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バリー・レヴィンソン『スリーパーズ』 [afterAtBL]

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 話題作の豪華キャストによる映画化。えてして評判倒れになってしまうものが多いがこれはよく作った。原作そのものが映像化にあらかじめフイットさせたところがあったからか。
 ニューヨークの下層民街ヘルズ・キッチン、4人の少年の変わらぬ友情、そして十数年後の復讐物語。と、要素はそろっている。
 思うに、この映画に流れているのは、三層の時間だ。一層は、老マフィアのキング・ベニー(ヴィットリオ・ガスマン)が背負っている〈ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ〉の時間。二層は、不良少年から転身した神父(ロバート・デ・ニーロ)の持つ
時間。三層は、主人公たち4人の時間。これが少年のころ――60年代後半と作中の現在――80年代前半とに分かれている。

 街のアウトロウの友情を描く青春ものはおよそありふれているが、レヴィンソン・フィルムの独自性は、この層の厚みに見出せるだろう。例えば、少年たちの時間がフォー・シーズンズの「ウォーク・ライク・ア・マン」をBGMに始まってくると、いやでもスコセッシの『ミーン・ストリート』を思い出してしまう。
 自然と数多い不良映画の輝きのインデックスに置いて観てしまうのだ。そこに古い時間の層が重なってくるので、奥行きあるストーリーが与えられる仕掛けだ。老マフィアの時間はアーリー・フィフィティーズに固まっている。いつもそこからはドリス・デイの唄声
が聞こえてくる。

 ガスマン(なんと生きていたのか!と失礼なことを思ったが)を筆頭に、贅沢な脇役の映画だ。デ・ニーロはいうまでもなく、アル中の無能弁護士を演じるダスティン・ホフマンも素敵だ。主役たちがかすんでしまうほど脇役が強力すぎる。

 それというのも、この復讐物語がかれらの強力な援護があってこそ可能だったというストーリー構成によるのだろう。作品の訴えるものは、二つの焦点を持っている。どちらも強力で片方だけ取るわけにはいかない。
 少年院のなかでの悲惨な虐待の体験とそれに対する奇抜な復讐と。
 原作、映画ともにこの二つの焦点を最大限なまでに訴えている。少年院時代を描く原作の息苦しいまでのドキュメンタリー・タッチは映画ではそれなりに薄められている。娯楽作品として適度のバランスを備えることができたようだ。
 2時間半の長さを緊張をもって観せた。『ディスクロージャー』よりはマルだ。         

『ミュージックマガジン』1997.4

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