、作品論へとたてこもる某教授の方法がある。わたしはむしろ賞めているのであって、毎年の行事に映画言説ベスト・テンがもしあったら一票投じようと思っていただけなのだ。

 そして一方に、メジャー映画の一角に、作品活動を開始してから比較的早く上昇する機会に恵まれる、三十代の新人(そう呼ぶにふさわしくないかもしれない)たちがいる。かれらはマイナーからメジャーヘの弁証法に素早く立ち合わされて、何を、かれら自身の世界として選ぶのか。
 映画批評はそこで立ち止まり、やがてはがーかれらを相手にすることでさしあたっての問題を一段落させようとする。『魚影の群れ』『家族ゲーム』『探偵物語』などが対象に浮んでくる。
 更に批評は、目配りの良さを誇って、マイナーから新人として登場したり、マイナーそのものでやり続けたりする作り手にまで及び、『神田川淫乱戦争』『アイコ・十六歳』などが、話題に載せられる筈である。

 それにしても、映画から映画への路地裏から大通りに突き抜ける途はあるのだろうか。今日の映画状況は、巨匠たちの外国志向、中堅たちの低落もしくは沈黙、ここ数年の新人たちの急速な中堅化、というような脱速現象としていっそうすさまじい様相を呈している。
 すさまじさの原初的な力は今日の観客である。今日の観客は明日の作り手であるだろう。明日の作り手であるだろうかれらはどんな大通りに出てゆくのだろうか。そしてかれらは困難な批評の時代をどう血肉化してゆくのか、それがさしあたっての結論めいた感想である。

「ミュージック・マガジン」1984年2月号


一九八三年度ベストテン&ワーストテン [AtBL再録2]

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悲恋映画のミーハー
〈外国映画ベストテン〉
鉛の時代(マルガレーテ・フォン・トロッタ) 
ことの次第(ヴィム・ヴェンダース) 
アギーレ・神の怒り(ヴェルナー・ヘルツォーク) 
パッション(ジャン・リュック・ゴダール) 
ジプシーは空に消える(エミーリ・ロチャヌー)
戦いの後の風景(アンジェイ・ワイダ) 
猟人日記「狼」(ロマン・バラヤン) 
天国の日々(テレンス・マリック)
スタフ王の野蛮な狩り(ワレーリー・ルビンチク) 
族譜(林権沢〈イム・グォンテク〉)

 〈ワースト〉
フィッツカラルド(ヘルツォーク)

 選んでみて気付くのは、大方がドイツ=ソビエト圏の映画となったことである。
 相いも変わらず悲恋映画に胸を開いてしまうミーハーぶりだ。
 『ジプシーは空に消える』などそのピュアな形態にまいってしまった次第だ。この点『戦いの後の風景』のような状況性の暗鬱な悲劇よりも、純粋培養されたふうの悲劇にからきし弱かった。それともこれはわたし自身の将来を予見的に投影させるような見方に引きずられてのことなのか。すでに選考理由の述べ方としては過剰にパーソナルであるが、何事かをコメントしたかった映画――『鉛の時代』『ことの次第』『アギーレ・神の怒り』『パッション』――については他の場所に書いてしまった。
 で更に映画ハジカキ評論スタイルで続けるが、わたしとしては、ジプシーの男女による変型的な心中物語に涙したことは、わたしの中にいまだこうしたエロスのくすぶりが残っていたという意味で意外な事態ですらあったのだ。
 逆かもしれない。
 《なぜ一気にものものしく年を取ってしまうことができないのか》という花田清輝の焦燥はいつもわたしのものでもある。じつにその通りなのだ。ただガキのように映画を見漁って、名前にふさわしくいつもガツガツしているだけなのだ。
 『族譜』だけは家庭内のテレビ受信機で見た。

 ワーストの『フィッツカラルド』については『アギーレ』ともども『日本読書新聞』一九八三年六月十三日号「気狂いヘルツォーク」(本書所収)に書いた。要するに侵略者の居直りスペクタクル映画なのだ。


今村昌平と大島渚
〈日本映画ベストテン〉
ションベン・ライダー(相米慎二) 
十階のモスキート(崔洋一) 
丑三つの村(田中登) 
暗室(浦山桐郎) 
キャリアガール・乱熟(和泉聖二) 
薔薇の館・男たちのパッション(東郷健) 
神田川淫乱戦争(黒沢清) 
少女暴行事件・赤い靴(上垣保則) 
オキナワの少年(新城卓)
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 〈ワースト〉
戦場のメリークリスマス(大島渚)

 巨匠たちは映画大陸の公認をかっぱらうために昇天してゆくがよいのだ。世界性の後光に輝いて帰還する作家たちの到達をわたしはむしろ歓迎する。しかしかれらにはこの在日に再び現役として戻る場所がないというだけのことだ。
 つまり今村昌平が『楢山節考』で描いたのは、自分自身の引退宣言であるに他ならない。かれが、巨匠たちの楢山であるところのカンヌ映画祭で賞を取ってしまったことで、この隠画は見事に完成した。かれと賞を争った『戦場のメリークリスマス』の作家にしても事は全く同等だ。わたしはかれらに対して、映画のセリフを借りて《お山参りはつろうござんすが、ご苦労さんでござんす》という以外の言葉をもたない。

 「戦・メリ』はメリメリだ。従来の大島作品に根気よく付き合ってきた者は当然にこれを支持するだろうが、一方、これを境に大島から離れる者もいるかもしれない。そして今まで異和感をもちながらも作品を辿ってきた者はやはり異和感で耐えがたくなる。この作で大島に始めて接した者は柔軟に貪欲にこの映画に屈服するかもしれないし、逆に全くはじきとばされるかもしれない。要するにフツーの反応を引き起す映画なのであり、わたしに関していえば、徹頭徹尾何も書く気が起らない。
 注意すべき点は次である。すべての映画作家は自作を絶対的に擁護する攻撃性において大島を見ならうべきだ。これだけは確かだ。
 なお、空位があるのは評判に登る新人――磯村一路、水谷俊之など――の作品を見る機会がなかったからだ。


特別演技賞 スヴェトラーナ・トマ
 『鉛の時代』のユタ・ランペも『丑三つの村』の原泉も『竜二』の永島暎子も各々素晴らしかったが、やはり『ジプシーは空に消える』スヴェトラーナ・トマである。添いとげられることのない悲恋に誇り高く殉ずる娘。それだけでもよろしい。
 乱舞する彼女の高慢なまなざし、泉のほとりで次々と着衣を脱ぎ捨ててゆくあどけなさ、服従を誓わせた男のその手で刺されて散ってゆく純愛が、いまだにわたしの中に残り火となっている。

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「映画芸術」347号、1984年2月